01 失恋
雪の降る夜の事だったーーーー。
私は仕事を終わらせて待ち合わせ場所に向かおうと鞄を取ったその時、デスクの上に置きっぱなしのスマホから着信が鳴った。
トップ画面には今日待ち合わせしていた彼からの別れのメッセージだった。
『麻友とこの地を離れることになった。俺のことを忘れて欲しい』
用件だけのメールに一瞬、頭が真っ白になった。
昨日まではデートを楽しみにしてるねって電話もしていた。
その時は普通に仲良く喋れていたつもりだ。
私はすぐにディナーの予約をしていたレストランに電話をかけた。
2週間前にキャンセルされてたらしい。
「何それ。既にキャンセルされてたディナー楽しみにしてたんだ。私ほんと馬鹿みたい……」
泣けなかった。
ただ虚しかった。
5年ほど付き合っていた彼が私の親友と逃げたのだ。
たった二行の身勝手なメールだけを残して。
そして私、冬麻涼香は気がついたら音と共に宙を舞っていた。
ドン……ッ、ザシュッ
道が凍っていてスリップした車に跳ねられたらしい。
もう疲れた。このまま死ぬのかなーーーー。
朦朧とする意識の中、ただ雪が降り続けていた。
「大丈夫ですか?」
音もなく、声をかけられた。
紫の花をあしらった蛇の目傘を差した和服の青年が姿勢を低くする。
「貴女はまだ生きたいですか?」
赤い瞳と銀色の髪が印象的だった。
「夢……?」
「残念ながら現実です。そして貴女はこのまま放っておいたら間違いなく死にます」
「そう……」
もうどうでもいい気持ちになった。
でもこのまま死んだら後悔するだろう。
辛い想いを残したまま死ぬのは嫌だ。
「もう一度お聞きします。貴女は生きたいですか?」
「私は……っ!」
呟くとともに意識が落ちた。
ーーーーーーーーー
「あれ……」
目が覚めると私は病院にいた。
「涼香…………っ!」
涙ぐんでるお母さんが私に抱きついてきた。
お父さんもいる。
会社を休んで来たのかな?
私が目を覚ましてホッとした顔になっている。
疲れ切ってる顔をさせてしまって申し訳なくなってしまった。
あの時、私車に跳ねられたのよね。
体は少し動くだけで痛いけどたっぷり寝たから頭はスッキリしている。
ドンッ!
「先生呼んできたっ! 涼香の具合どう」
騒々しく妹がドアを開けて入ってきた。
先生の手を掴みながら走ってきたらしくぜえぜえと息を切らしていた。
妹こと、冬麻薫は昔から私をお姉ちゃんとは呼ばない。
それは私が1月生まれ、薫が同じ年の12月生まれで学年はひとつ違うけど年子ということもありお互いに遠慮はない。
私自身も薫にお姉ちゃんと呼ばれるのにはしっくりこない訳なんだけど。
「薫。体は少し痛いけど大丈夫だよ」
「よかった……。救急車で運ばれて3日間寝てたから心配してたんだよぅ」
慌ててきた薫は涙目になっていた。
心配してくれる人がいて私は少し救われた気がした。
先生からは過労ですと告げられて両親は安心して帰っていった。
薫がそんなはずない抗議してくれたが、診断は確かだろうと思う。
ぶつかった衝撃で一時的に痛みは出ているものの、全く動かせない訳ではないからだ。
「過労かぁ。そうかもしれない」
思い返すと毎日、残業が続いていた。
なかなか彼とは会える時間がなく、ようやく取れたクリスマスディナー。
仕事も少し残していたので終わらせて走っていけば、待ち合わせ時間に間に合うと思っていた矢先の事だった。
彼からふられる前まで頑張っていた緊張の糸が切れたのだ。
思えば私も注意力を欠いていたらしい。
私を轢いた車は飲酒運転して逃げて、私が寝ていた間に捕まったそうだ。もちろん薫談。
「しかし……あのオトコはどうしたー。自分の彼女の見舞いにも来ないとはっ」
その薫がイライラしたように切り出した。
そういえば別れた話は知らなかったんだっけ。
「うん。彼……裕史とは別れたんだ」
「そっかぁ……」
「麻友と町から出ちゃったんだって」
「うっわ……っ! 何それ。あり得ないしっ。普通、彼女の友達取るかっ。でもって友達の彼氏取るかっ。でもまあ……ね。浮気するオトコと友達の彼氏とるオンナ。似た者同士かぁ。変なのに引っかからなくて良かったと思えばいいんじゃない?」
薫のドン引きしたような言葉に私も声を出して笑えるようになった。
こういう妹の裏表のないところは好感が持てる。
「そうだね。こっちも仕事ばっかだったからね。かまってやれなかったしね。しばらくは彼氏はもういいかな」
「うわぁ。でたよ社畜根性……」
「うるさいよ」
声を出して私から笑い出した。
そして薫も笑いだすと、看護師さんからうるさいと注意を受けた。