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三者三様

 私は群衆の間に自然とできた道を通り抜け、スフィンクスの前へ進み出た。


 スフィンクスの周りには人が寄り付いておらず、公園の広場くらいの空間ができていた。やはり皆、スフィンクスの大きさが怖いのだろう。


「次の挑戦者はお前か?」


 不遜な口調のスフィンクスが、私を見下ろす。


「私に解かれるのがイヤなのかしら?」


 あえて高慢な態度をとって様子を伺ってみたが、スフィンクスに動じる様子はない。


「その言葉は貴様の首を絞めることになるぞ、学芸員」


 スフィンクスは、綺麗な顔を崩すこともなく、冷淡な視線を私に投げかけた。


「折角、学芸員殿に来て頂いたのだ。こちらとしても、相応のもてなしをせねばなるまい。


 どうだろう、貴様が私の出す謎を解ければ、この門を解放しよう。ただし解けなければ、今後、何人たりともこの門をくぐることは許さぬ。


 この条件が飲めぬと言うなら、今すぐ尻尾を巻いて立ち去るがよい」


 その言葉を聞いて、私は思わず笑ってしまった。


「残念だけど、スフィンクスと違って人間には巻いて逃げるような尻尾は無いのさ」


「では、承諾したということでよいな?」


「言うに及ばず」


 私の言葉を聞いたスフィンクスは、傍らに置かれていた紙とペンを取り出した。


「ではルールを説明しよう。尻尾の無い生き物でも分かりやすい、簡単なルールだ。


 私は、この紙に『私が考えていること』を書く。


 お前は私に二十回、『イエス』または『ノー』で答えられる質問をすることができる。


 その間に、この紙に書かれた内容を当てることができたら、ここを通行することを許可しよう。


 解答のチャンスは三回。三回以内に当てられなければ今後、誰も通すことは許さない」


「あらかじめ確認しておくけれど、あなたは嘘をつかないんだよね?」


「無論だ」


「分かりました。ではスフィンクスでも分かる古典的なゲームを始めましょう」




 なんて啖呵を切ったはいいが、これはとんだ安請け合いをしてしまったかもしれない。


 この類の問題の正解を導き出すのは容易ではないからだ。


 確か、答えに関する二十の質問をすることで答えを探る、という形式のクイズは二十世紀中頃には存在していた。


 その後、このゲームのように、いくつもの質問を重ねることで答えを導き出すことができる初期の人工知能、エキスパートシステムが開発された。


 これを応用することで、例えば、質問を重ねることで解答者が思い描いている人物を当てる人工知能なども開発されたという。


 今の人工知能技術からすれば大したことのないプログラムだが、当時は大変に人気があったそうだ。


 何はともあれ、このような形式は複雑な問題を解くことには向いているが、汎用性は低い。それにゲームとしても、チェスやチェッカーのように完全解が存在するものではない。


 むしろ勝敗は運によって左右される要素が大きい。


 その意味では、私には向いていないかもしれない。


 私の今日のここまでの運勢は、最悪だからだ。




 場の空気が静まり返った。スフィンクスは片手で小さな紙片を持ち、器用に答えを書きこむと、それを黙って握りしめた。


 無音のファンファーレが響き、舞台の幕が上がった。


 その瞬間、聴衆の全ての関心が私に向いたのを背中で感じた。


 私は一呼吸おいてから、最初の質問を投げかける。


「第一の質問。答えは食べ物ですか?」


「ノー」


 間を置かずに、スフィンクスの答えが響いた。


 スフィンクスはポーカーフェイスを貫いており、何を考えているかは分からない。


 その時、ふと観衆の中の一角に視線が留まった。


 さっきの探偵と助手の姿が見える。


 私が正解すれば全員が通行できるし、私が不正解なら誰も通行できなくなるのだから、もはや謎解きの順番待ちは必要ないということだろう。


 エフはまるでワニのように両手を広げて、笠乃屋にじゃれている。当の笠乃屋は、私の方に関心を寄せていて、まともに取り合おうとはしていない様子だった。


 そんな様子が見えたのも運なのかもしれない。私は直感に従うことにした。


「第二の質問。答えは動物ですか?」


「ノー」


 氷河の上を吹きすさぶ風のように冷たい声が、少しずつ私の皮膚に刺さっていく。


 今はまだ始まったばかりだが、このままではいずれ私は凍え死ぬことになってしまうだろう。


 そうなる前に、答えに繋がるきっかけを掴みたいところだ。




 一方、その頃。


 観衆の前に陣取って、笠乃屋は笑みを浮かべていた。


「察しが良いな、あの学芸員」


「なんでだワニ~」


 ワニの真似をしたエフの腕が、笠乃屋の体に噛みついた。


「ワニはもういい。次の作戦だ」


「え~、まだやろうよ~」


「もういいって言ってんだよ。”ヒント”はもう届いただろ」


「”ヒント”?」


「あとは気付くかどうか、だな。この問題が見せかけであるということに」


「よく分からんワニ~」


「分かれ、クソガキ」


 笠乃屋の細長い指がエフの額を弾くと、エフはオーバーリアクション気味に地面へ倒れ込んだ。


 笠乃屋は呟く。


「やれやれ。機械のスフィンクスに、頭の切れる学芸員に、奇妙な探偵一味。三者三様の腹黒野郎のうち、勝つのはどの野郎かね?」

お読み頂きありがとうございました。


今回みたいな何かがこれから始まりそうな感じが、個人的に大好きです。


しばらく書いて放置していたのですが、最近(プロットを忘れた状態で)読み返してみたら自分の書いた小説で勝手にワクワクしていました。


早く続きが読みたいな。


……自分で書かなきゃね。


それでは。


2018/12/26 初稿

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