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一期一会

 まるで終わりのない道を延々と歩く夢でも見ているかのようだった。


 透き通ったエメラルド色の低木が茂る丘に、一本のゆるやかな坂道が伸びている。


 舗装はされておらず、踏み固められた土の感触が、革靴の裏から伝わってくる。


 道の先は少し上ったところで途切れており、白い千切れ雲が浮かぶ青空へとつながっている。


 そよ風に路傍の草花が揺れ、波が生まれた。波は円舞曲を踊るようにうねり、丘を渡っていく。


 葉と葉が擦れ合う波音が幾重にも重なって、まるで丘全体が一つの生き物であるかのようにハーモニーを奏でる。


 ところどころに顔を出す岩は荒れた海の岩礁のように波を切り裂き、葉が水飛沫のように舞い上がっている。




 風の起こす緑の波紋は、二度と同じ形を描くことはない。


 そして風に誘われて踊る雑草たちもまた、芽吹き、背を伸ばしては枯れるのを繰り返してきた。


 果たしてこれは幾千年の時が経とうとも変わらない景色と言ってよいのだろうか。


 そんな考えが頭をよぎる。




 波立つ丘の遠くの端に、草を食む羊の群れがいた。


 一人の痩せた牧夫が、その群れの傍で腰を下ろしているようだった。


 田舎ののどかな光景もまた、変わらずに残ってきたものと言えるのかもしれない。


 たとえ、その牧夫が機械の体であったとしても。




 前進を再開して道を登りきったところで、辺りの風景は様変わりした。


 緑の斜面は途切れ、その先の道は、まるで干上がった水路のように、両側を風化した岩肌に挟まれていた。


 前を歩く案内人が私の方を振り向きながら、貼り付けたような笑みを浮かべた。


「も、目的地は、もうすぐそこですよ、ココさん。


 ……ど、どうですか、この道? ハイキングにはもってこいでしょう?」


「えぇ。確かに良い景色ですね」


「そうでしょう、そうでしょう。私も好きで、何度も歩いているんです。おっしゃって頂ければ、いつでもご案内いたしますよ」


 私を案内している男は、この地区を担当している学芸員、ファビアン・ミダス。


 ミダス氏は、頭の毛の寂しい痩せたロバのような中年男性である。


 着ている制服はしわが寄っており、端的に言ってだらしがない。近くに寄ると、脂臭い加齢臭がする。


 ミダス氏とは初めて会ったのだが、年上だというのに私に媚びるような立ち居振る舞いばかりする。


 もっと都市部に近い展示地区へ栄転したいという下心が見え見えだ。


 一期一会とは言うけれど、正直、一緒に居たくない。


 とにかく今日は、早くこの出張を終わらせることにしよう。




「時に、オ、オイディプスの話はご存知ですかな?」


 ミダス氏が、私の顔を覗き込んで反応を窺う。


「あまり詳しくは知りませんね」


 私は、わざと愛想を付けて返した。


 するとミダス氏は、私の予想した通り、ここぞとばかりにオイディプスの逸話を語りだした。


 会話をするのが面倒だったから、あえて話をさせるに任せたのである。我が目論見はうまくいった。




 痩せたロバが物語を始める。


「古代ギリシャの時代。スフィンクスは、テーバイのピキオン山に座し、そこを通る者たちに様々な謎を投げかけて、人々を困らせておりました。


『一つの声をもち、朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足になるものは何か』


『姉妹の一方が他方を生み、生まれた方によって生んだ方が生み出されるような姉妹とは何か』


『生まれた時に最大であり、盛りの時には小さく、老いると再び最大になるものとは何か』


 それらの問いに答えられない者を、スフィンクスは食い殺したのでした。


 しかしある時、オイディプスがスフィンクスの前に現れ、初めの問いにこう答えました。


『答えは人間だ。生まれた時は四つ足で這い、成長すれば二本の足で歩き、老いれば杖をつく』


 するとスフィンクスは、オイディプスに解かれてしまったことを恥じて、海に身を投げて死んでしまったのだそうです」


「スフィンクスというと、エジプトにあるギザの大スフィンクスが有名ですよね」


「そうなのです。だから、こんなところにスフィンクスがいると知って不思議に思う来場者もいるようです。


 ですがそもそもスフィンクスというのは、想像上の怪物。


 エジプト神話やギリシャ神話、メソポタミア神話にも登場しています。


 言うなれば、ヨーロッパからアジアの広範囲に渡って伝説が語り継がれているドラゴンのようなものですね」


「スフィンクスだって、元はインドの発祥でしょう? それは東洋にも渡って、神社の入り口に鎮座する狛犬になっていますし」


「なんとお詳しいですな! 私めが、でしゃばることではございませんでしたか」


 取ってつけたような驚きを見せたミダス氏は、これで私をよいしょするのに十分だと判断したようで、そこからはしばらく口を開くことはなかった。




 やがて開けた場所へ出た。


 突如として、目の前に人の背丈の三倍はある大きな石像が姿を現した。


 スフィンクスの像だ。


 目鼻立ちのくっきりした女性の顔に、威風堂々とした獅子の体。


 背中の大きな白い翼は、風になびくごとに太陽の光を反射して、オパールのように極彩色の輝きを放つ。


 スフィンクスの前には人だかりができていた。


 スフィンクスの問題に頭を抱える挑戦者。


 そして、それを眺める野次馬。




 挑戦者が、答えを叫ぶ。


 しかしスフィンクスは首を横に振った。


 がっくりと肩を落とす挑戦者。そしてまた別の者がスフィンクスの前に進み出る。




 これこそが、博物惑星ミューズのテーバイ展示地区において観光の目玉の一つとなっているスフィンクスロボットである。


 その光景をしばし眺める私の隣で、ミダス氏は説明を始めた。


「こ、このスフィンクスロボットは、こうしてテーバイの街の入り口で見学者にクイズを出して、クイズが解ければ門が開き、街に入れてくれるというアトラクション……のはずでした。


 でもソフトウェアの誤作動か何かで、難問を出すようになってしまったのです。


 このままでは見学者が街に入れないままになってしまいます。


 そこで呼ばれたのが、あなたなのです、第十七学芸課所属のココ・レオーネ主任。


 あなたは学院でも優秀な成績を収めたと聞き及んでおります。スフィンクスの問題を解き、テーバイへ見学者が入れるようにしてください」


「えぇ、早く終わらせてしまいましょう」


 そして早く帰ってしまおう。


 私はミダス氏を置いて、さっさと群衆の中へ入り込んだ。

お読み頂きありがとうございます。


筆者は今年の目標の一つとして「読者参加型」を掲げておりました。


その一環として、読者アンケートを元に、要望のあったエピソードを執筆するという企画でできたものが本作です(参加者は一人だけだったんですけどね)。


今年は筆者の環境が変わったり、小説執筆AIプロジェクトの方に夢中になっていたりで、いつの間にか今年もあと一週間となっておりました。


今年の目標としていたので、今年中に完結目指して頑張ります。


途中まで書きかけて放置していたので、実は少しプロットを忘れている()のですが、なんかこう登場人物たちの高度な頭脳戦になったりすると思います。


だめだったら来年のサンタさんにお願いしてください。




なお、本作は完結済みの「ミューズ・クロニクル ―第十七学芸課は眠らない―」と同一の世界観となっております。


本作だけでも楽しめるように書いておりますが、こちらもご覧になって頂けるとより楽しんで頂けるのかなと思います。


後書きの下にリンクを貼っておきましたので、本連載が終わるまでお時間があればどうぞ。


以上、ダイレクトマーケティングでした。


それでは。


2018/12/24 初稿

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