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Alastor-アラストル-  作者: 詩音
旅立ち
8/19

夜、広場にて

「母さんただいま!」


 訓練を終えカインは自宅に戻ってきた。


「お帰りなさいカイン。順調かしら?」


 母親は夕食の用意をしながらカインの方を見る。今夜は野菜のスープのようだ。


「順調だよ、長時間だったからしんどいけどね。この後また広場で剣の稽古なんだ。傭兵ギルドの団長が指導してくれるってさ」


 食卓につき食事が出来上がるのを待ちつつ会話する。腹の虫がひっきりなしに鳴いている。


「ふふ、もう出来たから少し待ってね」


 笑いつつ皿に食事を盛り付けてテーブルへと運んでいく。


「でもまた訓練に行くなんて大変ね。団長さんは何て方なの? 村長さんの馴染みの方なんでしょ?」


 運び終えカインの正面に座る。


「うん、僕ひとりだけね。ウィリアム=フィールドさんって名前で、リコリス・ラディアータって傭兵ギルドらしい。知ってる? それとおかわりもらえるかな。力を付けないとだから!」


 スープを飲みながらウィリアムについて話し、すぐに食べ終えお代わりを要求する。


「はいはい。そう…ウィリアム=フィールド……知らないわね。有名な方かしら?」


 スープを注ぎカインの前へ置いて微笑む。ウィリアムの名を聞き、一瞬懐かしむ顔をしたがすぐにいつもの表情に戻った。

 カインは疑問に思ったが気にしないようにした。今の自分には関係のないことだろうと思ったからだ。


「夜遅くに教えて頂けるのはありがたいけど、お腹も空くでしょう。お夜食持って行ってあげて、私からのお礼もお伝えしてね」


「わかった。ごちそうさま! 少し休んだら行ってくるよ。母さんは先に寝ててね」


 カインは食事を終えソファに移動しクレアの手入れを始める。

 剣の手入れを終え満腹感も収まった頃ウィリアムの待つ広場へと出発する。


「行ってくるよ。夜食ありがとうね。おやすみ」


 夜食の礼を言いウォーミングアップがてら走り出す。


 広場に着いたカインは入念に身体中の筋を伸ばし稽古に備えるが、ウィリアムの姿はない。

 手入れしたクレアの感覚を馴染ませようと軽く素振りを開始する。

 ……ウィリアムの姿はまだない。


 小一時間ほど運動した頃、カインを呼ぶ声が聞こえた。


「いやぁ待たせたなカイン君! 少し取り込んでいた!」


 ウィリアムがすまないと謝りながら現れた。


「ウィリーさん、こんばんは。大丈夫ですよ……ってその顔どうしたんですか?」


 ウィリアムの顔は腫れていて、鎧も少しボロボロになっていた。


「気にしたら敗けだ!」


「そっそうですか…鎧は稽古が終わったら僕が修理しましょうか?」


 村長にやられたんだろうなぁ……とカインは察した。


「そんなこと出来んの? よろしく頼むよ。さてと……身体は暖まってるみたいだな」


 カインの様子を確認し真面目な表情になる。徐にカインの持って来た木剣を手に取る。


「さあ、クレアを抜け。いつでもかかってこいよ」


 初めて話した時の親しみやすさは消え、戦士としてのウィリアムが立っていた。


「僕も木剣じゃなくて良いんですか? 危なくないですか?」


 相手は木剣、こちらは真剣での稽古が成り立つのか…訝しげにウィリアムを見る。


「なぁにお前ごときの剣なんか当たりゃしねぇよ。良いからかかってこいよ、ほら!」


 木の剣で肩を叩き、欠伸をしながら左手でひらひらとカインを挑発する。


 カインは少しムっとしてクレアを抜き構える。


「本当に怪我してもしりません……っよ!」


 左足で地面を蹴り、勢いよく突きを繰り出す。


「はいはい」


 気だるそうにあしらうがカインの放った突きは首もとに迫っている。


 次の瞬間カインは地面を見ていた。

 右手と左肩に鈍痛を感じながら、何が起こったのか理解出来ないでいる。


「今のが戦場だったらお前は死んでいた。……この台詞一度言ってみたかったんだよなぁ」


 人差し指に木剣を乗せウィリアムはヘラヘラしている。


「ほらいつまで這いつくばってる? さっさと立てよ」


 そのまま後ろ向きになりながらカインを再度挑発する。

 立ち上がり深呼吸して気を取り直したカインはクレアを構え直す。

 ウィリアムも構えカインの攻撃に備えた。その構えに隙は無い。

 カインは切っ先を相手の心臓に向けじりじりと間合いを詰める。

 僅かにウィリアムの剣が左側に傾くのをカインは見逃さなかった。すかさず自分の間合いへ一気に踏み込み、相手の切っ先に注意を払いつつ心臓へとクレアを叩き込む。


「誘いだよ! 素直だね!」


 またしても地面を見つめるカイン。同じ痛みが襲う。理解できない。


「何が起きてるんだ……全く解らない……」

 

 土を握り悔しがるカインにウィリアムがしゃがんで話す。


「な? 怪我なんてするわけねぇだろ? 確かにお前スジは悪くねぇよ。でも素直過ぎ」


 カインの左手を掴み立たせ埃を払ってやる。


「どうだ?」


「はい………何がなんだか。攻撃が入ったと思ったら地面を見ていました」


 何とか冷静になろうと分析し始めるカインだが、ますます解らないと首を傾げる。どちら痛みの正体も想像がつかない。


「カイン君はマスターに鍛練方法を教わってるよな?」


「はい」


「素振りを思い出してみ? 手首を使ってるだろ?」


 確かに村長から手首を使うよう言われているが、それと何が関係あるのだろうか。


「お前が持ってるクレアが細身の理由は手首を使うからだ。広いと扱いにくいだろ? 今俺がしたことをゆっくりやって見せるから身体で覚えろ」


 手本を見せるから剣を突きだした態勢で止まっとけとカインに指示する。


「まず一撃目は向かって来た相手の手首を狙え。敵がなかなか動かない場合はさっきの俺みたいに誘いを入れても良い。突きでも斬りかかって来た時でも同じだ。切っ先数センチで下から上に手首を使って斬り上げろ。それとクレアは極端に切っ先が細いから折れないように気を付けろ」


 木剣をカインの右手首下側にトンと添えて手首を捻りながら剣のみを上へゆっくりと動かす。


 「これは斬り落とせなくても当たりさえすりゃ良いと思え。手甲を嵌めてる奴にも有効だ。切っ先だけだからな。但し腱には必ず当てろよ。小指に力入れると動く筋があるだろ? それだ。敵は武器が握れなくなる」


 左手で自分の手首を指差す。


「ここまでで解らないとこあるか?」


「いえ大丈夫です。それよりこの格好がしんどくなってきました」


「よし大丈夫だな。続ける。斬り上げたらその勢いを利用して真っ直ぐ降り下ろせ。この二撃目は綺麗な円を描く事を心がけるんだ。力は必要ない。降り下ろした刃が当たれば相手の勢い任せで身体の一部が吹っ飛ぶ。理想は肩口だな。剣が敵に刺さって抜けなくなることは滅多にない。これはな、マスターが考案した技だ」


 カインの肩口に綺麗な円の軌道で木剣が乗せられる。


「なるほど……でも何故僕は地面を見ることになったんでしょうか? ところで足が限界です」


 話は聞いて何度も頭の中で動きを反復してはいるが、足を震わせながら何とか持ちこたえているカイン。


「まだまだいけるな。続ける。お前が這いつくばってんのは俺のアレンジだが二撃目と同時に足を払ってやったんだ。そしたら視界が開けるだろ? 次の敵の攻撃に素早く備えられる」


 ウィリアム曰く自分の視界から倒した敵を排除することで死角になるのを防ぐ目的があるそうだ。


「なるほど。では倒した後で後ろから心臓を一突きして確実に止めを刺すわけですね!」


 カインは納得し次の一手はこれだとまるで正解を導き出したの如く熱弁する。


「え……お前純粋そうな顔してそんなエグいこと考えてんの? 俺でもそこまで考えられんわ……マジ引くわぁ……」


 本当に引いている様子でウィリアムがカインを白い目で見る。


「いやいや! 引かないで下さいよ! でも確実に仕留めた方が効率的じゃありませんか?」


 自分の考えていることが戦闘で有効ではないかとカインはただ純粋に思っていた。


 それに対してウィリアムが答える。


「一対一なら有効かもしれんが、混戦状態だと手間だろそりゃ。取り合えず戦闘不能にしちまえばこっちの勝ちだ。敵が複数ん時は全体の勝ちを考えろ。一個の勝ちに集中しちまったら確実に負ける」


 経験したことがあるのだろうか、その言葉には説得力があった。


「わかりました。でも何かと応用が効きそうだと思うんです。何か良い手がないか……」


 次の一手を思案しているカインを止めさせウィリアムは話を続ける。


「兎に角だ! 応用の前にまず基本な! さっさと練習しやがれ!」


 カインの尻を蹴る。


「痛っ! 言われないでもやりますよ………」


 蹴られた所を撫でつつ反復練習を開始する。


「俺が構えといてやるから何度も繰り返して身体に染み込ませろ」


 ウィリアムが剣を突き出した状態で構える。


「はい」


 クレアを構えるカイン。


「おい。ちょっと待とうかカイン君。真剣はマズい。俺を挽肉にする気か?」


 クレアを今にも振りそうなカインを冷や汗混じりで止めに入る。


「冗談ですよ、冗談」


 爽やかに微笑む青年カイン。


「いや目がマジだったよね? 俺に良いように転ばされたからって恨んでるよね!?」


 木剣をカインに渡しクレアを鞘に納めさせる。


「さあ気を取り直して始めましょう!」


 練習が開始された。何度も何度も同じ動きを繰り返す。




「なあ、腹減ってきたし休憩だ」


 反復練習をどれくらい続けただろうか。ウィリアムは空腹に耐えられず休憩を提案し、一度野営に戻り何か食べ物を取ってくると言う。


「母からの差し入れを持って来てるのでそれを食べましょう。夜遅くに稽古ありがとうございますって言ってました」


 木製の篭を手にし、ウィリアムへ渡す。


「おお! ありがたい!」


 とても嬉しそうにカインから篭を受け取る。パンに肉と野菜を挟んだ物が入っていた。


「こいつは美味そうだ! いただこう!」


 夜食を食べながらカインはある質問をする。


「ウィリーさんもアラストルはあると信じてるんですよね?」


「ああ、必ずある。傭兵って仕事柄色んな所に行くからな。各地で文献やら遺跡やら調査して探してんのさ」


 ウィリアムは楽しそうに語り始める。


「子供の頃母ちゃんによく読んでもらったお伽噺が忘れられなくてな。いつしかお伽噺じゃないと思って調べ出したらいてもたっても居られなくなって家を飛び出した。確かお前と同じ歳だったと思うぜ?」


「そうだったんですか。では村長とはその時からの付き合いですか?」


「そうだな。マスターの噂を聞いてな、とんでもなく強い傭兵が居るって。そんで無理矢理ギルドに入れてもらったんだわ。メチャクチャ渋られたけどな! 3月程付きまとい続けたら許可してくれたよ」


 笑いながら入団のいきさつを語ってくれた。ウィリアムはなかなかしつこい性格のようだ。


「マスターのギルドは仕事があれば近くても遠くてもどこまでも行くって方針で活動してたからな。アラストルの手掛かりを探すのに都合も良かったんだ」


「アラストル探しは仕事に関係無いですよね? 良く怒られませんでしたね」


 仕事の手を抜いてる事はないと思うが、調べている時間はそんなに取れないだろう。


「内緒だけどな、マスターもアラストル探してたんだ。本人は恥ずかしくて誰にも言ってなかったが、ギルドの皆知ってた」


「そうなんですか!? 意外ですね……」


 自分の村の村長が腕利きの傭兵だったこと、尚且つアラストルの存在を信じる仲間であったことにカインは驚く。


「まあ気付いてないフリをしてやってくれ。ほら、喋ってばっかいねぇで練習しろや練習!」


 休憩は終わりだとカインの頭に手刀をお見舞いし練習を再開させる。


「痛っ! 自分から休憩って言ったのに……」


 頭を撫でつつ木剣を手に取り手首の動きを確認する。


「何か言ったか?」


「いえ、何も。ひとつ質問良いですか?」


 剣を降りながらカインが問う。


「長い話なら聞かんぞ。メンドクサイ」


「いやそんな長話じゃないんですけど……僕でも傭兵になれますか?」


 ウィリアムの話を聞き自分も外の世界へと飛び出したい、そして幼少の頃からの夢であるアラストルを探す旅をしたいと心が落ち着かない。


「そうだな。定期的に王都で選抜試験があるからまずそれに通るこった。それから依頼を受けて稼いでいく。何するにも金がいるからな。傭兵が一番儲かるんだ」


 傭兵になるには王都に行く必要があるらしい。

 仕事内容によっては莫大な金が手に入るが、それと共に命懸けである。


「戦争、暗殺、モンスター討伐、その他諸々。強ければ強いほど受けられる内容が濃くなっていくんだが死ぬこともある。それでも良いって覚悟があるなら試験を受ければ良い。お前が通るかは知らんがな!」


「なるほど。ありがとうございます」


 それだけ言い無言で剣を降り続けた。


「まあその前に今はコカトリスの事と剣の腕上げることを考えろ。構え前のめりになってんぞ!」


 ウィリアムによる稽古は深夜まで続けられた。



 同時刻、クレール村付近の山奥。

 吐き気を催す程の血の臭い、臓物と糞尿の混ざり合った臭い。

 バラバラになった人間達とそれらを貪る化物が1匹。

 妖しく光を放つ化物の眼はクレール村を見ていた。

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