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オゾロの日々

(短編)オゾロと山羊

作者: 葛柴 桂




 サキシマを震撼させたオヤケアカハチの乱の後、タラマ島の少年、オゾロはその功績を認められ、土原豊見親(んたばるとぅゆみゃ)としてタラマの若き頭目の地位を与えられた。

 仲宗根豊見親(なかそねとぅゆみゃ)と同じ『豊見親』の称号を与えられたオゾロはシュリの尚真王の前で小躍りせんばかりに大喜びし、同席した仲宗根豊見親の方が赤面する始末であった。

「だって、こんなうれしいこと、ないじゃあないですか!」

 感涙に咽んだオゾロ──豊見親の称号を得た折に、“春源(しゅんげん)”という名も与えられた少年は目を潤ませて言った。

「豊見親様が──あ、私も豊見親なんだった──、ええと、仲宗根豊見親様が名前を付けて下さって、しかも同じ称号を頂けるなんて……。私、こんなに幸せで良いのかな……」

 そのままべそべそと泣き始めたオゾロをなだめるのに豊見親は数刻を要し、執務服から私服に着替えて様子を見に来た尚真王にニヤニヤと笑われたのだった。


 オゾロは元々、タラマ島生まれの素朴な少年であった。

 かの乱の際、タラマに立ち寄った豊見親にオゾロは窮地を救われたことがある。それ以来オゾロは豊見親に心酔し、豊見親の軍に加わってからは随分活躍してくれた。

 乱の後はタラマに帰ったものの、自分の第一の信奉者であるオゾロ少年のことが、何やかやと言っても気に掛かる仲宗根豊見親ではあった。だから、ミャークとイリオモテの交易にかこつけて、二つの島の中間地点にあるタラマに立ち寄っては、この少年の様子を見に行くことにしていた。


「豊見親様!」

 甲板から見下す先で、オゾロが顔を輝かせて両手を振っている。船から降り立つと、少年は子犬のようにまとわりついてきた。

 タラマ島の頭になったというのに、相変わらず身軽な野良着に身を包み、幼さの残る顔がよく日に焼けている。そんな気取らないオゾロを、豊見親は内心好ましく思う。

 船旅でお疲れじゃないですか、食事はとりましたか……とひとしきり豊見親を気遣ってから、オゾロは得意そうに言った。

「見てください、私も豊見親様のおっしゃる通り、この島の産業を考えてみたんです!」

 もぞ、とオゾロの着物の胸のあたりが動く。

 ぎょっとして見つめる前で、はだけた襟元から二つの顔がひょこ、と顔を出した。

 白くて、小さな耳と桃色の鼻がついた、かわいらしいもの。

「オゾロ……これは、何だ?」

 日焼けしたオゾロの顔が破顔し、白い歯が光る。

「ピンダですよ!」

「……ぴんだ……?」

 知らないんですかあ、と得意そうに笑うと、オゾロは続けた。

「はるばる大陸から輸入した、舶来の獣ですよ! 手に入れるには大層苦労しました!」

 めー、と可愛らしい声で二頭の白い幼獣が鳴く。

 豊見親は思わず指先でその鼻をつついてみる。

「あ、豊見親様、かわいいと思ったでしょ? だめですよ、これは食用ですから!」

「何⁉」

 衝撃を受けた豊見親から隠すように獣を抱き込むと、オゾロは言う。

「乳もとれますし、肉にもなるんです。草と水で育ちますし、これでタラマの食糧対策は万全です! でもまずは増やさなくちゃなあ……」

 懐を見下すと、オゾロは呟く。

「早く、することしてどんどん増えてくれよ」

 豊見親が顔を赤らめる。

「オゾロ……これはまだ幼い」

「そうですよねえ……。もどかしいなあ」

 口を尖らせたオゾロに微妙な視線を投げてから、豊見親はもっともらしく咳払いをした。

「まあ……良いことだ。民の飢えを満たすのは、治世者として最低限の義務だからな」

 へへ、とオゾロが頭を掻く。

「私も早く、豊見親様みたいになりたいです! 民から慕われる、強くて格好良い長に」

 裏表も臆面もなくそんな事を言うオゾロが、結局はかわいくて仕方のない豊見親であった。


 オゾロの奮闘の甲斐あって、サキシマ諸島を経て遠くシュリまでも山羊(ピンダ)は増えてゆくことになる。

 

 そしてはるか後の時代、山羊はタラマ島を代表する特産品に成長するのであった。




 (おしまい)  ※フィクションです。


 

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