第9話 紅魔編 図書館と大魔法使い
──紅魔館 大図書館──
足を踏み入れたそこは、本だらけだった。
見渡す限りが本、本、本。
図書館というものがどういうものか知らなかったが、なるほど、大量の本の貯蔵庫みたいなものなのだろう。
「すげぇ量の本だな・・・」
思わず口をついてでた言葉に、小悪魔が答える。
「ここには幻想郷以外の本も置いてありますからね」
どうやって収集したんだろうか・・・気になるところではあるが、今はそれより大切なことがある。
「それで、パチュリーってのはどこにいるんだ?」
本当に本しか見えないので、ほんの少し疑ってしまう。
「そこの本棚をずっと真っ直ぐ行ったところです。私は本の整理があるので、これで失礼しますね」
「えっちょっと待っ・・・」
小悪魔は、言うだけ言うと、さっさと2階のほうへ飛んで行ってしまった。
「・・・ここを真っ直ぐか」
教えられた道に少し近づいてみる。
「・・・?」
今・・・何か・・・いや、気のせいだろう。少し過敏になりすぎているのかもしれない。
「それにしてもホントすげぇ量だな・・・」
何度目か分からない感心の言葉をもらす。
ちょうど4つめの本棚を通り過ぎたときだろうか。
視界の隅で、何かが光った。
(今度は見間違いじゃない!!)
念のため、能力を発動していたおかげか、異常に気付くことができた。
即座に振り向き、全速力で入口に戻ろうとする。
が
すぐに立ち止まる。
・・・戻れない。閉じ込められたか。
(紫のスキマと似てるな・・・)
おそらくいくら戻っても元の場所に帰ることは出来ないだろう。
なら、どうするかは自明だ。
・・・問題は
「どこにスイッチがあるか、だな・・・」
俺が呪術師や魔法使いだったのなら、さっき何かが光ったところへ行けば、おそらく、この魔法を解くことができたのかもしれない。
だが生憎と俺はそういうものに詳しくない。はっきり言ってここから抜け出すのは至極困難だろう。
「あぁクソッ!とりあえずさっきの場所まで戻るか」
今度は発生源を記憶するため、もう一度歩き出した。
「・・・自分の置かれている状況は把握したみたいね」
仄暗い図書館の中で、銀が映し出された水晶を眺めながら、彼女はひとり呟く。
「本題はここから。抜け出せれば合格、抜け出せなければ・・・」
その先を、あえて言う必要はないだろう。
「さて、お手並み拝見といこうかしら」
しばらく歩くと、再び視界の隅で何かが光る。何か陣のようなものだった気がする。
後ろに進んだ距離は関係なく、どれだけ前に進んだかで発動するようだ。
発動条件は分かったが、これを解除するものを見つけなくてはならない。
なんとなくの、目星はついているが。
「どうしたもんかねぇ」
顎に手をあて、少し考え込む。
まだ確証を得られていない。もう一度ループして確かめたいが、次も大丈夫という保証はない。
「・・・死んだらそれまで、それだけの人生だったってことか」
そう言って、最後にもう一度だけ、魔法陣のもとへ歩き出した。
「・・・見当違いだったかしら」
すでに三度発動した魔法と、ただ歩くだけの銀を見て、呟く。
「抜け出せそうにないですか?」
紅茶を運んできてくれた小悪魔が聞いてくる。
「えぇ、彼はどうやらハズレだったみたい」
「確か、このあたり・・・」
三度目のループで、今まで一度も配置が変わっていない本に、手を触れてみる。
パリン、と
何かが割れるような音とともに、視界にひびが入り、崩れ落ちる。
すべてが崩れ去ったのち、その奥で驚愕を隠せない人物に問いかける。
「あんたがパチュリー?」
「ウソ・・・あなた、さっきまで、なんで分かっ・・・」
「パ、パチュリー様落ち着いて!」
「いや2人とも落ち着け・・・」
明らかに動揺する2人を宥めてから、俺は説明を始めた。
「まず一つ、俺がどこで気づいたか」
これは簡単だ。答えは一度目のループ。
「えぇ、それは私も見ていて分かったわ」
「見ていて?」
「貴方がここに来たときから遠見の魔法でずっとね。でもそんなことはどうでもいいわ」
ずっと見られてたのかー気づかなかったなー
「ま、まぁいいか、んで」
なんで気づけたかっつーと、俺の能力なんだよね。魔法陣が光ったのが分かったんだよ。
「あれが見えたの・・・?」
「おう、めっちゃ分かりにくかったけどな」
「つくづく恐ろしいわね・・・完璧に隠蔽したと思ったんだけど・・・」
そういうのに特化した能力だしな。それに運が良かったってのもある。
「話進めるぞ、二つ目。どうやって解除する本があれだと分かったか」
これも俺の能力っちゃあ能力だな。2週目のループでなんとなく。3週目で確信に変わった。
「2週目の時点で?」
「そ、いくつか全く変わってなかったからさ」
「本の位置を記憶していたの・・・?」
「まぁな」
俺が頭で覚えていたというよりは、目で変わっていない場所だけが分かったというレベルだが。
しかし、ただのランダムという可能性もあったので、三度目のループをしたわけだ。
「内心、次は別の場所に繋がってるんじゃないかってひやひやしてたけどな」
よくて無限ループ。最悪通った瞬間即死ってところか。
「・・・そうね、その読みもあながち間違ってはいないわ」
実際、四度目に通過した場合、隔離された空間に閉じ込め、そこへ炎でも放つ予定だった。
「この館の奴ら美鈴以外おっかねぇのな」
「これが私たちの日常だもの」
それ日常って言わないと思うんだが。
「で、俺は合格?不合格?」
「聞くまでもないでしょう?合格よ」
よし、なんとかなりそうだ。
「俺は銀だ。知ってるとは思うが半妖だ」
「パチュリー・ノーレッジ。魔法使いよ。レミィとは・・・そう、友達ね」
レミィ、この館の主だろう。呼び方からしてかなり親しいようだ。
「んじゃ早速だが、この左腕・・・治せるか?」
「ん、そうね、見た目より酷いみたいだけど・・・これくらいなら治せるわ」
大魔法使いってのは嘘じゃなかったらしい。腕を治してもらえるなら、さっきのも水に流そう。
「それじゃ、こっちに来て」
少女治療中……
「・・・よし、一応は治せたわ」
「おぉーすげぇ、さっきまで動かなかったのに」
元通りになった腕をぐるぐる回しながら呟く。
急に動くようになったからか、少し違和感があるがまぁいいだろう。
「ひとつ聞いていいか」
「なにかしら?」
治療してもらっているときからずっと思っていた。
「パチュリーは、どっち側なんだ?」
「・・・・・・」
少しの沈黙。小悪魔が心配そうにパチュリーを見る。
「私は、どちらでもあるしどちらでもない」
少し意味は違ってしまうが、『中立の立場』というところか。
「私は、レミィがしていることが幻想郷の人にとって正しいことだとは思わない」
「パチュリー様・・・」
それでも、レミィは家族のために動いている。そんな友人を、私は止めることもできない。
でも、ここへやってきた恐れを知らない人間には、彼女を止める権利がある。
だから、私はそれを邪魔しないことにしたの。実際に来たのは半妖だったけどね。
「その割に俺を試した理由は?」
「単なる興味、かしらね」
興味、ね。確かに動機としては十分だがこちらとしてはいい迷惑だ。
それに、すべて本当のことなのだろう。彼女が嘘をついているようには見えないし、殺ろうと思えば、扉を開けた瞬間に魔法をぶつけるだけでいい。おそらく彼女にはそれだけの力がある。
「最後に忠告だけ。今夜は満月、吸血鬼の力は格段に上がるわ。気をつけて」
「忠告痛み入る。腕の件、ありがとな」
そう言って、俺は振り返ることなく、図書館を後にした。
「ねぇ、こあ」
2人しかいない館内で、私は聞いてみた。
「彼は、レミィを倒せると思う?」
「えぇっ、どうしたんですか急に」
真っ直ぐに、小悪魔の目を見つめる。
「・・・正直、分からないです。お嬢様に勝ってほしいですけど、あの咲夜さんを倒すくらいですし」
「ふふっ、そうね」
小悪魔の正直な答えに、微笑んでかえす。
「じゃあじゃあ、パチュリー様はどう思ってらっしゃるんですか?」
「私?そうね・・・私は・・・」
正直なところ、私にも分からない。
片や吸血鬼。
生き血を啜り、満月のもとに力を増す夜の帝王。
片や鬼。
圧倒的な力を持って相手をねじ伏せ、屈服させ、そのすべてを奪う者。
共通点としては、どちらも人々に恐れられている、ということくらいか。
「私の考えは・・・秘密よ」
あえてそのことを言う必要もないだろう。それに、
「えぇ~!?私には言わせておいてずるいですよ~!」
それに、この子はいじりがいがある。
「そんなことより、そこの本を取ってちょうだい」
「あっ、話逸らしましたね!」
そんな2人の会話は、静かな図書館内に、明るく、温かに響き渡った。
いかがだったでしょうか。今回のパチュリーさんは、戦闘というより謎解きのようなものでした。うまく場面の切り替えができていればよいのですが、読みにくかったらすみません。それでは次回、レミリアの登場回となります。ゆったりお待ちいただけると嬉しいです。