第67話 鬼神と鬼人
「フッ!!」
地面を蹴り、人の身で出せる限界の速度で勇儀に迫る。
「ハァァッ!!」
勇儀の体に次々と拳を叩き込む。速度を変え、角度を変え、蹴りも交えてただひたすらに攻撃する。
だが
「おいおい、こんなもんか? お前の力は」
彼女はそれを、棒立ちのまま微動だにせず受けきる。無論その体には傷一つなく、圧倒的なまでの力の差があるのは歴然だった。
「こりゃあキッツいなぁ……」
一旦後ろへ飛び退り、勇儀から距離をとる。
殴打はダメ。蹴りもダメ。だとすると……鬼化。だけどこれはもう少し隠しときたいしな……。
一瞬の思案ののち、深呼吸してもう一度勇儀を見据える。
とりあえず、関節キメてみっか。
……拍子抜けだな。
向かってきた半妖に抱いた感想はその一言につきた。
威勢のわりには一撃一撃が軽く、かといって決定打もない。動きこそ人間としては最強かもしれないが……。
(少し、期待しすぎたかな……)
目に落胆の色を浮かべ、再び突っ込んでくる人間に視線を移した。
「行くぜ勇……」
「悪ぃ、飽きた」
あと一歩で勇儀に触れるというところで唐突にそう告げられる。
(飽きたって、どういう……)
その言葉の意味を考えようとしたが、無駄だった。
勇儀の体が動く。
「なっ!?」
もちろんさっきまで棒立ちだった上、まだこちらの番だと思っていた。ゆえにその動きに全く反応できなかった。
勇儀が俺の額に指を当てる。
本当に、ただそれだけの行為だった。
ただそれだけで、俺の体は数十メートル吹っ飛ばされる。
「がっ……ぐっ……」
2、3回地面を転がり、なんとか受け身をとって体勢を立て直す。
「……今ので首が飛ばなかっただけマシか 」
勇儀がそれだけ言うと、こちらに背を向ける。
「悪いが、お前の実力じゃアタシに勝つなんざ無理だ。諦めな」
あぁ……確かに無理だろうな。
──人間の状態じゃ。
「ッ!?」
勇儀との距離を一瞬で詰め、拳を放つ。振り向いた勇儀の顔を全力で殴り飛ばす。
「ぐっ……!」
勇儀の体が吹っ飛ぶ。
瞬時に起き上がった勇儀は、驚愕、ではなく全てを理解していた。
「あー……悪い、アタシゃあ勘違いしてたようだ」
口の中の血を吐き捨て、今度は銀の姿を真正面から見据える。
「それがお前の本気か。いいぜ、前言撤回だ」
周囲に殺気が張り詰める。
少し、息苦しい。
「面白ぇ。この勝負、全力でやってやるよ!!」
「オラァァッッ!!」
爆ぜるような勢いで突っ込んでくる勇儀をかわす。放たれた拳はそのまま地面へとぶつけられる。
「おいおいバケモンかよ……」
殴られた地面の衝撃がこちらまで伝わってくる。軽い災害級の威力だ。
「フッ!!」
勇儀の背後から蹴りを放つ。
だが
「二度も通用すると思うなよ?」
後ろを見ずに片手で蹴りを止められる。
勇儀は凄絶な笑みを浮かべ、俺の体をそのまま持ち上げる。
「ハッハァ!!」
持ち上げた俺の体を力任せに大地へと叩きつける。
「ガハッッ……ぐっ……」
体中が嫌な音を上げ、骨が軋む。
(あぁクソっ……肋骨2、3本イカれたな……)
「どうしたどうしたァ! 勢いは最初だけか!!」
体の状態を確認する暇もなく、勇儀は殴りかかってくる。
「いやなに、勝つ方法を模索してたんだよ」
勇儀の拳が俺の体に触れるよりはやく、彼女の腹部に足を当てる。
「発勁!!」
後ろは大地。踏ん張るにはもってこいの場所だ。
足の裏から全力で気を放出し、勇儀の体に叩き込む。
「ぐおっ!?」
彼女の体が吹っ飛ぶ。
落下点に先回りし、攻撃を仕掛けようとしたがそう簡単にうまくいくわけがない。
勇儀が着地と同時にかかとを下ろしてくる。
「チィッ」
瞬時に後方へ飛び退き、直撃を免れる。
「今のは……」
「発勁。ま、いわゆる武術ってやつさ」
「ハッ、面白ぇ」
砂煙を払い、勇儀が再び突進する。
「お前の武術とやら、もっと見せてみろ!!」
二人の戦いを見守る影が二つ。
「ねぇ〜紫〜。どっちが勝つと思う〜?」
その小さな体とは不釣り合いな歪な二本の角を生やした少女。
「…………さぁ?」
日傘をさし、下腹部辺りから下が空間の裂け目に入り込んでいる少女。
「んふ〜銀に勝ってほしいくせに〜」
酒に酔っているせいか赤らんだ頬をにやけさせながら紫に言う。
「あんまり馬鹿なこと言ってるとぶっ飛ばすわよ」
扇子で萃香の額をコツンと叩く。
「にゃはは〜じゃこうしよう!」
「ん?」
萃香が瓢箪を置き、人差し指を立てる。
「私は勇儀が勝つに賭けるから〜紫は銀が勝つに賭けて〜」
「なんでそんなこと……」
「負けた方は勝った方に奢るってことで、いぇ〜い」
もう何を言っても意味はないと諦めた紫は、仕方なく、本当に仕方なくその条件を飲むことにした。
(手こずってんじゃないわよバカ弟子が。あんたがどんだけ有利な条件だと思ってんのよ)
静かな面持ちで、紫は銀の動きを見守っていた。




