第64話 箒と乗り物酔い
──霧の湖──
夜の湖の上空に、風を切って進む魔法使いが一人。
「この時間ならさすがにみんな寝ちまってるかなぁ」
帽子が飛んでいかないように手で押さえながら、速度を緩めずに紅魔館へと向かう。
すでに目的地は目前に迫っていた。
──紅魔館──
「案の定もう美鈴はいないか……」
門の上を見上げる。
「そんじゃ、お邪魔しますよっと」
空を飛んで門を越え、正面玄関から堂々と入っていく。
(咲夜にバレなきゃ大丈夫だろ)
おそらくフランもレミリアも物音を立てない限りは起きてこないだろう。
魔理沙は迷うことなく一直線に歩いていく。
目的地はもちろん図書館。
──紅魔館 図書館──
「さてさてパチュリーは起きてるかなーっと」
扉を開け、部屋に入る。
奧を見ればぼんやりと灯りが点いている。
「よっパチュリー」
「魔理沙……侵入者用のトラップが仕掛けてあったはずなんだけど」
本を読んでいたパチュリーが顔を上げて魔理沙を見る。
「そんなもんあったのか。気づかなかったぜ」
それも無理はない。パチュリーほどの魔女が偽装を重ねた魔法に、人間である魔理沙は気づけるはずもない。
それでも引っかからなかったのには、彼女のミニ八卦炉に霖之助の付与した開運効果が付与されていたおかげだろう。
霖之助はこんなことで発動するとは予想していなかったかもしれないが。
「はぁ……天変地異が起こって本でも返しに来たの?」
「酷い言われようだな、私はただ死ぬまで借りてるだけなのに」
悪びれることなくそう言う魔理沙を、パチュリーは不機嫌そうに見やる。
「どうせ本を盗みに来たんでしょ? 一冊ならあげるから今日はもう帰ってくれないかしら」
「おっと、その申し出は嬉しいが今回の目的は違うのぜ」
魔理沙はそう言うと、机を周り、パチュリーのもとへ歩いていく。
「私が今日もらいに来たのは……」
魔理沙がパチュリーの顎に手をそえ、目を合わせる。
「お前の心さ」
どこかでバキューンという音がした気がする。
パチュリーは一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの眠たげな半目に戻る。
「それで私を落として、いくらでも本をもらえるって寸法かしら」
「たっはー、ダメかぁ」
「当たり前でしょ」
(……一瞬ドキッとしたなんて気のせいよ)
しかしなぜか魔理沙がパチュリーの前から動かない。
「まだ何か用?」
「いや今言ったことさ、半分本気だぜ?」
「え?」
魔理沙の考えが全く読めない。
一体何が言いたいの?
「お前さ、いつも図書館にいるだろ? だからさ、たまには外にでようぜ?」
「余計なお世話よ」
「いいからいいから」
「え、あ、ちょっと魔理沙!」
完璧に断っても聞く耳を持たない魔理沙には効果なしだ。
されるがままに手を引かれ、あっさりと館の外に連れ出される。
「はーっ……はーっ……ちょっと……もう少しゆっくり……」
「おいおいもう息切らしてんのか。まだ紅魔館出たばっかりだぜ?」
ぜぇぜぇと息を切らすパチュリーに、若干呆れ気味に魔理沙が言葉を漏らす。
「一体……何させる……つもりなの……」
パチュリーのその質問に、魔理沙はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「夜のドライブだぜ!」
「……え? それってどういう……」
「とりあえず箒に乗ってくれ、ほら私の後ろに」
すでに箒に跨っている魔理沙が、パチュリーが乗れるように少し前に詰めている。
「こ、こう……?」
パチュリーが恐る恐る箒に座る。
「よしっ、しっかり掴まってるんだぜ!」
「えっ? きゃっ!?」
パチュリーが乗った途端に魔理沙が急加速する。
「ちょ、ま、魔理沙! 私自分で飛べるから!」
「箒に乗って飛ぶのも楽しいもんだぜ!」
パチュリーの静止ももはや焼け石に水。魔理沙は速度を緩めるどころかさらに加速していく。
「きゃぁぁぁぁぁあ!!!」
「はははっ! いい声出すじゃねぇかパチュリー! こっからが本番だぜ!!」
パチュリーが自分に思いっきり抱きついたのを確認すると、魔理沙は帽子を押さえ、最高速度で湖の上を飛び回る。
「いやっほぉぉぉぉう」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
パチュリーは絶叫し、魔理沙は心底から笑い出す。
ちょうど湖を一周したころだろうか。パチュリーが急に静かになったのに気づいた魔理沙は、速度を落とす。
「おいパチュリーどうした? まさか気絶なんて……」
「………………そう」
「え?」
あまりに消え入るような声だったため、風の音にかき消される。
「もっかい言ってくれ」
「…………吐きそう」
今度ははっきりと聞こえた。
それと同時に魔理沙の顔色も変わる。
「わー待った待った! 今下ろすから待ってくれ!!」
「うぷっ…………」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
なんとか湖の畔に降り立ち、木陰で休憩することになった。
「うぅ……気持ち悪い……」
「まさかパチュリーが箒で酔うとは思わなかったぜ……」
あと少し気づくのが遅ければ、今ごろ箒の上は地獄絵図になっていたかもしれない。
「落ち着いたか?」
「えぇ……少し」
まさか自分がここまで乗り物(箒)に弱いとは。完全に予想外だった。
「はぁ……散々な目にあったわ……」
「ははっ、悪い悪い。でもさ」
魔理沙が空に浮かぶ満月を指差す。
「たまには、こういうのも悪くないだろ?」
「…………そうね」
パチュリーも月を見上げる。
「あ」
「どうしたんだぜ?」
「ほら見て」
何かに気づいたパチュリーが指さしたのは、湖面だった。
「へぇ、綺麗だな」
「本当にね」
湖面には、もう一つの満月が浮かんでいた。
触れられそうで、実際に触れると波紋がおきて、崩れてしまう。
再び戻ったとしても、結局触れることはできない。
そんな湖面の月を、二人はどのように捉えたのだろうか。
儚い、だろうか。それとも──
「ねぇ、魔理沙」
「んー? なんだぜ?」
「またこうして、たまにでいい。一緒に月を眺めない?」
月を見上げたまま、パチュリーは魔理沙に問いかける。
頬が赤いのは、きっとまだ調子が戻っていないからだ。
魔理沙は目を見開いた。しかし、すぐにいつもの子供っぽい笑みに戻る。
「あぁ、いいぜ!」
あぁ、この頬が勝手ににやけてしまうのも、きっと酔ったせいだろう。
そうして、二人はしばらくの間、静かな一時を過ごした。
「次もまた乗せてやるぜ」
「それだけはやめて!」
いつものやり取りを続けながら。
いかがだったでしょうか。
今回のお話はTwitterである方のアイデアをいただいたものを書きました。
確かに乗り物酔いという概念ってあまり使われないな、ということで作られたお話です。
魔理沙はたぶんこれが素だと思います。
それではまた次回、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。




