第6話 紅魔編 ナイフと従者
──紅魔館 中庭──
門の先には、色とりどりの花が咲き乱れる庭園があった。あまりにも鮮やかな色の花たちに、恐怖心すら湧いてくる。
「綺麗な桜の下には、死体が埋まってるって話、もしかして花もそうなのか?」
晴れていたのなら、おそらくこの花たちも、それぞれの個性を遺憾なく発揮し、見る人々を魅了できるほどの美しさはあるのだろう。
だが、重苦しい、血のような色をした雲の下では、どれも不気味に思えてしまう。
「入り口は・・・あそこか」
ギィィ・・・と嫌な音で軋む扉を開く。
──紅魔館 エントランスホール──
館の中に入ると、そこには異常に開けた空間があった。何かの能力が働いているのだろうか。外観よりも明らかに広い内装に少し驚く。
(さて、どこへ行ったもんかね)
美鈴から、パチュリーの居場所は図書館だと聞いてはいたものの、肝心の行き方を聞くのを忘れていた。
悩んでいても仕方ないので、部屋の奥にある大階段の方へ行こうとした時だった。
「止まりなさい」
何者かの声とともに、目の前の床に銀色のナイフが突き刺さる。
見上げるとそこには銀髪の女性がいた。
服は、青と白の2色で頭や肩には、白いひらひら、前掛けもつけている。短めの、確かスカートといったか、それもはいているようだ。腰には、懐中時計のようなものも見える。
「ここの従者は客に向かってナイフを投げるよう教育されてんのか?」
かがんでナイフを拾い、女性に投げ返す。
「門番を倒して無理矢理入ってくるような輩を、はたして客と言うのかしらね」
女性は、事もなげに投げ返したナイフを受け止める。
「大図書館ってとこに行きたいんだけど、この館広すぎてさ。案内してもらえませんかね」
「それよりも先に、地獄へ案内してあげるわ」
その直後、彼女の姿が消える。
「え」
「動かないで」
考えるひまもなく、首元にナイフを突きつけられる。
おいおい、今のはなんだ。高速移動ってレベルじゃねぇぞ。
今の彼女の動きは、まさに瞬間移動と呼ぶべきものだった。どんだけだよ幻想郷。
「目的と、誰の差し金かだけ吐きなさい。そうすれば、八つ裂きはやめてあげる」
どうやら殺すのは確定らしい。さて、どうするか。
「囚われのお姫様を助けにきた王子ってとこかな」
「そう、残念ね。今からその物語は悲劇に変わる。貴方が死ぬことでね」
彼女の手に力がこもる。一瞬でもタイミングは間違えられない。
「それじゃ、さよなら。悲劇の王子様」
今だ。
油断している彼女の手首から、ナイフを弾き飛ばす。
「なっ、このっ!」
すかさず追い打ちをかけようと拳を放つが、瞬間移動で距離をとられる。
「・・・・・・」
彼女は無言でこちらを睨みつける。
「悪いけど、ここで死ぬ予定はないんでね」
喋りつつも、彼女の動きに全神経を集中させる。
「俺の名前は銀だ」
「は?」
「だから、名前だよ名前。こっちが名乗ったんだからそっちも名乗れよ」
「馬鹿らしい。なんでそんなこと・・・」
「これから倒す相手の名前くらい、覚えときたいだろ?」
その言葉に彼女はピクリと反応する。
「よほど私を怒らせたいようね・・・」
彼女の声は、怒りによるものなのか、少し震えている。
「いいわ、教えてあげる。私は紅魔館メイド長の十六夜咲夜。覚えなくていいわ。なぜなら」
彼女は両手にナイフを構える。
「私が今! 貴方をここで殺すと決めたからよ!」
言い終わると同時に、咲夜がナイフを投擲する。
俺は、約束は絶対に守るタイプなんだ。だから
「妹様を・・・フランドール・スカーレット様を、連れ出してあげてほしいんです」
美鈴の声が、頭の中をよぎる。
だから、ここで死ぬ気は毛頭ない。約束を果たせなくなるからな。なんとかして切り抜けて、囚われの妹さんを助け出し、この紅い雲も止めさせる。我ながら強欲だと思うが、全部やってやる。
向かってくる銀色のナイフを見つめながら、彼はそう、心に決めた。
いかがだったでしょうか。今回は、咲夜さんとの初コンタクト、そして戦闘に入るまでのお話です。咲夜さんの能力を銀がどう解釈するのか、という点について注目していただけると嬉しいです。また次回も、ぜひ読んでみてください。