第45話 緋想編 紅魔と天人
「ふぅ……ちょっと疲れたわね……」
十数匹の妖怪が、死体のようにあちこちに倒れ込んでいる。
「さて、と。勘に従ってあっちの草原に行ってみようかしら」
そう呟いた霊夢は、すぐに飛び立っていった。
──紅魔館──
外は曇天の上に濃霧。晴れと雨がぶつからなかっただけマシかもしれないが、人間ならば数メートル先すら見えないほどの霧が立ち込めている。
「…………お嬢様」
「みなまで言わなくていいわ。全部分かってるもの」
レミリアに進言しようとした咲夜の言葉を遮る。
「そうね……咲夜。あなた黒幕を連れてきてくれない? 場所は教えるから」
「お嬢様がお望みならば」
レミリアの提案を一瞬の迷いなく肯定する。
「それで……場所は?」
「運がいいわよ。今はたぶんこの近くの……」
レミリアに天子の居場所を聞いた咲夜は、すぐさまその場所へ向かうのだった。
「抵抗するようなら無理やり連れてきていいから」
その言葉を胸に留めながら。
──霧の湖 周辺──
レミリアの言った言った場所についた咲夜が見つけたのは、桃をかじっている少女だった。
「この桃おいしくないけど傷が治るからいっか〜。あ、曇ってきたってことは」
「あなたが黒幕のようね」
振り返った少女に咲夜が声をかける。
「正解。ようこそ異変解決者、私は比那名居天子。さぁ、戦いましょう!」
「私は紅魔館メイド長、十六夜咲夜。戦わなくていいから紅魔館に来てもらえるかしら」
意気揚々と剣を構える天子に咲夜はあくまでレミリアの使いとしての態度を取る。
「……人間風情が天人である私に逆らう気?」
「お嬢様は吸血鬼よ。あなたどうせ私にすら勝てないんだからはやくお嬢様に負けに行くわよ」
いじけた子供のように口をとがらせる天子に、咲夜は厳しい口調で告げる。
それが、天子の闘志に火をつけた。
「私が……ただの人間に……勝てないですって?」
「えぇ、そうよ。だからはやくこの変な天気を」
「もう怒ったわ! 要石!」
天子の周囲に要石が浮かび、咲夜目掛けて飛んでくる。
「はぁ……お嬢様をお待たせしてしまうわね……」
そう物憂げに呟いた咲夜の姿が消える。
「え」
次の瞬間には天子を中心に球状にナイフが配置されていた。
「……咲夜の時間」
咲夜が呟くと同時に、ナイフが一斉に掃射される。
「ちょちょ、無念無想の境地!」
天子が慌てて何か言ったようだが、咲夜には聞こえてはこなかった。
徐々に砂煙が引いていく。
そこには──無傷の天子が立っていた。
「ナイフが刺さらないタイプなのね……」
「瞬間移動にはびっくりしたけどそんなおもちゃみたいなナイフじゃ私は倒せないわよ!」
大地を蹴り、天子が咲夜と距離を詰める。
「剣技・気炎万丈の剣!!」
それはまさに絶技とも言えるほどの腕前だった。
恐ろしい速度で剣を振るう天子を見て咲夜は思う。
(……少し前の妖夢みたいな剣捌きね……今なら妖夢のが上だろうけど)
自身の動きを高速化し、天子の剣技をすべて避けていく。
すると天子が跳躍、巨大な要石を落としてくる。
「潰れなさい! 要石・天地開闢プレス!!」
(…………今ね)
これを好機ととらえた咲夜は、瞬時に天子を自分の位置に持ってくる。
「時間停止、解除」
「人間ならひとたまりも……え?」
突如として自分が地面に降り立ち、真上からは要石が降ってくる状況に天子は素っ頓狂な声をあげる。
そして要石が眼前まで落ちてきたところで、
──静止した。
「……え? …………え?」
天子は驚きの連続にただただ疑問を浮かべることしかできない。
「これで分かったでしょう。あなたは私に勝てない」
天子を見下ろして咲夜が言う。
「…………私の負けよ」
実力の差を見せつけられた天子は、ただそう言うことしかできなかった。
──紅魔館──
「おかえりなさい咲夜さん。その人が黒幕で?」
紅魔館に着けば、霧に包まれた門前で美鈴が出迎えてくれた。
「えぇ。お嬢様はどう?」
「んー、お怒りにはなっていないようですよ? でも気をつけてくださいね」
そう言って、美鈴は門を開けた。
中庭まで歩くと、ふと上空から声がする。
「咲夜、随分遅かったんじゃない?」
「申し訳ありませんお嬢様、思ったより距離があったもので」
見えない何者かに咲夜はかしこまった口調で応答する。
「まぁいいわ。私が勝ったらこの濃霧も咲夜の曇天も解いてくれるのよね?」
天子は見えない何かに無言で頷く。
「ふふっ……勝負……いつ以来かしらね。少しは楽しませてちょうだいね?」
「天人を舐めないでよね」
天子は剣を構える。
「あら、天人も見た目は人間と同じなのね」
背後から、声がした。
「!!」
即座に振り向き、剣を薙ぐ。
その動きは咲夜と戦った時より数段速い。
(……油断して手加減。それで敗北ってとこかしらね)
だが勝ちは勝ちだと咲夜は割り切った。
「ねぇ、知ってるかしら」
「何をよ! 姿を現しなさい!」
どこにいるのか全く分からない。
あちこちから声が聞こえてくるその存在に天子が怒りをぶつける。
「吸血鬼って、霧と同化できるのよ」
今度は耳元で囁かれる。
全身が総毛立ち、嫌な汗が流れる。
もしかしたら自分は最悪の状況を作り出してしまったのかもしれない。
相手の気質を放出させると、自然と天気もその気質に合わせて変わる。普通はそれが有利に働くことなどない。当たり前だ。晴れていたからと動きが活発になる生物など妖精だの虫だのそんなものだ。
だが吸血鬼は違った。この数メートル先すら見えない濃霧は、霧化することで圧倒的に有利な状況を作り出せるということなのだ。
「そんなの聞いてないわよ……!」
「戦う相手の予習は大事よ、天人」
その声と同時に、紅い槍となった光弾が飛んでくる。
「くっ……!」
すんでのところで剣で防ぐ。
だが、こんなことはまぐれでしかない。
「あら、意外と避けられるじゃない。見直したわ」
「うるさい! 姿を現せ!」
「そう……じゃあお望み通り」
声のした方向を振り向く。
「すぐ終わらせてあげるわ!!」
レミリアの手が、天子の顔面を鷲掴みにする。
そしてそのまま紅魔館の外壁に叩きつけた。
(……相手が悪かったわね。天子)
勝負の行く末を見届けることなく、咲夜は静かに館へと戻っていった。
「さぁ、天気を元に戻すか。ここで腹に風穴を開けられるか。選びなさい」
「うぐっ……」
レミリアが片手で天子の胸倉を掴みあげ、もう片方の手でスペルで作り出した紅い槍を構える。
天子は剣を取り落としてしまっていて、抵抗することなどできない。
要石を出したところで、レミリアの攻撃のが速いことは自明だ。
「…………分かったわ。天気を元に戻す」
天子がそう言うと、少しづつ空に晴れ間が戻ってくる。
それを見たレミリアは日傘をさし、最後に一言だけ、天子に告げる。
「……次は魔法の森に行くといいわ。今度はもう少し修練してから来なさいね」
そうして、彼女は紅魔館へと戻っていった。




