第4話 紅魔編 異変と紅魔
俺が幻想郷に転移してきてから2週間ほど経った、ある日のことだった。
──博麗神社 境内──
「すいませーん」
平和だと思っていた昼下がりに、境内のほうから男の声がする。
「博麗霊夢さーん。いらっしゃいませんかー」
どうやら霊夢に用があるらしい。だが生憎と霊夢は今、妖怪退治に出かけていて神社にはいない。俺が用件だけでも聞いておこう。
「今ちょうど霊夢はいないんですよ。何かあったんですか?」
「何かあったもなにも、あれを見てくださいよ」
男性の指差す方向を見ると、何やら空が赤い。まだ時間的には昼過ぎのはずで、夕焼けというのもおかしい。
「昼前ぐらいから突然空が紅く染まったもんで、みんな気味悪がってしょうがないんですよ」
「あっちの方角は確か……」
「えぇ、霧の湖のほうです。あの湖は最近、吸血鬼がいるという噂で……」
「吸血鬼?」
話を聞くところによると、その噂が広まったのはここ1週間ほどのことで、その矢先に空が紅く染まったものだから、吸血鬼のせいじゃないか、という人もいたらしい。吸血鬼か、なかなか面白そうだ。
「なら、俺が原因を突き止めてきましょうか?」
「え、あなたが?」
ほんの一瞬だが、明らかに疑うような視線を向けてくる。まぁ当たり前のことだろう。この人は、信頼できる霊夢に依頼しにきたのであって、素性の知れないような男に会いに来たわけではない。
「えぇ、こう見えて霊夢と同じくらい強いんですよ」
「霊夢さんと同じくらい!?それは本当ですか!?」
そんなに驚くようなことなのだろうか。だがこの反応を見るに、霊夢は本当に実力、実績ともに確固たるものがあるのだろう。まだ確かめてはいないが、おそらくきっとたぶん同じくらいの実力だと信じたい。もしかしたら勝てるかもしれないからな、嘘はついてない。
「それじゃあよろしくお願いします。どうかお気をつけて」
男性は一礼すると、里のほうへ帰っていった。
「ちょーっと後ろめたい気もするが、とりあえず行ってみるか」
霊夢に内緒で行く訳だから、さっさと行くにこしたことはない。俺はすぐに霧の湖へと歩きだした。
──霧の湖──
「ここが紅い雲の発信源か。結構でかいな……」
湖に浮かぶ島の畔には、ここ幻想郷の雰囲気から明らかに浮いている“洋館”が建っていた。だが、そう判断した理由はそれだけではない。“紅い”のだ。外装から塀、門から屋敷へと続く道も何から何まで紅で統一されていた。
「ん? あれは─…」
ふと、門の前に誰か立っていることに気づく。この館の人間だろうか。
「あのー、すいません」
「………………」
声をかけてみるが、返事はない。
「聞こえてますか?」
「………………………」
再度、声をかける。返事はない。
「あの……」
「………………zzz…」
「………………」
寝てやがった。少々イラッときたので無理やり起こすことに決めた。
「あの! 起きてください! 聞きたいことがあるんですけど!」
「は、はいぃっ! なんでしょう! あれ? どちら様ですか?」
「はぁ・・・ようやく起きた」
立ったまま寝るとか聞いたことないわ。プロかよ。
「あの、この紅い雲をだしているのって、ここですよね?」
単刀直入、ムダに遠回しな言い方をせずに聞く。
「あぁはい。その通りですよ」
すると彼女は、意外にもあっさりと認めた。
「里の人たちが気味悪がっているんで、止めてもらえませんかね」
「申し訳ないんですが、私ではそれは了承できません」
私では、ということは少なくともこの人より立場が上、予想はできていたが、おそらくはこの館の主がやっていることなのだろう。
「じゃあ俺が直接ここの主に話をさせてもらいます」
「それも了承できません」
分かっていたことだが、やっぱりダメか、なら
「………………」
なら、無理やり押し通るまでだ。
拳を構え、戦闘態勢を整える。
「今引き返せば、このことはお嬢様にはお伝えしません。やめたほうがいいと思いますよ?」
目の前の少女はそう言いつつも構えをとっている。
いいね、そうこなくっちゃ。
「私は紅美鈴、気を使う程度の能力です。見たところ、あなたは人間のようなので、早めに引き返すことをおすすめしますよ」
少し困ったような笑顔を崩さずに、彼女は言った。
「俺の名前は銀。普通の人間だと思ってると、痛い目見るぜ?」
少しでも昂ぶる気持ちを抑えつけるため、より一層、拳に力を入れる。
まるで血のような真紅に染まった雲の下、戦いの火蓋は切って落とされた。
いかがでしたでしょうか。今回はいよいよ転移してから初の異変です。次回から美鈴との戦闘に入ります。紅魔館を書くにあたって、原作の設定を改めて調べているので、いい勉強になっています。それでは、また次回、第5話も読んでいただけると嬉しいです。