第34話 永夜編 永遠と須臾
──永遠亭──
おそらく一番角の部屋。
その部屋の襖を開けると、そこではひとりの少女が月を見上げていた。
その少女のあまりの美しさに息を呑む。いや、美しいという言葉でさえ、彼女には相応しくないのかもしれない。どちらにせよ、俺は彼女を言い表すことのできるような言葉は持ち合わせていなかった。
不意に、少女がこちらを向く。
「あら、お客様かしら」
鈴の音のような声、とでも言えばいいのだろうか。その一音一音がどこか儚げな気がした。
何かの術でもかけられたかのようで一歩も動くことができない。
(クソッ・・・指一本動かせねぇ・・・)
すると突然
「ていっ」
「ぐはぁっ」
霊夢がお祓い棒で殴って来た。
「ってぇな何しやが」
「治ったでしょ?」
言われてみれば、手足が自由に動く。先ほどまでの緊張感も嘘のように消え去っている。
本当に何かの術が働いていたのかもしれない。なぜ霊夢がそれを回避できたのかは知らないが、兎にも角にも助かった。
「少し退屈していたの、遊び相手になってくださらない?」
「姫だからって接待プレイはしないわよ」
ぶっきらぼうに答える霊夢に小さく微笑んむ。
「私は蓬莱山輝夜、以後お見知りおきを」
優雅に一礼し、彼女は攻撃を始めた。
「難題・龍の頸の玉」
部屋のあちこちに小さな球体のようなものができ、そこからランダムにレーザーが発射される。
「霊夢!」
「分かってる!」
即座に霊夢が反応し、結界を張る。
弾幕をある程度凌ぎ、攻撃が薄くなった瞬間に輝夜に突っ込む。
「オラァッ!!」
全力で輝夜を殴りつける。
おそらく永琳が不老不死だったことから、彼女も不老不死なのだろう。だが痛覚はあるはずだ。
「あら、意外とやりますわね」
だが、彼女は俺の拳を避けることなくその細い腕で受け止める。
「んなっ!?」
「あら、脱臼してしまったわ」
おいおい嘘だろ。あんだけ修行してきた上に今の俺の全力だぞ? それを脱臼ですますとかバケモンかよ。
「次よ、難題・仏の御石の鉢」
輝夜が何か小さな石のようなものをばら撒くと、そこから一斉にレーザーや光弾が発射される。
「範囲広すぎだろっ!」
すぐさま部屋の壁を破壊して外に逃げ出す。
「中々手荒いわ・・・ですわね」
輝夜もすぐに追いかけてくる。
「難題・火鼠の皮衣」
周囲に魔法が展開され、ところどころから火炎を纏った光弾が飛んでくる。
「クソが! 火事になったらどうすんだよ!」
火炎弾を次々と避け、輝夜のほうへ一瞬目を向けた時だった。
「あなた、中々見所があるわ・・・ありますわね」
背後に、輝夜がいた。
一瞬、本当に一瞬のうちだった。
頬に触れられる。
「ッ!!」
回し蹴りをかますが案の定躱される。
輝夜は楽しんでいるのか嘲っているのか分からないような笑みを浮かべている。
「ふふ、いかがでしゅ・・・」
「へ?」
今、あの子噛まなかったか。明らかにでしゅって聞こえた気がしたんだが。
見れば、輝夜はぷるぷると小刻みに震えている。舌噛んじゃったかー。
「あーもう! 永琳に言われてたからやってたけどこの喋り方もう嫌!」
さっきまでの荘厳な雰囲気はどこへやら。突然叫びだした彼女に、俺も霊夢も戸惑うことしかできない。
「全く、客が来たからって一々こんな口調じゃ私の舌ちぎれちゃうわよ」
えぇ・・・さっきまでの印象台無し・・・。
完全に戦う気が削がれてしまう。
「ふふっ、いつもの口調のがやっぱり楽でいいわね! さぁ次よ!」
「いや、ちょっと待ってくれ・・・」
ものすごい張り切りだした輝夜を少し辟易としながら止める。
「何よ、ここからが面白いっていうのに」
お前のせいだろーが。
内心思いっきりツッコんでやりたいが、堪えるとしよう。
「ギャップ凄すぎて戦う気も起きねぇよ。それになんでこの異変起こしたんだよ」
なんだかもう全てがどうでもよくなってきた。
この際なので、今までの疑問を全部聞いてみる。横で今にも弾幕を放ちそうな霊夢を抑えながら、だが。
「え? えと・・・それは・・・」
急に輝夜が口ごもる。まぁやっぱり異変起こすくらいだし何か良からぬことなんだろう。
だが、俺のその考えは彼女の次の言葉によって否定される。
「鈴仙の・・・ためかしらね」
「え?」
輝夜が少しづつ話し始める。
彼女によると、玄関であった鈴仙という少女のために起こした異変らしい。何でも輝夜たち永遠亭の人間は月から来た「月の民」で、輝夜と永琳は月の使者から逃げているらしい。そこでたまたま月の使者が鈴仙を迎えにくるという情報を手に入れ、偽の月を作ることにより、月の使者を地上に来れなくしたのだそうだ。
「だから、いくらあなた達がやめてと言ってもやめるつもりは無いわ。家族のためなら幻想郷程度どうなったっていい」
輝夜の言葉からは尋常ならざる信念を感じた。大切な家族を守るため。そう言われてしまっては、こちらも正直どうしていいか分からない。
だが、霊夢の発言によって、その全てが解決する。
「幻想郷には結界が張ってあるから月の使者とやらは来れないわよ?」
「「え」」
思わず声が出る。
「ちょっと待って赤いの、それは本当なの?」
「霊夢よ。博麗大結界があるから、幻想郷の外から入りたければ紫に頼むしかないわね」
あっさりと霊夢は言ってのける。
マジか、幻想郷ってそんな結界張ってあったんだ。俺も初耳。
「なぁんだ、私たちの考えすぎだったのね・・・」
へなへなと輝夜がその場に座り込む。知らなかったなら仕方ない・・・のか?
「分かったならさっさと解きなさい」
「えぇ、もう月を戻しても平気だって分かったしね」
そう言って、全てが丸く収まるかと思われた瞬間。
「バカグヤァァァ!!」
怒鳴り声とともに、あたり一帯が炎で包まれた。




