第32話 永夜編 瞳と心
──永遠亭 廊下──
「なぁ、咲夜さんたちは大丈夫かな」
先行する霊夢を走って追いかけながら聞く。
「・・・大丈夫だと思うわよ。咲夜のことだし」
ほんの少し考えるような素振りを見せたが、霊夢ははっきりと言い切った。
うまくいけばいいんだけどな・・・
──永遠亭 外周──
金属同士がぶつかり合う音がする。
無数のナイフが飛び交い、刀がそれを弾く。
「う・・・ぐ・・・斬ル・・・」
「妖夢・・・」
咲夜は悲しげな瞳で向かってくる妖夢を見つめた。
「どうしたの? 兎さん。随分と息が上がっているようだけど」
偽の月を背に、レミリアはスペルを展開していく。
「くっ・・・なんて強さなの」
すでに鈴仙はボロボロの状態で、歯ぎしりしながらレミリアを見上げる。
「あの子、咲夜の友達なのよね」
「?」
レミリアが、唐突に語り始める。
鈴仙は、何のことだか分からないといった様子で、訝しむようにこちらを見る。まぁ、分からないのも当然のことだが。
「あの子、私の前ではほとんど感情を出さないから友達が少なかったの」
横目で咲夜を見やる。彼女はいつも通り無表情だ。
「でも、霊夢や銀、妖夢だったかしら。あの子たちが咲夜の友人になってくれた」
レミリアの膨大な魔力が、紅いオーラとなって少しずつ漏れ出す。
「なぜ、咲夜が真っ先に残ると言ったか分かる?」
レミリアの独白に近い言葉に、鈴仙は答えない。答える必要もないのだが。
「それだけ、大切だったからよ」
彼女の手に真紅の槍が握られる。
「これからするのはただの八つ当たり。それ以上でも以下でもないわ」
最後に見た目相応の可愛らしい笑みを浮かべ、彼女は言う。
「せいぜい可愛い悲鳴を聞かせてちょうだい?」
異常な数の蝙蝠が、鈴仙の視界を埋めつくした。
「・・・人符・現世斬」
妖夢が刀を納め、一瞬ためをつくる。
「はっ!」
瞬時に咲夜の元へ踏み込み、刀を抜き放つ。この前銀と戦った時よりも、明らかに速くなっている。
だが、咲夜はそれを能力を使わずに避ける。
「くっ・・・舐め・・・てるの・・・?」
「・・・・・・」
悔しそうにこちらを見る妖夢に、咲夜は何も答えない。会話をする気すらないのかもしれない。
「この・・・断命剣・冥想斬!」
妖夢が刀を振り上げる。
緑色のオーラが剣を包み、切れ味、射程ともに格段に上がっている。
だが、それでも咲夜は能力を使わない。
「なぜ・・・なぜ・・・当たラなイ・・・」
そんな妖夢を見て、とうとう咲夜が話し始める。
「あなたの剣に、なんの意志も籠ってないからよ」
「な・・・に・・・?」
妖夢が聞き返すが、咲夜はすぐに黙り込んでしまう。
「くっ・・・人鬼・未来永劫斬!!」
一段目、妖夢が踏み込み、切り上げる。
咲夜はそれを少し体を捻るだけでかわす。
二段目、そのまま全力で切り下ろす。
それも彼女は華麗な身のこなしでかわす。
「ぐぅぅ・・・このォッ!!」
三段目、一瞬刀を引き、神速の突きを放つ。
だが、それすら彼女に届く前に、いとも容易く受け止められる。
「な、なん・・・で・・・ッ!」
「妖夢、もう分かってるんでしょう?」
咲夜が悲しげに妖夢に聞く。
おそらく、すでに狂化状態がすでに解け始めているのかもしれない。妖夢の目には、ほんの少し涙が滲んでいる。
「うる・・・さい、ウル・・・さ・・・イ、うる・・・さい!!」
妖夢が叫ぶ。
「オ前に・・・何が・・・分かル!! 何でも完璧二こなス・・・お前ニ!! 」
それは、咲夜を見ていた妖夢の本心だったのかもしれない。そんなことは、確かめようもないが。
「空観剣・六根清浄斬!!!」
妖夢の、正真正銘全力の一撃。
目視不可、受ければ致命傷は必至のその技を前に、咲夜は初めて能力を使った。
止まった時間の中で、刀を振り抜いた姿勢で動かない妖夢を見る。
「・・・あなたは、まだ強くなれるわ」
誰かに聞こえるわけではない。
そう分かっていても、彼女は小さく呟いた。
時間停止が解除された瞬間、妖夢の首に手刀を振り下ろす。
「うっ・・・」
それは、妖夢の意識を容易に刈り取る。
「あなたの剣は人を傷つけるためにあるわけじゃない。そんな空っぽの剣じゃ、私に掠ることすらできないわ」
すでに薄れゆく意識の中で、妖夢はそんな言葉を聞いた気がした。
倒れ込んだ妖夢を支えたのは、咲夜ではなかった。
「西行寺様!?」
「ありがとう、この子を助けてくれて」
驚く咲夜に、幽々子は礼を言う。
「そっちももうやめてあげて」
幽々子の言葉に、初めて咲夜がレミリアのほうを見る。
見るも無残な鈴仙の胸倉を、レミリアが掴みあげていた。
「あらそう、ちょっとやりすぎたかしらね」
パッと手を離し、鈴仙が地面に落ちる。
「妖夢は私が白玉楼に連れて帰るわ。本当にありがとう」
咲夜が何か言うよりもはやく、幽々子は妖夢を連れて白玉楼へ帰ってしまった。
「・・・・・・」
「・・・大丈夫? 咲夜」
すでに妖夢の姿は見えなくなったが、ずっとその方向を見ている咲夜に問いかける。
「えぇ、何一つ問題はありません」
(・・・嘘ね)
何一つ表情を変えずに咲夜が答えたが、おそらく本心は・・・
「それよりお嬢様、異変の黒幕はどうしますか?」
レミリアがそこまで考えたところで、いきなり咲夜に声をかけられる。
「え? あぁ、もういいわよ。今から行ったって、霊夢たちには追いつけないだろうし」
たぶん、追いつけたところで、すでに異変は解決されているだろう。霊夢はこういう時に限って、本気を出すし。
「では、いかがいたしましょう」
「そうね・・・ゆっくり紅魔館にでも帰りましょうか」
「かしこまりました」
レミリアの提案に、咲夜は即座に了承の意を示す。
(もう少し、自分に正直になってくれてもいいんだけどね)
そんな言葉は口にされることはなく、レミリアの心の中で消えていった。




