さんびきのすずめ
あるところに、すずめが、さんびきおりました。
みんななかよく、ちゅん、ちゅん、ちゅん、となきます。
だから、ちゅん太、ちゅん吉、ちゅん子と名まえをつけられました。
ちゅん太は、おそらをみあげて、いいました。
「おおきくなったら、このそらをみんなで、いっしょにとぶんだ」
そういって、ちいさな、ちいさな羽をぱたぱたと。さんびきは、まだまだちいさな、ひなどり。もちろん、とぶことは、できません。
それでも、ちゅん太は、いっしょうけんめいに、ぱたぱた、ぱたぱたと羽をうごかします。さんびきは、なかよく、ぱたぱた、ぱたぱたと。
でも、ちゅん吉の羽は、なぜだか、うまくうごきません。
「だいじょうぶだよ。もっと、おおきくなったら、きっとうまくとべるよ」
ちゅん子は、おちこむちゅん吉をなぐさめました。
さんびきは、それから、ちゅんちゅん、ちゅんちゅんとうたいました。
さんびきは、しんじていたのです。いつかきっと、みんなでなかよく、そらをとべることを。
目をきらきらと、かがやかせる、さんびき。お母さんは、どこか、かなしそうな目をしていました。
きょうも、さんびきで、羽をうごかすれんしゅうです。
ちゅん太が、ぱたぱたと羽をうごかし、そして足をそろえて、ぴょんぴょんと。でもやっぱりまだ、とべません。からだは、ちょっとだけ、ういて、すぐに、じめんにおっこちます。
「ちゅん太、がんばって」
お母さんが、おうえんします。
そのひは、おひさまがおちるまで、れんしゅうがつづきました。
「ちゅん子、がんばって」
でも、お母さんは、「ちゅん吉、がんばって」とはいいませんでした。ちゅん吉も、おなじように、羽をうごかそうとするのです。でも、うごきません。
足をそろえて、ぴょんぴょんっとすることもできません。
ちゅん太と、ちゅん子は、ちょっとでも、からだをうかせることが、できるのです。でも、ちゅん吉には、それができません。
ちゅん太と、ちゅん子は、ちゅん吉をはげまします。
「だいじょうぶだよ。ぜったい、だいじょうぶ。きっと、できるようになるよ」
そんな、さんびきのすがたをみていると、お母さんは、すごくかなしくなるのでした。
ある日のことです。
ようやく、ちゅん太と、ちゅん子が、すこしのあいだだけ、とべるようになったころ。ちゅん子は、ちゅん吉のことを、ふしぎにおもっていました。ちゅん吉はまだ、ちっともとぶことが、できないでいたのです。
ちゅん子は、お母さんにききました。
「ねえ、ちゅん吉は、どうして、とべないの?」
「えっと……、まだ、れんしゅうが、ひつようなの。あのこは――」
お母さんは、こたえるのがつらそうでした。
「でも、ちゅん吉は、いっぱい、がんばってるんだよ」
ちゅん子が、そういうと、お母さんは、なきそうなかおをしていました。そして、お母さんは、それっきりだまってしまいました。
だから、おなじことを、ちゅん太にもききました。
「ちゅん子、まだ、きづいてなかったのか。ちゅん吉は、とべないんだよ」
ちゅん太は、つめたいこえで、いいました。
「それは、しってるよ。そうじゃなくって――」
「だから、とべないんだよっ。これからも、ずっと。ちゅん吉が、とべるようになることは、ないんだよ」
ちゅん子は、ちゅん太のことばを、しんじることが、できませんでした。
「なんで、どうして。どうしてっ?」
「わかるだろ。ちゅん吉は、羽をうごかすことができない。足もうまくうごかない。――だから、とべないんだよ」
なみだをながす、ちゅん子。でも、ちゅん太の声は、ひどくおちついていました。と、そこにちゅん吉が、やってきました。ちゅん子は、なみだをふいて、えがおをつくりました。
「ねえねえ。さっき、おはなのたねを、ひろったんだ」
ちゅん吉は、むじゃきによろこんで、たねをみせてきました。
「ぼくね、このおはな、そだてたい」
「まあ、すてき」
「――じぶんのことを、もっと、しんぱいしろよ」
ちゅん子は、はなしをあわせて、よろこんだけれど、ちゅん太は、つめたいたいどでした。ちゅん太も、このころから、お母さんとおなじく、ちゅん吉と目をあわせなくなりました。
やがて、きせつはすぎて、ちゅん太も、ちゅん子も、そらをとべるようになりました。とおくのほうまで、ひとっとび。そして、たべものをもってきて、ちゅん吉にわたすのです。
「ちゅん子もちゅん太も、すごいや。すごくとおくまでとんで、えさをとってくるんだもん」
おおきくなれば、ちゅん吉も、とべるようになるよ。そう、いっていたみらいは、きませんでした。ちゅん吉は、ちゅん太や、ちゅん子とはちがって、羽がおおきくなりませんでした。みただけで、とべないとりだと、わかってしまうように、なったのです。それでも、ただただ、ちゅん吉は、わらうのでした。
ちゅん吉が、みあげるさきには、はながゆれていました。ちゅん吉が、あの日にひろってきた、たねがせいちょうしたのです。
「はなが、さいたんだね」
「もう、ぼくたちより、おおきいね」
ちゅん吉のえがおが、まぶしすぎて、ちゅん子は、すなおにわらえないのでした。
(なんで、ちゅん吉は、わらっていられるの?)
そうかんがえると、ちゅん子は、かなしくて、かなしくて、しかたがなくなるのでした。
そして、たべものを、お母さんにとどけます。すると、そこには、ちゅん太がいました。ちゅん太も、たべものをとどけにきていたのです。
「おやおや、ちゅん太、ちゅん子、ありがとう」
「おれいなんていいって、いっただろ」
「お母さんには、いろいろなことを、おしえてもらったから」
お母さんは、としをとって、とべなくなりました。「もう、ながくはない、そうしたら、ちゅん太と、ちゅん太は、だいじょうぶだとおもうけど。ちゅん吉のことが、しんぱいで、しんぱいで」と、なんども、つぶやくのでした。
ちゅん子も、それをきいて、ちゅん吉のことが、しんぱいで、たまらなくなります。でも、ちゅん太は、ちゅん吉のことを、ほうっておけというのです。
「どうして、そんなひどいことを。おおきくなったら、このそらを、いっしょにとぶんだって。――そう、いっていたじゃない」
「――ああ、そうだよ。だけどよ、むりなものは、むりなんだよ」
ちゅん太は、ないていました。
「これから、ふゆになる。そうしたら、もっと、たべないといけないようになって、お母さんも、しんでしまう。そして、きっと――」
「いやだっ!」
ちゅん子は、さけびました。
「そんなの、ぜったいに、いや。だって、わたしたちさんびき、いつも、いっしょだもの」
そして、きびしい、きびしい、ふゆがやってきました。
「ちゅん吉、たべもの、もってきたよ」
ふるい、きりかぶに、あいたあなのなか。ちゅん吉は、やせたからだで、ぶるぶるとふるえていました。
「ありがとう」
ちゅん吉は、いいました。「きにしないで」と、ちゅん子は、わらいます。でも、そのえがおは、ゆがんでいました。わらうこえのなかには、はあ、はあ、といきぎれが。
「きょうは、どうしたの? いつもとちがって、げんきが、ないじゃない」
じめんにひろげられた、たべものは、ちょっとだけ。きっと、すぐにおなかが、へってしまうような、ほんのちょっと。
「きょうね。ひさしぶりに、そとにでてみたんだ。――あのはなが、どうなってるかって、すっかり、かれてしまっていたよ」
「そ、そう……」
ちゅん吉が、めんどうをみていた、はなは、かれてしまった。
ちゅん子は、それをきいて、ひどくかなしむとともに、とってもふあんになるのでした。
「ねえ、ちゅん太は、もう、こないのかな?」
「え?」
ちゅん吉は、ほそいこえで、いいました。ちゅん太に、あいたいと。
「……あのさ。ぼく、いっしょうけんめい、れんしゅうしてね。ちゅん子がね、なぐさめてくれたけど。ぼくは、もう、ずっと、とべないんだろうなあって、とっくにしっていたんだよ。できれば、ちゅん子と、ちゅん太と、みんなで、そらをとびたかったなあ」
そのこえは、はじめは、ほそくてふるえていました。
「ちゅん子も、つらいおもいをして、いっしょにいなくて、いいとおもうよ。――いままで、あまえていて、ごめん」
でもだんだんと、こえが、つよくなっていくのです。なのに、そのないようは、かなしいものでした。
「だから、ぼくを、おいていっていいよ。ちゅん太は、そうしたんだしさ」
「なんで、そんなかなしいこと、いうのよ! これからも、まいにち、ここにくるし、まいにち、いっしょに、ごはんをたべるの! それの、なにがいけないっていうの!」
「ぼくは、ちゅん子を、まきこみたくないっ!」
ちゅん吉は、さけびました。そのこえは、あなのなかで、ぐわんぐわんとひびきました。
それでも、ちゅん子は、あきらめたくないのでした。
そんなある日、ちゅん子が、そらをとんでいると、みおぼえのある、すずめのすがたが。
「まって」
はばたいて、おいかけます。
「あなた、ちゅん太でしょっ」
こえをかけると、ちゅん太は、ばたばたと羽をうごかして、こちらへとむきなおりました。
「ちゅん子、おまえっ」
「……、あなた、ちゅん吉のこと、おぼえている?」
「なんだよ。ひさしぶりに、あったとおもったら、きゅうに」
とそこで、ちゅん太は、ちゅん子のすがたを、まじまじとみつめました。ちゅん子も、ちゅん吉ほどでは、ありませんが、やせてしまっていたのです。それをみて、ちゅん太は、きづきました。
「おまえ、まさか。ちゅん吉の、めんどうをずっと――」
ちゅん子が、こくりとうなずきます。ちゅん太は、しゅんとして、じめんに、おりたちました。そして、ちゅん子も、じめんに、おりたつと、ちゅん太は、じめんに羽のさきをつけて、あたまをさげるのでした。
「ごめんっ! おれは、じぶんだけで、いっぱいいっぱいだったんだ! ちゅん吉のこと、みすてるような、まねをしてほんとうに、ごめん! ごめんなぁ。ちゅん子が、こんなにやせるまで、くるしんでいるのに、おれは。おれは――」
ちゅん太は、ひっしに、あたまをさげます。でも、ちゅん子は、やさしく「かおをあげて」というのでした。
「べつに、せめるつもりは、ないよ。――ただ、ちゅん吉が、あなたに、あいたがっていたの」
ちゅん子のみみのなかに、ちゅん吉のこえがきこえます。あのとき、あいたい、といったわけではないけれど。ちゅん子は、それを、ちゅん吉のこえから、かんじていたのです。
「おれに? そ、そんな、ばかなっ! おれは、ちゅん吉を、みすてたんだぞっ。とべないちゅん吉に、ふゆはこせない。だから、じぶんのことだけ、かんがえて、ちゅん吉のことは、ぜんぶ、ちゅん子におしつけたんだぞ! そんなおれに、あいたいだなんて、そんなばかなっ!」
「ほんとうだよ。だって……、いってたもの。みんなで、そらをとびたかったって。だから――、ちゅん吉は、ちゅん太のこと、きらいになってないよ」
じめんに羽のさきをつけたまま、ちゅん太は、こえをあげて、なきました。ふるえるちゅん太のせなかを、ちゅん子は、やさしくなでるのでした。
それから、ちゅん子とちゅん太は、たべものをあつめました。ちゅん子いっぴきだけでは、なかなかあつまらなかった、たべものも、ちからをあわせれば、すぐにあつまりました。ちゅん子と、ちゅん太は、すごいすごいと、ほめあいました。
そして、ちゅん子と、ちゅん太は、ちゅん吉のすむ、きりかぶのあなへ。たくさんの、たべものをもって、やってきました。
「……。なんで、またきたの?」
ちゅん吉は、いつものように、やさしいことばではなく、つめたいことばで、ちゅん子をむかえました。
ちゅん太は、そのようすを、かげからみつめています。
「もう、おいていっていいって、いったじゃないか。ぼくは、ちゅん子をまきこみたくな――」
「まきこまれたおぼえなんてないっ!」
ちゅん子は、きっぱりといいました。
「わたしは、ちゅん吉といっしょにいたくて、いっしょにいたの。――ただ、それだけだよ。それにね、きょうはね」
ちゅん太のほうへと、ちゅん子がふりむいて、こっちこっちと、羽をぱたぱたとさせます。ちゅん太は、もじもじしていましたが、やがて、ちゅん吉のまえに、すがたをあらわしました。
すると、ちゅん吉のかおは、ぱあっとあかるくなったのです。
「ちゅん太、いままでどこに、いってたんだよ!」
ちゅん吉は、ちゅん太にほおずりをして、あえたことをよろこびました。ちゅん太は、もう、なみだをとめることが、できませんでした。
「――いいのか。おれは、ちゅん吉をおいていなくなったのに」
「いいんだよ。ぼく、ちゅん太が、げんきなだけで、うれしいんだもん」
「ちゅん吉。それは、わたしたちも、おんなじきもちだよ。――だから、まきこまれたなんて、ちっともおもっていない」
ちゅん子がそういうと、ちゅん吉は、「ありがとう」と、わらいました。その目は、きらきらと、うるんでいました。
「さあ、きょうは、いっぱい、たべものをとってきたのよ」
ちゅん子と、ちゅん太がもってきた、たべもののおおさに、ちゅん吉は、目をまるくします。
「どうしたの? きょうは、こんなに」
「ちゅん太と、ちからをあわせたら、いっぱいとれたの。ひとりであつめるより、ずっとらくだったのよ。きょうは、おいわいね。ひさしぶりに、みんながそろったもの」
ちゅん吉も、ちゅん子も、ちゅん太も、おなかいっぱいになるまで、たべました。みんなでなかよく、おなかいっぱいになったのは、ひさしぶりだと、わらいあいました。
そうして、しばらく、ちゅん子と、ちゅん太がきょうりょくして、たべものをあつめて、みんなでわけあうくらしが、つづきました。さんびきは、かわいらしい、ふくらすずめになりました。
さんびき、かたをならべて、あおいあおいそらを、みあげます。
「ふしぎだなあ」
ちゅん吉が、つぶやきました。
「なにが?」
ちゅん子が、たずねます。
「こうやって、みんなでそらをみあげていると、みんなで、そらをとんでいるような、きぶんになれるんだ」
ちゅん吉のそのことばをきいて、ちゅん太がいいました。
「――おれも、そうおもうよ」