83.頂上にて
ザッ、ザッ…………ザッ。
「ふぅ……」
最後の一歩を踏み出し、俺は頂上にたどり着いた。
つまり、ダンジョンの出口へと。
薄暗い景色から抜け出した先は、夜の景色だった。
浮かぶ星や月の光が闇を照らし出し、濡れた地面が反射して輝きを放っていた。
全体として幻想的な雰囲気を醸し出しているこの場所は先ほどダンジョンの中にあった広場ほどの面積で、丸太で構成された小屋が配置されている。恐らくプレイヤーたちの休憩場所だろう。
おじさんはあの中かな? それともまだダンジョンの中……いや、それはないか。あるとすれば奥にある道の先に進んでいってしまったのか……。
「……ん?」
けど、そんな心配は無用だった。
それらとな全く別の方向に光が宿っていた。それは焚き木から放たれた火。近づいていくと、パチパチ弾ける音が聞こえてきた。
そして、
「おじさん」
目当ての人物の姿があった。
ひょこっと顔を出した石の上に腰を下ろして、広大に広がるフィールドを眺めていた。
「来たか……運命に選ばれし子ウサギよ」
うん、言い方から間違いなくおじさんだ。
「どうやらソロでクリアしたようだな、アイスマウンテン。中々成長したじゃねえか」
「へへ……」
な、何だか照れちゃうな。
……ん? 焚き木の上にフライパンが置かれて……。
「おう、もうできるぞ。おら食ってけ」
そう言いおじさんがひっくり返したのは、薄く切られた肉だった。ジュウジュウと耳にも鼻にも嬉しい音と香りが放たれている。
このピリッとした匂いは……!
「生姜焼き、ですか?」
「ああ。……まあでも得意分野じゃねえからな。追加効果とか何もないFランクでも我慢しろよ」
「全然大丈夫です。いただきます!」
皿に盛りつけてくれた料理を受け取り、隣にあった石の上に座る。
おじさんが自分の分を用意するのを待ってから、いただいた。
柔らかい歯応えに、甘さとたまに来るピリッとした辛味のタレが舌を喜ばせる。……ううっ、白飯が欲しい……って、前も同じ反応をしたような。
そういえばまだゲームを始めて間もない頃、おじさんと一緒に生姜焼きを食べたことがあったよね?
「記憶が蘇るな」
どうやらおじさんも同じことを考えていたみたい。
「あん時はまだまだ小童だったな嬢ちゃんは」
「あの時のおじさんはただの不審者でした」
「言うようになったじゃねえか」
ふっとクールに笑い、豪快に肉を食らうおじさん。
「……楽勝だったろあのゴリラ」
咀嚼しながら、ふとそんなことを尋ねてきた。
「え?」
「ん、違ったか? 今の嬢ちゃんの実力なら余裕だったんじゃねえかと思ったんだが」
ゴリラ……コング・マウンテンのことか。
確かに、それほど苦戦はしなかった。でもほとんどバーストのおかげだった気がする。それにあのタイミングで新しいバーストを覚えなきゃ、結果は違っていたかもしれないし……。
「……うーん、バーストのおかげ、ですね」
だから俺は、そう答えた。
「そうか」
ごくん、と。おじさんは料理を飲み込んで。
「助言をくれてやろう」
「?」
「――戦闘において最も必要なことは、視野を広げることと柔和な思考、そしてバックボーンだ」
語るおじさんの表情は、真剣だった。
「まぁそれを活かすためにスキルのレベルやバーストは必要なものだが……それだけは覚えとけ」
「は、はい」
こくりと頷くしかなかった。
で、でもどうしていきなりそんな話を?
「これは推測だが……これから嬢ちゃんは色々面倒なことに巻き込まれる、そんな気がするんだよ」
「えぇ……」
「確か嬢ちゃんの目的は『旅』だったな。それなら障害を乗り切るくらいの実力を身につけろ。邪魔なやつらは全てぶち壊せば目的は達成できるからな」
い、言い方は乱暴だけど……その通り、なのかな?
けど、面倒なことってなんだろう。
「さて、伝えたいことはそれだけだ。俺は行く」
おじさんは調理器具を片付けると、立ち上がった。
くるりとこちらに背を向け、歩き出す。
「あ、あの! いつもありがとうございます!」
だから俺は慌てて、伝えたいことを告げた。
「――それと、おじさんって何者なんですか!?」
い、勢いで余計な言葉も出ちゃった!
怒られるかな……?
「知りたいか?」
足を止め、振り返ってくるおじさん。
表情に怒りは――なかった。至って普通だった。
「なら、俺を超えてみせるんだな」
淡々とそう告げ、今度こそこの場を去っていった。
超える……? 強くなれってことかな。
「う、うー厳しいなぁ……」
そんな日がいつか来てくれるのかなぁ。
▽
「――やあ、ずいぶんと探したよ」
光から離れた、薄暗い雪の地。
その中で鬣のような銀髪をした美女が口を開いた。
「こんな低レベルのフィールドで一体何を?」
質問に答えたのは、彼女の前方に立つ大男。
「俺の勝手だ。お前には関係ない」
特徴的な無精髭を動かして、否定する。
「その通りだ。ゲームは自由にやるものだからね」
美女はニコリと笑って、言葉を続けた。
「だから私の仲間になって欲しい」
「低脳か。自分の直前のセリフを思い出してみろ」
「ああ、言葉通りの意味さ」
「あ?」
楽しそうに、美女は答えた。
「自由に暴れ回って欲しいんだよ、私のためにね」
「結局テメェに束縛されてんじゃねえか」
「はは、そうかもね? ……まあそれはそれとして、私にはあなたが必要なんだよ。『最強』の地位を保つためにね」
「ふん、情けねえな。他人の力を借りなきゃ保てねえのかよ。最強なんて名前がもったいねえな」
「なあに、ただの保険さ。まあ敵が強大という点は認めるけどね」
言葉とは裏腹に、ふふ、と笑う美女。
煽った大男の方が、額に眉を寄せる形となった。
「何が可笑しい?」
「別に? ……しかし残念だ。こう何回もフラれるとなると、自分の魅力の無さを痛感するよ。さすがに凹んでしまうなぁ」
しゅん、と。しおらしい態度を取る美女。
だが大男の表情は険しかった。
「それで? こんな場所まで勧誘に来ただけか?」
「はは、全く鋭いね。実はもう一つあるんだ」
笑いながら、美女は指差した。
方向はアイスマウンテン。だがダンジョンに向けられたものじゃない。
その先にある都市……ラクリャンだ。
「観衆の前で最強を決める祭りを行う予定なんだ」
彼女の瞳に映るのは、都市の中央。
そこに配置されている巨大なドーム状の建物。
「あなたには是非観戦に来て欲しい。そこで私たちの敵となるプレイヤーたちの技量を目に焼きつけて欲しい。きっと今の判断が変わることになる。あなたの血を騒がせることができるはずさ」
「ほう……?」
ここで初めて、大男が緩やかな表情を見せた。
追撃を加えようと、美女は続けた。
「そして『始まり』を告げる」
美女の瞳が先ほどとは真逆の方向を捉える。
その先には、雪の道が広がっていた。
「始まり、だと?」
「ああ。あなたが気に入っているものを使わせてもらうよ。『アレ』はこれからの物語に大きな影響を与えてくれるだろうからね」
「だろうな」
即答に、美女も初めて表情を変えた。
少し驚いた、と言いたげに。
「自信に満ち溢れた答えだね。理由を聞いても?」
「ンなもんねえよ」
ぼりぼり、と。大男は薄い髪を乱暴に掻いて、
「ただ……面白えやつとだけは言える」
「ああ、そうだね」
美女は嬉しそうに、楽しそうに笑った。
「本当に、面白い事態を引き起こしてくれそうだ」
活動報告にも記載させていただきましたが、改めまして……。
次話の更新ですが、少し遅れます。
度々、そしてご勝手ながら大変申し訳ありません。




