82.頂を遮る者
気がつけば、先ほどまでの激しい揺れは収まっていた。
視界は相変わらず闇に覆われていたので、蓋を開けてみようと試みる。
パキパキ……バ、キッ。
すると、意外にも簡単に開いてくれた。
散らばる氷の粒とともに顔を出すと、薄暗い空と雪が見えた。どうやら宝箱は倒れていたらしい。
見れば箱は下の部分以外は氷に包まれていた。周囲を見渡すと、ここは広場の入り口付近のようだった。あれ、あまり吹っ飛んでいないような?
不思議に思いながら細かく辺りを確認してみると、地面に落ちた氷の粒が道のように作られていた。けどそれは、蓋の密着部分についていたものじゃない。下側に付着していたものだろう。
多分……雪崩の威力に耐えられず、雪の弾丸によって地面に貼りついていた氷が砕けたのかな? だからあまり吹っ飛ばなかったのかな……。
それが正解かは分からないけど、とにかく助かったんだ。良しとしよう。
箱を出て回収し、雪崩によって盛り上がった大地を歩いていく。どうやらトラップはそこまでみたいで、暴風はまるで嘘だったかのように消え去っていた。
無事に広場を抜けた俺は、次の坂を登っていく。
最初の坂と比べると距離があって、明らかに何かトラップが待ち構えているように見えた。
警戒しながら足を踏み入れ、恐る恐る歩いていく。
「何が待っているんだろう……」
そう考えながら、坂を登り終えた。
結果を言うと、何も待っていませんでした。
う、うーん、プレイヤーの判断を鈍らせる作戦なのかな? 何にせよこのダンジョンの立案者は中々曲がった性格をしているなぁ……。
そういやダンジョンといえば、ここまでMOBの姿を全然見かけていないけど……もしかしてトラップだけで、敵は出現しないのかな?
ちょっと安心しながら、先の景色を見る。
そこはデジャヴを感じる規模の広場だった。ただ少し違うといえば地面が薄くなっていて、動きやすそうな場所だった。そしてもう一つ、
『……グフー……グフゥ……!』
何かいるよぉ。
それは先ほど転がってきた雪玉よりも巨大だった。
人型で猿のような顔をした獣……ゴリラかな?
青く硬そうな体毛を持ち、全身は屈強な筋肉で覆われている。何よりも長く太い腕が特徴的だった。
【コング・マウンテン】【Lv21】
うっ、レベルも高いな……。
前にもっと高いレベルのMOBと戦った記憶があるけど、今回はソロ……たった一人だ。それにここは誰の助けも入ってこれない場所。
つまり、俺だけでどうにかするしかない。
でも、広場は中々に巨大だ。軽いフットワークを取ることもできそうだし、外側を歩いていけばバレないんじゃないかな……? いざとなったら走って逃げることもできそうだし。
そう考え、一歩前に踏み出す。
――ボッ!
直後だった、広場を囲むようにして青い炎が出現したのは。それは天高くまで伸びて、やっと動きを止めた。
入り口付近にいたため、すぐ側から現れたんだけど……全然熱くない。むしろ冷たい、凄く冷たい。寒さは気温だけで十分なのに!
どちらにしろ触れたらダメージは免れないな……。
『ムゥッ!』
次に変化があったのは、広場中央。
ゴリラMOBが地を蹴って、こちらに向かってきたのだ。
も、もしかして……エリアに入ったら気づかれちゃうのか!?
『ォ、ヴッ!!』
唸り声を上げながら、MOBゴリラは長い両手を荒々しく振り回して攻撃を仕掛けてくる。
フック気味に飛んでくるため、俺はまず腰を屈めて回避『ドゥン!!』……頭上の空気が悲鳴を上げるほどの威力に心臓が跳ね上がるけど、俺は冷静にそのまま駆け出した。
向かう先は前方、ゴリラMOBの股下。
ズァッ! と、通過する際にブーメランで脛の部分を切り裂いていく。
叫び声が上がらないことから、HPを見なくてもダメージは理解できた。
そのまま足を動かし続け、距離を取ってから振り返る。
『ムゥ……』
心なしか不機嫌そうな表情で振り返るゴリラMOB。
その顔はすぐにブーメランで切り裂かれた。
冷静だった、本当に驚くほど冷静だった。
……だって負けられないから。
それはおじさんが追えなくなってしまうため、ということでもあるけど、一番は『帰郷の羽』。
つまり負けたら、戻ってしまうんだ……地獄に。
「負けちゃダメだ……負けちゃダメだ……」
戻ってきたブーメランを呟きながらキャッチし、次の手を考える。
再び真正面から突っ込んでくるゴリラMOB。ならもう一度同じように回避して攻撃すれば問題ない。
放ってのダメージは変化が目に見えるけど、少し前に戦ったホワイトウルフほど減少はしてくれなかった。でも、続けていけば確実に勝てる――
『――ヴオ、ォッ!』
先ほどとは違う唸り声。
見ればゴリラMOBがこちらに駆けながら、勢いよく腰を回し始めた。
空気を抉るような音を発しながら回転する敵は、自身の姿を竜巻のように変化させ突進してくる。
……明らかに巻き込まれたらアウトなものだった。
だから利き手を振り上げ、もう片方の手をゴリラMOBにむけた。そしてブーメランを放る!
――スキル《ブーメラン》Lv.10
――『リフレクト』
普通に飛んでいったブーメランだが、すぐに淡い光を放ち始め、円形に変わる。そのまま俺とゴリラMOBの間でピタリと静止した。
数秒後、ゴリラMOBはブーメランに突撃。何か痺れるような音が放たれた後、ぐるりとUターン。先ほどまで自分が立っていた位置に戻っていく。
間髪入れず俺は、敵がこちらに背を向けている間に駆け出した。
役目を終えて降下するブーメランを空中でキャッチし、新たなバーストを発動させる。
――スキル《ブーメラン》Lv.5
――『ウィンドエッジ』
鋭い風が背中を深く切り裂き、頭上のHPゲージが大きく減少していく。だが半分も削れることなく、動きは止まった。
やっぱりレベルに差があるな……。
けど、いつもと違って恐怖とかはなかった。それ以上の恐怖が待っているからかな。
さて……それはそれとして、もうしばらくバーストは使えない。これでまた回転攻撃が来たら防ぐ術がないわけで。
「――ん」
そこで俺はログが更新されていることに気づいた。
ええと……『バーストを取得しました』……!? な、ナイスタイミング!
こちらを振り返ろうとしているゴリラMOBが攻撃に移る前に、内容を確認する。えっとええと……。
『ォ、ゴァ!』
三たび、真正面から突っ込んでくるゴリラMOB。
対して俺も地を蹴った。迎え撃つような形で。
『ヴオ、ォッ!』
運悪く連続で竜巻に変わるゴリラMOB。
俺は対抗するように勢いよく頭から地面に突っ込み、雪の地面に片手(ブーメランを持った腕とは逆)をついてハンドスプリング。
着地すると同時に、振り下ろすようにしてブーメランを放り投げる!
ドォッ! と、空気を抉りながら前方に飛んでいったそれは、すぐに変化を表した。
全体が光り輝き、鋭利なくの字の先端が柔らかくなり、それは翼のように見えた。曲がりの部分は先が鋭く伸び、クチバシのようだった。
完全に『鳥』となったブーメランは真っ直ぐゴリラ竜巻MOBに向かっていく。
――スキル《ブーメラン》Lv.15
――『キラーバード』
そして、迷うことなく竜巻の中に入っていった。
……ズッ。
あれ、何か小さな音が放たれたような気が……?
そんな疑問を抱いていると、目の前の竜巻に変化があった。
急に威力が、弱まったのだ。
すぐに回転は止まり、青い体が元に戻る。見れば胸の辺りに赤いエフェクトが表示されていた。
理由は、鳥のクチバシが突き刺さっていたからだ。
『ガ……』
ゴリラMOBは掠れた声をこぼし、
地面を揺らしながら、その場に崩れ落ちた。
見ればまだ余力のあったHPが、空に変わっていた。
やがて大きなその姿を消滅させたことから、そこで自分が勝ったんだという事実に気づく。
「な、何で急に……?」
たじろぎながら、今使用したバーストの効果を詳しく確認してみる。
「えーと……『①通常より1.2倍のダメージを対象に与える。②5%で即死効果』……か」
つまり②の追加効果が発動したってわけなのか。
五パーセント……結構低いよね? カジノの件もあったし、最近ツイてるのかな?
――ボッ……。
考えていると、周囲の炎が消えていった。
良かった……勝てた……。
全ての罠が解かれ、やっと安堵できる。
な、なんか凄い疲労感。もうこれ以上のトラップは待ち構えていないよね……?
俺はまた、恐る恐る雪山を登っていく。




