78.欺いて、欺いて、欺く
HPが半分を切った。
どんなに力を込めても、痺れによって動けない。
隣の仮面の男もまた床に倒れ込み、震えながらも首を上げ、離れた位置に立つヨウさんを……恐らく睨みつけていた。
「まさか、効果が解けた瞬間に致命打を叩き込もう……となんて考えてはいないよね? 新人君」
あざ笑うように、ヨウさんは言う。
「どうやら君はハープの効果を理解しているようだ。……そう、広範囲に影響を与える素晴らしい能力を秘めているこの武器だが、効果時間が驚くほどに短いんだ。数分どころじゃない、何も手を加えていない状態なら十秒も保たないだろうね」
十秒……あれ? でも、十秒なんてとっくに過ぎて、
「その考えは、残念ながら外れさ」
ジャラジャラと複数の音。
理由はヨウさんが服の袖を捲ったから、露出された腕に巻かれていたアクセサリーが揺れ動いたからだった。よく見れば指にも首にも……至るところに煌びやかなものが飾られていた。
「効果時間延長のアクセサリーだよ」
どこか楽しそうに、ヨウさんは告げてくる。
「もちろん衣服や武器にも同様な効果がついている。相手に何もさせず完封するためにね。残念だけど、僕の能力にかかった時点で君たちの敗北は決まっているんだ。諦めるんだね、新人君」
「……くそっ!」
仮面の裏から悔しそうな声がこぼれる。
ぐぅ、何もできないのか……? 本当にこのまま、HPがゼロになるのを眺めているしかないのか……?
「さて、新人君の行いの報告は後にするとして、ウサギさんをどうやって独り占めに……」
言いながら、くるりと振り返るヨウさん。
俺がこれから向かうことになるだろう、最初にこの場所を訪れた部屋を見るようにして、
そこで、隣から音が放たれた。
見ると横……だけでなく、前方にも変化があった。
まず横、身動きが取れないはずの仮面の男が立っていて、床に落ちたスティックを構えていた。
そして前、余裕そうに振り向いていたヨウさんの体が宙に浮かび上がっていた。理由は今まで彼が立っていた場所、そこから細長い長方形の物体が飛び出していた。それは長く、高い位置にある天井まで届きそうなくらいだった。
つまりヨウさんは、物体によって貫かれていた。
ぶら下がるようにして、力なく項垂れている。
「――『ウォールランス』」
ぽつりと、仮面の男が呟いた。
もしかして、今のバーストの名前なのかな?
いや、それよりも……、
「どうして……動けているんですか?」
「君こそ、いつまで寝転がっているんだい?」
そう返されて、俺は自分のHPを見る。
黄色に変わったゲージの下には、雷やドクロのマークが……なかった。
まるで最初からそこになかったかのように、綺麗さっぱり消え去っていた。
「あ、あれっ? 動けるっ? 立てるっ!」
言葉通りに俺は、立ち上がることができた。
「スティックのバースト、さ」
そう説明してくれる仮面の男の右手にスティック。
加えて、左手にもスティックが握られていた。
「ふ、二つある!」
「事前に二つ出現させておいたんだ。……一つは気づかれないようにタイミングをズラしてね。スティックのバーストはどちらかといえば守りに優れているから、相手に好き放題攻めさせ隙が見えたところにズドン、という作戦でいこうと思ったんだが……見事に外れたね。結果オーライだったけど」
なるほど、もう片方は攻撃用として隠しておいたのか。
……いや待てよ? それだと状態異常が治った理由とは結びつかないけど……。
「それもスティックのバーストだよ」
そう言い、隠し持っていた方の武器をくるりと回してみせた。
スティック……あまり強そうに見えないけど、多彩な能力を持っているんだなぁ。
それはそれとして、ちゃんとお礼を言わないと。
「ありが」
そこで俺の声は遮断された。
なぜなら、突如として出現したひし形で透明な水晶に閉じ込められたからだ。
この現象には見覚えがあった。あれはとある森の中でのこと、外敵から守るためにと使用されたバーストだ。
確かスティックのバーストだったはずだ。ということは仮面さんが俺に使ってくれたわけで……、
「!」
そこで俺は、再び仮面の男が倒れていることに気がついた。
頭上のHPゲージには雷のマークが刻まれ、点滅を繰り返している。
「……いやあ、やられたよ」
離れた位置からの声。
それはヨウさんのものだった。片腹を抑えた彼は空いた手でハープを持っていた。
HPはレッドゾーン手前まで減少しており、腹部のダメージエフェクトは酷く、手のひらでは収まりきらないくらい上体を真っ赤に染め上げていた。
恐らく、肌を裂いて強引に脱出したんだろう。
「完全に今のは僕の油断だった。武器の効果に力を入れている僕の装備は脆い。新人君のスティックのスキルがもう少し高ければやられていただろうね」
……だが、と。傷から手を退けてハープを構える。
「運は僕に味方をしたようだ。いや、君の非力さのおかげかな? どちらにせよ、これでもう僕の勝利は揺るがない」
言い終えると、ヨウさんはハープに触れた。
目を閉じ、心を込めるようにして重苦しい音を奏でた。
仮面の男にドクロのマークが追加される。俺は守られているためか、効果は受けなかった。
「さて……」
ヨウさんがこちらに顔を向けた。
構えたままのハープの弦に指を触れさせて、
「まずはその触れ合いを妨げる悪意しかない盾を壊してあげよう。『破壊のメロディ』によってね」
すぐに、演奏は始まった。
先ほどとは違って力強い音が空間に放たれ、水晶にダメージを与えていく。やがてピシピシとヒビが入り始めた。このままだと全体まで行き渡り、粉々に砕けてしまうだろう。
「――ぐあッ!?」
ヨウさんのHPが、ゼロになる頃ぐらいに。
彼が叫び声を上げたのは、後方からによる一撃だった。
俺が少し前に放った、刃のブーメランによって。
ついさっき目を瞑ってくれた際に、俺はブーメランを放り投げた。体を覆う水晶は『内側からの攻撃がすり抜ける』という仕組みを知っていたから。
演奏によって音は遮られ、放った際にも背中から迫りくるブーメランにもヨウさんは気づかなかった。
「本当に……勉強になるな」
だが、HPは完全に削り切ることができなかった。
「……これからはどんな時にも油断しないと心に誓おう。ありがとう、そしてさよならだ!」
ヨウさんはそう言い放つと、三たびハープを、
「!?」
構えようとして、目を見開いた。
理由は、ハープが床に落ちていたからだ。転がっていったかのように、少し離れた位置に。
そしてもう一つ。
「腕が……消えている!?」
そう消えていた――正しくは千切れていた。赤いエフェクトが切り口を染め上げているのが証拠だ。
つまりブーメランが、切り裂いた。
今まで叩きつけるタイプのものと違い、今俺が使用しているのは『切り裂く』タイプ。
キャッチする時に下手すれば自分もダメージを受けることがある諸刃な部分もあるけど、強力だ。
そして部位破壊は、驚愕という隙を生みやすい。
「――ぁ」
だからヨウさんは気づくのに一歩遅れた。
俺が体を回転し終える、その瞬間を。
――スキル《ブーメラン》Lv.5『バースト』
――『ウィンドエッジ』
風に巻き込まれたヨウさんは、そのまま壁まで連れていかれ、激突。
俺を覆う水晶が割れると同時に、その姿を消滅させた。




