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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第四章】白ウサギと愛の楽園と気ままな旅とその裏で
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77.仮面の男

 荒々しい足音や怒号が絶え間なく響き渡ってから、どれくらいの時間が経過しただろうか。


 今では騒ぎは大人しくなり、上や下の階では微かに足音が聞こえるものの、俺がいる二階のフロアは静かだった。


 そろそろ行動に移ろうか……。



「――ここは!?」



 ドガァ! と前方の扉が力強く開け放たれた。


 現れた筋肉オカマはキョロキョロと部屋中を見回して、


「いないか……」


 すぐに、この場から離れていった。


「ふぅ……」


 だから俺は、やっと『そこから』顔を出せた。



【空の宝箱】ランク:F

効果

ーー



 俺は今、過去にとあるダンジョンで入手した宝箱の中に身を潜めている。


 理由は、ここが宝物庫のような場所だったからだ。


 金塊や輝いたコインが床一枚に広がったこの場所には、周囲に家具として宝箱が配置されている。


 気づかれなかったのは、それに紛れていたからだ。


 ふふん、我ながらナイス判断!


「――なるほど、面白い発想をしているな」


 調子に乗った罰が下ったのは、直後だった。


 声の方向は、開かれたままの前方の扉。


 気がつかなかったけど、そこにはプレイヤーの姿があった。


 黒いコートで全身を包み込んでおり、特徴としては顔を覆う不気味なお面と七三分けの髪。声から男性……いや、少年だろう。


「イレギュラー……侵入者よ、貴様はここがハートフルパラダイスと知っての行いか? だとすれば貴様には相応の罰を受けてもらう。『あの方』の作り上げた神聖なるこの地を汚した報いを」

「あ、あのっ、ごめんなさい! 違うんです俺は……むぎゅ!」


 慌てて真実を告げようとして、俺は前に倒れた。


 た、宝箱の中にいたことを忘れてた……。


「今さら謝罪など聞く耳を持たん」


 言いながら、仮面の男はこちらに歩み寄ってくる。


 そしてうつ伏せに倒れた俺の前でしゃがみ込み、


「恨むなら、己の行動の軽率さを恨むんだな」

「だから本当に違うんです!」


 バッ、と。顔を勢いよく上げる俺。


 互いの顔が触れ合うくらいに近づいた。


「俺は自分の力でここに来たわけじゃなくて……」

「ふん、見苦しい言い訳だ。今さら――ッッ!?」


 そこで仮面の男は、予想外の反応を取った。


 俺の顔を直視すると硬直し、すぐに動いたと思えばダイナミックにバク転を数回。廊下までたどり着き、壁に激突して崩れ落ちる。


 真面目な人に見えたけど、どうやらこの人もこのギルドのメンバーで間違いないみたいだ。


 とりあえず宝箱を回収して、彼の安否を確認しよう。


「あ、あの〜……大丈夫、ですか?」


 恐る恐るそう尋ねると、仮面の男はすぐに立ち上がった。


 服についた埃を落とすような動作を見せた後、彼は口を開いた。


「ああ、すまない。何も問題ないよ」


 ……あれ? 何だか口調が柔らかくなったような。


「さて。つまり君は間違いでこの場所に来てしまった、というわけか」

「えっ? ……は、はい。そうなんです……けど」


 さっきまで俺の言葉を信じてくれなかったのに。


 一体どうしたんだろう?


「それなら僕について来てくれ。ここから脱出できる場所に案内しよう」

「ほ、本当ですか!? でも……何で急に?」

「…………」


 俺の問いに、仮面の男は何も答えなかった。

 ただジッとこちらを見つめてくる。


 な、何だろう……不思議と寒気がしてきたような。


「……あ、あの?」

「何となく、さ。さあ行こう」


 仮面の男はそう答えると、廊下を進み始めた。


 ……彼を信じていいのか?


 という疑念は、どこにもなかった。


 それはどうして? と尋ねられたら上手く答えられないけど、不思議と安心感があったのだ。


 そのまま俺は彼の背中を追って一階に下り、見えてきた玄関口に背を向けて、階段の下に設けられていた大扉の中に入っていく。そしてまた、その先にあった廊下をゆっくり歩いていく。


「ッ、隠れて」


 たまにギルドメンバーが向かい側からやって来て、俺は仮面の男のコートに身を隠すことになるんだけど、


「ほぅふ……ぉっ、ふ……」


 その際に、髪に荒い鼻息がかかってきて……この人を信じていいのか心配になってくる。


 でも、不思議と懐かしい気持ちが込み上げてくるのは何でだろう? 俺、可笑しくなってきたのかな。


 自分自信に不安を抱きながら、先に進んでいく。


 やがてたどり着いたのは、広い空間だった。


 今までのオシャレな印象は消え去り、特に飾りつけもないガレージだった。


 大小疎らな船が水の上に置かれていて、すぐにでも開け放たれたシャッターの先にある大海原に向かうことが可能になっている。


「君は迷い込む前、どこにいたんだい?」

「えと……そう、娯楽都市『ラクリャン』です」

「それは良かった。僕の船はちょうどその街で登録をしていたからね」


 仮面の男はそう言うと、中でも小さな船を指差した。……何だか形からモーターボートみたいだけど、登録ってことは帰郷の羽みたいに自動で移動をしてくれるのかな。


「それじゃ早速――」


「――そう簡単にいくと思うのかい?」


 美声が、空間に響く。


 反射的に振り返った俺たちの目に入ったのは、声に等しく美しい少年だった。


「……ヨウ・ジョスキー……!」


 悔しそうな声が、仮面の裏から放たれる。


 今まで頼もしかったこの人が初めて見せる狼狽えに、こっちまで不安な気持ちになってくる。


「やあ新入り君。……いや裏切り者かな?」

「規則を破ろうとしたあなたには言われたくない」

「そっちだって今まさに実行中じゃないか。侵入者を調教もせず健康体で逃すような真似……ハートフルパラダイスの一員として恥ずべき行為だよ」


 恥ずべき行為ってなんだっけ。


 そう悩んでいると、仮面の男が口を開いた。


「必ず手を出さなければいけないのか? ヨウ・ジョスキー、君も彼の魅力に惹かれているんだろう? そんな人物を傷つけて心が痛まないのか?」

「一理ある。だが傷ついた姿も見てみたい!」


 ど、堂々と言った! 男らしい……!


 内容は最低だけど。


「どうやらあなたとは意見が合わないらしい。悪いが、僕はこの子をここから逃がすよ」

「そうか、それは残念だ」


 はぁ、とため息をつくヨウさん。


 彼はうつむいたまま指を伸ばし、空中に絵を描く。



 ――サバイバルモードが起動しました。



 直後、ログが更新された。

 サバイバル……? 何だろうこれ、初めて見た。


「……『セーフモード』がOFFになったんだ」

「セーフモード?」

「都市などに設けられている、プレイヤーがダメージを受けない、というシステムのことさ。ギルドハウスにも同じものが搭載されているんだが……ギルドマスターや管理を任されているサブリーダーの力があれば、外すことができるんだ」


 つまり……ヨウさんはこのギルドで偉い位置にあるってことで、中でも相当な実力者ってことだよね。


 今この場所は、フィールドのようなもの。ということは、ヨウさんはこれから……。


「先ほどレーズンに連絡を取ったところ、君は彼女の帰郷の羽でここにやって来たわけだ。なら答えは簡単だ。……君のHPをゼロにすれば良い。そうすれば強制的に部屋に戻されるわけだからね」


 シュンっ、と。ヨウさんの側の空間が歪む。


 それは物体に変わり、揺れながら形を整えていく。


 完成したものは、真っ白のハープだった。


「楽器……?」

「見たことはあるが、まさか武器として使うプレイヤーがいるとは……」


 仮面の男も意外だという反応を見せた。けど、狼狽えながらも対抗するように武器を出現させる。


 形を作ったのは、小さい杖……スティックだった。


 だが、それは彼の手のひらに乗ることはなく、カランと乾いた音を立てて床に落ちた。


 理由は、仮面の男もまた床に倒れこんだからだ。


「うぐっ!?」


 そしてそれは、俺もだった。


 急に体全体に痺れが走り、立てなくなったからだ。


 見ればHPゲージの下に雷のマークが出現し、激しく点滅を繰り返している。


「麻痺、か……」


 悔しそうに隣の仮面の男が呻き声を上げた。


「悪いね。僕の場合、先に武器を取り出したもの勝ちなんだ。新人君にまだ情報を知らせていなくて正解だったよ」


 楽しそうに言うヨウさんは、ハープの弦に触れる。

 指先が動くと何やら重苦しい音が奏でられ、


「「…………ッ!!」」


 雷のマークの隣に、ドクロのマークが表示された。


 同時にHPが減少を始め……毒か!


「それじゃあね、ゆっくり休むといい」


 苦しむ俺たちに、ヨウさんはニコリと微笑んだ。


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