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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第四章】白ウサギと愛の楽園と気ままな旅とその裏で
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76.白ウサギと愛の楽園

 ウィン、と。開いた自動ドアを抜ける。


「……ん、ぐぅ……」


 クーラが効いてた店内との温度差に、思わず顔を歪ませてしまう。


 だって暑かった。八月ど真ん中だもの。


 もうそろそろ夏休みが終わってしまうという悲しさよりも早く涼しい秋になって欲しいという思いが勝る日々。


 先ほどコンビニで買ったアイスを口に、陽炎で揺らめく道を進んでいく。冷たい暑い美味しい!



 ――ザバーン!



 急に水飛沫が跳ね上がったような音が耳に届いた。

 気がつけば、すぐ側に小学校があった。


 きゃいきゃいとはしゃぎ声が聞こえることから、プールを利用しているんだろうな。


 ……懐かしいな、俺もよく遊びに行ったっけ。


「ん?」


 昔を思い返している、そんな時だった。


 何か頭上で煌めいたのは。


 気になったので、上を向いてみる。


 そこには太い樹木が傘のように立っていた。俺が今歩いている通路は街路樹が設けられていて、地面を覆うように生えた葉が日差しを防いでくれている。


 だから結構涼しいんだけど……。


 という俺の考えは、一瞬にして変わった。


『涼しい』じゃなく『寒い』に。理由は簡単だ。



 ……木の上に、人が乗っていたからだ。



 髪は長く、美しい金色。


 その綺麗な印象を台無しにするかのようにサングラスとマスクを装着していて、こんな真夏にも関わらず、全身を緑色のコートで包み込んでいる。


 恐らく男であろうその人物は、カシャカシャと構えたカメラのシャッターを絶え間なく切っていた。


 え、えっと? これって……いけないんじゃ……?


「!」


 直後、俺は木の上の不審者と目が合った。


 あ、ヤバい。


 そう思った時にはもう、男は俺の前に落ちてきた。


「ひぃッ!?」


 叫び、硬直するしかなかった。


 ここはゲームの世界じゃない。俺はただの小さくて非力な高校生だ。何もできない。


「ふ〜〜む」


 不審者はこちらをジッと見下ろしながら、次第に顔をこちらに寄せてきて、


「君は……男の子、かな?」


 不思議と美しい声で、そう尋ねてきた。


「え? い、いやちが、わないです……」


 最近、性別が即答できなくなってきた自分がいる。


「そうか……女子中学生だったらなぁ」


 ふうぅ……、と。マスクの中で悲しそうなため息をつく不審者。


 ……もし女子だったらどうなってたんだろう。それに本来は高校生だけど、うん。余計なことは言わないでおこう。危ない人には関わっちゃダメだ。


「失礼します」

「ああ、じゃあね」


 俺は大きく手を振ってくる不審者からすぐに目を離すと、早い足取りでこの場から去っていく。


 少し離れてから振り返ると、再び木の上に不審者は登ろうとして……あ、警察の人が来た。何だろう、何か話し合って……あ、不審者の人が逃げた。


 すぐに角を曲がったので見えなくなったけど、叫び声や怒号が聞こえてくる。……うーん、やっぱり危ない人だったんだなぁ。


 そう考えながら俺はアイスを咥え、歩き出す。


 ……なんかクセの強い人に出会ってばかりだからか、ビックリしたけど足腰は震えてない。冷静に対処できたし、【セカンド・ワールド】のおかげだ。


 おかげ、なのかな……?





 帰宅後、一通り家事を終えた後にログイン。


 人のコインスっちゃった事件があってから数時間経ったけど、街の騒ぎは収まったかな……。


 そんなことを考えながら、目を開く。


 まず視界に入ったのは、青空……ではなく天井。


 続いて背中に柔らかい感触。


 どうやら俺は今、寝転がっているらしい。


 起き上がってみると、そこは『部屋』だった。


 一般人の俺には考えられないくらいに広く、まるで王宮に見られるような一室であるこの場所は、壁、床、家具と全体がポップで構成されていた。


 俺が腰かけているベッドもよく見れば、羊の形をしていて可愛らしかった。


 ……それにしても、ここはどこだろう?


 考えてみれば、ここはリスタート地点。それもこんなプライベートの塊みたいな場所となれば……。


 もしかしたら……さっきの女の子の家、なのかな。


 プレイヤーは土地を買えば家を建てられる、という情報を見たことがあるし、可能性は高いと思う。


「それにしても……」


 肝心な恩人の姿が見当たらない。

 ちゃんとお礼をしたいんだけど……。


「あ」


 そんなことを思っている時だった。


 少し離れた位置に、扉を見つけたのは。


 勝手に動いて回るのは失礼かもだけど……いつ戻ってくるか分からない。もしかしたら部屋の外にいるかもしれないし。


 そう決め、俺は部屋の扉を出た。


 足を踏み入れた先は、廊下だった。……それも広く長い。室内だけじゃなく通路も立派に見えた。


 凄いな……どれだけお金かかったんだろう。


 開け放たれた窓の外を見ると、鮮やかな香りが鼻に届いた。そこには綺麗な花畑が広がっていた。


 色彩豊かで美しく、手入れをしている人の美しさが表されているようで、


「ああ……花と並ぶアタシも美しい……!」


 花畑の側に半裸のオカマがいた。


 屈強な筋肉で覆われたその人物からは微塵の美しさも感じ取ることが……いや、失礼だ。心だけは綺麗かもしれないじゃないか!


「あ、あのー!」


 それはそれとして、この場所について聞いてみる。


「…………」


 けどオカマさんは手鏡に映る自分の姿に夢中で、俺の声など全く聞こえない様子だった。


 仕方ない、外に出てみるか。


 ……というか、似たような人を先日見たような?


 少し嫌な予感を覚えるが、頼みの綱は彼女? 彼? しかいない。


 とりあえず廊下を真っ直ぐに進み、やっと見えてきた角を曲がる。すると、エントランスにたどり着いた。


 入り口と向かい合うように階段が設けられていて、二階に繋がっている。何気なく見上げていると、上の階層の壁にアルファベットが刻まれているのが分かった。


「ええと……ハート、フル……パラダイス?」


 そう、ハートフルパラダイス。

 愛に満ちた楽園……ってことかな?



「――良い名前だろう?」


「ッ!?」


 背後から、美声。


 飛び上がって振り返ると、そこには容姿も美しい少年が立っていた。年齢は俺よりちょっと上くらい。


 バックの入り口から放たれる夕日によって、持ち前の金髪が宝石のように輝いていた。


「あ、あなたは?」

「おっと失礼、僕の名はヨウ・ジョスキー。このギルドのメンバーの一人さ」


 なるほど、ここはギルドハウスだったのか。


 それにしても名前が長い。海外の人みたいだ。


「こんにちは、俺はゼンです」

「そうか、ゼン……」


 そこまで言って、ヨウさんは俺を見つめてきた。


 黙って舐めるように確認してから、


「ゼンさん、だね。幼児のように可愛らしい名だ」

「ど、どうも……?」


 褒められてるのかな、それ。


 ……それよりも何でだろうな。彼とは初めて会った気がしない。でも会ったことないよね?


 これだけ記憶に残りそうな人、簡単に忘れるはずがないし……うん、きっと気のせいだ。


「どうか、したのかい?」

「い、いえ! 何でもないです! ……あ、そうだ。人を探しているんです。ピンク色の髪をした、こう……ツインテールの」

「ああ『レーズン』のことだね。なるほど、イレギュラーじゃなく彼女が君を連れてきたのか」


 さっきの子はレーズンって言うのか。


 前にも食べ物をプレイヤー名にしていた人がいたけど、結構多いのかな?


 さて。それはそれとして……、


「『イレギュラー』って何ですか?」

「ん? ああ、こっちの話さ。気にしないでくれ。それよりも、レーズンの居場所だよね? すぐに案内するよ」

「あ、ありがとうございます。助かります」

「ほら善は急げだ。早速行こう、駆け足で行こう」

「? 分かりました」


 腕を引かれ、階段を素早く上っていく。

 何だろう? 急に忙しなくなってきたような……。



「――いたわ! 『侵入者』よォ!」



 野太い声が下のフロアから響いた。


 見れば、先ほど見た半裸のオカマさんがこちらを見上げ、指差していた。


 続いて、荒々しい足音がエントランスを揺るがす。


 集まってきたプレイヤーは、同じく大柄で暑苦しい印象のあるオカマたちと、至って普通の女性だった。何だか不思議な組み合わせだなぁ。


「可愛い男の子のスメルがしたわ!」

「バカ言いなさい! 可愛い女の子の香りでしょ!」

「はぁはぁ……たまらないわぁ……!」


 意見が合意している。似た者同士だった。



 ギンッ!!



 直後、全員の視線が俺を捉えた。



「い、た、だ、き、ま、ぁ、ぁ、ァァァ――」


「待つんだ! みんな!」



 四足歩行になって獣のように飛び出そうとしたプレイヤーたちを、ヨウさんはよく通る声で止めた。


 ちなみに俺は絶句して硬直中です。


「何よ変態! 侵入者は何してもいいってルールだったでしょうが! みんなで仲良く愛しましょうって!」

「まさか独り占めする気!? まさに変態の思考ね!」

「落ち着け変態ども!」


 一喝。


 場に静寂が訪れるのは一瞬だった。もしかしてヨウさんは、このギルドで偉い位置にいる人なのかな。


 ……それにしても助かった。どうやら俺は今、このギルドに侵入したプレイヤーだと思われているらしい。ヨウさんの口から真実を伝えてもらえれば、



「――この子は、僕のものだ」


 えっ?



「こんな小さくて可愛い子を薄汚い貴様らの手に染められてたまるか! この子は僕の清らかな色で染め上げてやるんだ!」

「ぐぬっ、自分勝手なロリコンめ! アンタの方がよっぽどドス黒いわ!」

「ギルドの規則を破ろうというの!?」


 な、何だこの展開。


「……あ、あの。ヨウさん?」

「安心してくれていい。君は僕が守るからね」

「それはありがたいんですけど……俺、これからどこに連れていかれるんですか?」


 ちょっと気になるので、尋ねてみる。


 本当にレーズンさんの居場所に連れてってもらえるのか、心配になってきたからだ。


 ヨウさんはまず、ニコリと微笑み返してきて、


「僕の部屋」

「さよならっ!」


 腕を振りほどき、俺は二階の廊下を駆け抜ける。


「し、しまった! つい本音が! レーズンの居場所に向かわせようとホラ吹いて自分の部屋に招き入れ、自由を奪ってムフフする作戦が!」


 ご丁寧にどうも!


 俺は振り返ることなく廊下を真っ直ぐに進んでいく。


「ま、待つんだ!」

「「裏切り者を八つ裂きにしろォ!」」


 やがて後ろから激しい音が飛び交い始めたけど、気にせずに見えてきた角を曲がる。


 ……何でこんなことになったんだっけ?


 確か俺はカジノに遊びに行っただけのはずだったのに、何で恐ろしい変態たちから逃げることになったの? どこから可笑しくなったんだー!


 そう嘆きながら俺は、涙目で足を動かし続ける。


 この愛に満ちた楽園という、地獄の中で。


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