75.5.変態と猛獣
「……!?」
ベンチの下を覗き込んだプレイヤーは、体も脳も硬直させていた。
「…………」
……理由は、少女が潜んでいたからだ。
桃色のツインテールの可愛らしい――いや、特徴なんてどうでもいい。まずは状況を整理したかった。
何でこの少女はベンチの下にいるんだろう。
隠れているのか? 何か怖いことでもあったのか? いや怖いのはこっちだけど。声をかけた方がいいのか? よくないのか?
色々考えたが少女がベンチの下にいる理由は分からなかった。だが、自分が取るべき行動は分かる。
「ん? 何だよ固まって……何かいたのか?」
駆けつけてきた仲間に、ニコリと微笑んで、
「いや、何もいなかったよ」
見なかったことにする。
そう、自分は何も見なかった。何も。
何事もなかったかのように、この場から離れていく。
▽
「……んぇぇ〜」
表情を歪め、舌を突き出す少女。
「何で男なんかと見つめ合わなきゃいけないのよぉ……。うぅっ、思い出しただけで……寒気で風邪引いちゃいそう……ああ、もう一度あの子みたいな癒しをこの目に焼きつけたい……あの……小さくて、柔らかそうな『お尻』を……」
すとん、と。頭上から軽い音。
反射的に上を見た少女の口から、フォオオ! と、興奮の息が荒く吐き出された。
彼女の視界の先……座面に隙間が設けられたベンチには、ハッキリとあるプレイヤーの臀部が映し出されている。
「……百二十満点……!」
「はは、それは嬉しいね」
「!」
上から聞こえてきた感想に、少女は勢いよくベンチの下から飛び出した。
それは自分の存在がバレてしまったから……違う、その声に聞き覚えがあったからだ。そして、危機を感じたからだ。
ツインテールを激しく揺らしながら立ち上がった少女の前には、鬣のような銀髪ことレオの姿があった。
「こんにちは、君は……レーズン、だったよね」
「……へぇ、下っ端の名前も覚えてんのね」
そう返し、少女レーズンは笑う。……苦笑いで。
いくら『三度の飯よりも美女の尻が好き』の彼女でも、レオから魅力を感じ取ることはできなかった。
それよりも勝る感情があったからだ。
「まぁね、強いプレイヤーは記憶しているから。それとこれから成長するだろうプレイヤー、化ける見込みがあるプレイヤーも全てチェックしているよ」
「う、うわぁ……」
「ん? 私、何か変なことを言ったかな」
怪訝な顔を作るレーズンの意味を、レオは理解できなかった。
「べ、別に。それで? ここに何しに来たの?」
「はは、さっきも同じような質問を受けたね。同じ言葉で返そう。……遊びに来たんだよ」
「ふーん……」
「ついでとして人探しをしていてね。ある大男を」
「うちのオカマで間に合ってます」
「……まぁ、君は異性に興味はないか。それじゃもう一つ、可愛いウサギのような女の子がここに」
「えっ! どこっ!? どこどこォッ!?!?」
「……来ているかどうか聞きたかったんだけどね」
レオは呆れたように肩をすくめると、レーズンに背を向けた。
「他を当たるよ。それじゃあね」
軽く手を振りながら、この場を去っていった。
完全に姿が消えてから、レーズンは瞳に映したハートマークを消滅させる。
最後に口元の唾液を拭って、
「……まさか、あの人も狙ってるなんてね」
そう呟くレーズンの表情は、真剣そのものだった。
「正直、実力とかは全然感じなかったけど……か弱いっていうか、そう守ってあげたくなるのよね!」
じゅるり、と再び唾液をこぼして、
「あの子のお尻は……あたしが守る……!」
うへへ、とレーズンはニヤニヤ笑みを浮かべて、
再びベンチの下に帰っていった。




