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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第三章】白ウサギと水の都
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62.5.嵐の中で④

 流されて、いく。


 対抗しなければ、と思うが地に足はなく、踏ん張ることができない。スキルを発動させようとも考えてみたが、流れが強過ぎて身動きが取れない。


 HPゲージがゴリゴリと削られていくが、ゲイタはどうすることもできなかった。


 ――コス、プレ。


 ごぼ、と彼の口から空気がこぼれ出す。


 ――彼のうつ、くしい姿が、見た、かった……。


 思いとは裏腹に、街から離れていく。


 遠く、さらに遠くへと。


 ……だが、不意にゲイタの動きが止まった。


 ついに、嵐が止んだのだ。


 しかしその事実を、ゲイタは知る由もない。朦朧とした意識の中では、体がゆっくりと浮かび上がっていることにすら、気付いてはいないだろう。


 やがて、ゲイタは水面に顔を出した。


 降り注ぐ眩しい日差しのお陰で、消えかかった意識を取り戻すことができた。


 だが、HPゲージの減少は止まらなかった。激しい水圧によって体に赤いエフェクトが刻まれてしまっていたのだ。このままでは時間の問題だろう。



 ――バシャバシャ。



 そんなゲイタの耳に、水の跳ねる音が入った。


 光を取り戻しつつあった彼の視界に映ったのは、水面に浮かんだバックパック。そしてそれをビート板のようにして扱い泳ぐ、銀髪の美少女。


 しかしそれは、サユリではなかった。


「…………ぁ」


 掠れた声が、ゲイタの口からこぼれ出す。


 そう、そこには……そこに、いたのは……!


「うぅ〜、びちょびちょだよ……」


 なぜか周囲に散らばっている木の残骸の一つの上に乗った美少女は、ぶるぶるっ、とまるで小動物のように上体を振るって水を払った。


 だが、それだけでは不快感を抑えられなかったらしい。急いでウィンドウを表示させ、操作を始める。


「……ええっ、こんなに送り付けてきたの!?」


 一人で大きなリアクションを取る美少女。


 彼女は、うー、としばらく悩んだ素振りを見せた後、キョロキョロと辺りを見渡し始めた。


 最後に「仕方ない……」とため息をつくと、ウィンドウをタップ。


 すると、その華奢な体が光に包まれて、


「ッ!!」


 濡れた衣服が、薄いチャイナ服に変化した。


 ご丁寧にも髪の両側が纏められ、お団子が作られている。


「う〜……スースーするぅ」


 裾を抑えながら、慌ててアイテムポーチの操作に戻る美少女。


 またも全身が輝き出して、


 今度は髪の色とは対照的な、漆黒のドレスに変わった。頭には小さなシルクハットが傾いて置かれていた。これは世間一般でいう……ゴスロリ、というものだと思われる。


「う、うーん……ちょっと派手だなぁ……」


 三度光りだす美少女。


 そして、三度目の正直。


「…………」


 黙り込む美少女の姿は、学生服だった。


 黒のブレザーに、丈が太ももの高さと短いスカート。同じく黒いニーソックスにローファーと、作成者の熱いこだわりが感じられる格好だった。


 彼女は、反射的にバッとスカートを押さえて、


「……まぁ、さっきのよりは……」


 恐る恐る、手を離した。


 そのまましばらく停止して、またもチラチラと周囲を忙しく見渡し始める。


 やがて、ホッと胸をなで下ろした後、


 ボンっ! と、手鏡を出現させた。


「こんな物まで……後でお礼しなきゃ、かなぁ」


 少し複雑そうな表情を顔に浮かべた美少女は、手鏡をジッと見つめ、何気なく髪を整える。


 次に自分から距離を離して衣装を見つめなおして、


「……結構似合ってる……かな……」


 呟きながら、今日何度目かの周囲確認。


 そして何かを決意したかのように、鏡を見つめて、



「い、イェーイ……な、なんちゃって……」



 それらしいポーズを取り、自分自身にウィンクをしてみせた。


 ザボォン!!


「えっ! な、何!? だ、誰かいるんですか!?」


 顔を真っ赤にしながら辺りを見渡す美少女。


 だが、彼女の視界に映るものは木片と海だけ。


「……?」


 美少女はしばらく警戒を取っていたが、やがて気のせいだと判断したようで、体の力を抜いた。


 ……真下に、人が沈んでいることなど知らずに。


(十分、十分だ……)


 水の中に沈んでいくゲイタ。


 だが表情に苦しさはなかった。むしろ逆、それはそれは満足そうな顔だった。


(これで……心置きなく、逝ける……)


 ゲイタは沈んでいく。


 真っ黒な深海へ、静かに、ゆっくりと。


 やがて、闇の中で小さく淡いが放たれた。


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