70.キャプテンゾンビ
シェリーさんに作ってもらったガラスの橋を渡り、ボロボロの海賊船に侵入する。
道が狭かったため、俺はカズさんに肩車をしてもらってここまでやって来た。自分で歩くと言ったんだけど……何だか気に入られてしまったようで。
「へぇ〜、雰囲気あるじゃん」
足を踏み入れると、ホラー感はさらに強まった。
さっきまで広さに高揚していたけど、今は真逆だ。不安しか浮かんでこない。
木の床に下ろしてもらうと、軋んだ音が放たれた。激しく動いたら崩れてしまいそうだ……。
「お」
そう考えていると、カズさんが動きを止めた。
彼の視線を追ってみる。
先には古びた景色の中で異彩を放つ、煌びやかな玉座があった。そして何者かがそこに座っている。
横に長い黒の帽子を被っており、赤とこれまた黒のマントを羽織った、恐らく男性であろう人物。
なぜ性別が曖昧なのか? それは簡単だ。
【キャプテンゾンビ】【Lv20】
その者に皮膚はなく、骨身だったからだ。
けど太く、頑丈そうに見える。そんな敵は俺たちには目を向けず、床に突き立てたサーベルをジッと見つめていた。
「かっけえな」
その様子に、ニヤリと笑うカズさん。
改めて槍を物体化させ、敵の元に向かっていく。
ズ……!
その途中で、眼前のサーベルに動きがあった。
ゆっくりと引き抜かれ、その補足鋭利な刀身を露わにさせていく。
そのまま横薙ぎに振るわれ、鋭い風切り音に思わずピクリと体が震えてしまう。
――強敵。
それ以外に、言葉は浮かばなかった。
「良いねえ良いねえ、ビリビリ来るぜ」
カズさんが構えを取る。同時に敵も立ち上がった。
お互いに睨み合い、ゆっくり距離を詰めていく。
そして、
ドッ! と、同時に地を蹴った。
直前の動きが嘘のように、真っ直ぐ跳んでいく。
轟音が放たれたのは、すぐ後のことだった。
激突する二つの武器。巻き起こる衝撃波。
「ほぁ」
踏ん張りがきかず、ひっくり返る俺。
……なんか今日、倒れてばっかりだな。
『ガァ、あ、ああ……』
「うわぁッ!?」
ひょっこりと溶けた顔が覗き込んできたので、飛び上がるしかなかった。
周りを見れば、同じ顔がいくつもあった。多くは船の手すりにぶら下がっていて……つまり、海の中でから這い上がってきたらしい。
「ゼン! そいつらの相手、任せたぜ!」
「こ、こんなにたくさんと!?」
尋ねながら顔を向けると、カズさんは敵と激しい攻防を繰り広げている最中だった。
力量に差がないためか、些細なミスで戦況が変わるような状況。……ここでクルーゾンビたちに襲われたら大ピンチだ。
「……よ、よーし……!」
こうなったら、やるしかないよね?
刃のブーメランを構え、ゾンビの群れと対峙する。
でも動きはゆっくりなので、
『ぶ、ガァッ!?』
ブーメランを当てることは大して難しくなかった。
戻ってくる間に襲われる心配もないし、成長した今の武器とスキルレベルなら一撃でHPゲージを半分以上も削ることができる。
これなら敵の群れが固まるように誘導してから、
――『ウィンドブラスト』。
集まったゾンビたちが風に巻き込まれ、船の外に吹き飛びながら体を消滅させていく。
まるでボウリングのような光景だった。こう言うのはどうかと思うけど、少し気持ちが良かった。
……ふぅ、難なく倒すことができたな。
落ち着きを取り戻してカズさんを見ると、変わらず武器をぶつかり合わせていた。……それにしてもどちらにも言えることだけど、早い。俺があそこに飛び込んだら一瞬でゲームオーバーだろうなぁ。
「カズ〜」
そんなことを考えていると、後ろから声が。
見れば、空高くにシェリーさんの姿があった。
船を見下ろすくらいの高さにいる彼女は、自分で作り上げたガラスの椅子に腰掛けていた。
うーん……客船から真上に伸びる形に作成されているんだけど、支えが細長くて折れないか心配だ。
「もう十分に撮りました。トドメ刺していいですよー」
空から、軽くそう告げてくる。
……何だろう、言い方から手を抜いているような。
「うーい」
カズさんもまた、軽い返答だった。
直後。
ぶつかり合って放たれていた金属音が、爆音に変化した。
理由は、カズさんの一撃。
思い切り突き出された槍の先端がサーベルを砕き割り、キャプテンゾンビの胸を貫いたのだ。
驚くほどあっけなく消滅していくキャプテンゾンビ。……よく見ればカズさんのHPは変動していなかった。あれだけ近距離で戦っていたのに……。
今まで互角の攻防を繰り広げていた、という考えが大間違いだということを知らしめられた。
「うっし帰ろうぜ、ゼン」
事を終えたカズさんは、先ほどまでの楽しそうな顔が嘘だと言いたくなるくらい退屈そうな表情を作っていた。
「な、何だか楽しくなさそうですね」
「まあな、俺のレベルじゃここら辺の敵は瞬殺確定だし、全然戦った気がしねえもん」
「でも船に乗った時は楽しそうだったような……」
「ノリさ。敵さんはあんだけカッコいい登場をしてくれたんだぜ? こっちもそれらしく答えねえと」
そ、そういうものなのかな。
確かにシェリーさんの言う通り、情に――
ズ、ゥンッ!!
「わあッ!?」
叫びを上げ、今日何度目かの転倒を決める俺。
なぜかと言うと、船が大きく揺れたからだ。気のせいか何かヒビ割れるような音も、
ベギベギベギィッッ!!
……これだけ聞けば、見なくても分かる。
「崩れるぞッ!」
カズさんの声を始まりとして、俺は地を蹴った。
足取りが不安定になる前に脱出しようと、客船に向かって二人で必死に駆けていく。
その途中で、ピシリと小さな音が耳に入った。
「あっ……」
それは目の前に聳え立つ、椅子の足。
船の木片が飛んできたのか、そこにも亀裂が……。
「姫!」
助けに向かおうと、脚に力を込めるカズさん。
すぐに木片が割れる音よりも巨大な破裂音が響き、彼はロケットのように飛んでいく。
頂上まで辿り着くのは一瞬で、シェリーさんを抱きかかえると、椅子の上で静止した。どうやら良い位置まで倒れるのを待ってから客船に飛び降りるみたいだ。
「「!」」
こちらを振り向いた二人が、驚愕の表情を作る。
それはなぜか?
「いやぁ……」
先ほどカズさんが跳んだ際に生じた衝撃。
それによって船は崩壊を早め、俺はまたも転び、
「無事で良かった」
……つまり、沈没に巻き込まれたわけだ。




