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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第三章】白ウサギと水の都
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66.パスタを作りながら

「海賊船?」


 ここはゲームではなく、現実の世界。


 時刻は正午。


 俺は鍋の中のパスタを茹でながら、少し離れた位置に置かれたスマートフォン……テレビ電話機能で通話をしていた。


 画面に映っているのは、親友である海斗だ。


 レトルトのカレーを頬張りながら、質問に答えてくれる。


「ん、ぐ。ああ、定期便を利用してるとごく稀に現れるんだ。ウォーデルの先には今までと違ってフィールドやダンジョンが一切ねえから、船に乗ってるだけで次の都市に行ける。……その代わりと言っちゃなんだが、そういうイベントがあるらしいんだ」


 らしい、ってことは海斗は遭遇していないのか。


「一応レイドバトルみたいな形になるそうだ。倒せばレアなアイテムをドロップするみたいなんだが……狙って出会えるモンじゃないらしい。確率も10%を切ってるそうだ」


 なるほど、なら安心かもしれない。


 ……でも……、


「戦いが苦手な人が遭遇しちゃったら可哀想だよね。船が襲われるってことは逃げ場がないもん」

「あ、それは安心しろ。船室に引っ込んでれば、別のサーバーに移動できるそうなんだ。だからお前も運悪く出会っちまったら引っ込んでろ。弱虫」


 最後のいらなくない?


「――いや、そんなことはどうでもいい!」


 ドン!


 どうやら海斗がテーブルを思い切り叩いたらしい。


「え、えっ? 何? どうしたの!?」

「……俺は今……苦しんでいるんだ……!」


 確かに苦しそうな表情。


 カレーの消費期限が切れてたのかな。



「……ブログのランキングが上がらねえんだ……!」



「そか」

「な、何だそのどうでも良さそうな態度!?」


 い、いや正直どうでもいいかなって。


 そんな答えを待たずに、海斗は続ける。


「海でのイベントが終わってから……下がる下がるの一方で……今ではランキング百位以下……どうしてだ? 編集だって時間かけてこだわっているのに、更新だって毎日してるのに、何で上がらねえ……!」


 ここで、二度目のドン!


「だいたい可笑しいんだ! ランキングトップのやつは攻略系でも何でもない俺と同じゲームの日常系ブログなのに、編集は大してしてねえし文も全然書かれてねえ! ただ周りの風景と自分の写真を貼り付けているだけだ! それなのに、それなのに……!」


 何度も拳をテーブルに叩きつける海斗。


 あ、使ってたスプーン落ちたよ。


「ちくしょう、こんなんじゃ……!」


 海斗は、わなわなと体を震わせて、



「――ブログで稼いで、働かずに一生ゲームして過ごすっていう俺の夢が砕け散る!」



 もっと落ちてくれランキング。


「見ろ! これを!」


 そう願っていると、海斗が近くに置いてあったPCをこちらに見せつけてきた。


 画面の先にある画面には、ブログが映っていた。そのページには写真が貼り付けられていて、中に銀色の髪の少女が佇んでいた。


 犬みたいな耳の形を頭に宿したその人物は、それはそれは美しかった。


「……確かに、海斗のブログの方が綺麗かも」


 写真だけが連ねられて、他は疎かに見える。


「だろ!? これがトップとか頭おかしいって! なあ善、俺とこいつの違いって何だと思う!?」


 真剣な瞳で見つめてくる。


 だから俺も、真剣な表情で答えた。


「顔の作り」

「ちくしょォォ――ッッ!!」


 ブツっ、と通話は切れた。


 暗くなった画面を見つめているが、先ほどの人物の容姿がまだそこに映っているような気がした。それほどに魅力的で印象的だった。


 ……多分、あれがトップの理由なんだろうな。


 そう納得しながら、パスタを皿に移動させる。その上に、事前に準備していたベーコンを乗せて、


「――ふわぁ、良い匂いねぇ……」


 すると、背後から声が。


 見れば俺とそっくりな銀髪の女性の姿があった。


「あ、おはよ。母さん」


 そう、彼女は俺の実の母親だ。


「おっはよー……ってい!」

「わぉ」


 駆け寄ってきた母さんに抱きしめられた。


 ギュッと力強く、そして頬を擦り寄せてきて、


「っし、充電完了!」


 やがて離れた母さんの表情は、スッキリとしていた。


 今の今まで疲労のためか凄くやつれて見えたんだけど……それが錯覚だと思わせるくらいに。


「善、ごはんごはん!」

「はーい」


 俺は急いで準備を続けた。


 ……っと、もう一人忘れちゃいけない。


「あれ、父さんは?」

「ここだッ!」

「わぅ」


 二度目の、そして先ほどよりも力強い圧迫感。


「っしゃあ、充電完了!」


 デジャヴを感じる声とともに解放された。


 ふらふらとする視線の先には、こちらもまたスッキリとした顔の男性……父さんの姿があった。


 俺とは対照的な黒髪に、対照的な長身。唯一似ているところとしては、赤い瞳。……なぜそこなんだ、遺伝する場所は他にもあっただろうに!


「ちょっと! まだシャワーも浴びてないくせに何善を抱きしめてくれちゃってんの! 加齢臭が移ったらどうすんのよ! ばっちい!」


 鼻を押さえながら俺を抱き寄せる母さん。


「ま、まだ臭くねーし! ねーしっ! それにお前だって朝出かける時、香水キツいんだよ! 毎日あの中で過ごす善の気持ちになってみやがれ!」


 今度は父さんに抱き寄せられる。


「ちょっと返しなさい! わたしの善よ!」

「俺の善だっての!」


 二人のものじゃないの?


 ……いや、それよりも元気だなこの二人は。いつも朝早くに出勤して深夜に帰ってくるの繰り返しなのに。


 今日は仕事がひと段落して休みをもらっているけど……普通はこんなに暴れられないよね? というか、お願いだからゆっくり休んで欲しい。


「ごはんできたよー」

「「はーい」」


 俺の言葉に、一瞬にして席に着く二人。その動きはシンクロしていて、一切のズレもなかった。


 料理を机に並べながら、本当に仲が良いなとしみじみ思う。



『――というわけで、本日は【セカンド・ワールド】特集をお送りしたわけですが……』



 何気なくテレビをつけると、どうやら特番がやっていたらしい。……でもちょうど終わってしまったみたいだ。ちょっと見たかったな。


「ん? あれ善もやってるゲームだよな?」

「うん、楽しいよ」

「VRねぇ……最近のゲームは凄いなぁ」


『ではシェリーさん、感想を一言!』


 そう言い、司会は隣に腰かけていた女性を見た。


 相手は、銀髪で子犬のような耳をした――


「あれ?」


 それは何たる偶然か、ついさっき見た顔だった。


『はい。凄く楽しいゲームです』


 彼女の言葉に、莫大な拍手が巻き起こる。


 決して大したことは言っていないのに、彼女の美しい容姿から、不思議と感動を覚えてしまう。


 俺もまた、自然と拍手をしていた。


「……あれ? この子別の番組でも見たことあるな」


 そんな中、母さんの口が開いた。


「そうそう思い出した。『マイナーな職種』の人を集めた番組よ。確かあの子も出演していて……質問に『広告収入』とか答えてた気がするな」

「こーこくしゅ……?」


 う、うーん、聞いたことのないワードだ。


 悩んでいると、父さんが口を開いた。


「広告収入ってのは言葉通り、企業が媒体している広告をみんなに広める仕事だよ」

「広める……」

「ああ、インターネットを扱って……そう、『ブログ』とか今話題の動画サイトとか、人目が集まるものを利用してな。つまり人気があればあるほど稼げるって寸法さ」

「へえぇ……」


 なるほど、海斗もこれを目指していたわけか。


 ちゃんと働かなきゃダメだと思ったけど、聞けばちゃんとした仕事みたいだし、これなら応援しても、


「まぁ、あの子みたいに秀でた何かがないと、まず無理な仕事よね。普通の人間じゃ無理無理」

「それだけで食っていけるやつなんてごく一部さ」


 やっぱり止めよう、心配だ。


「ま、善なら億万長者間違いなしだけどね。……あーん、もうどうしてこんなに可愛いのかしらウチの子はー!」

「ホントになー! 天使って言葉は善のために作られた言葉だわ」

「あ、あはは。そんなにくっ付いたら暑いよ。それに早く食べないと料理が冷めちゃうよー」


 二人が素早く離れてから、俺は両手を合わせる。


「「「いただきます」」」


 料理は、我ながら美味しかった。


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