66.パスタを作りながら
「海賊船?」
ここはゲームではなく、現実の世界。
時刻は正午。
俺は鍋の中のパスタを茹でながら、少し離れた位置に置かれたスマートフォン……テレビ電話機能で通話をしていた。
画面に映っているのは、親友である海斗だ。
レトルトのカレーを頬張りながら、質問に答えてくれる。
「ん、ぐ。ああ、定期便を利用してるとごく稀に現れるんだ。ウォーデルの先には今までと違ってフィールドやダンジョンが一切ねえから、船に乗ってるだけで次の都市に行ける。……その代わりと言っちゃなんだが、そういうイベントがあるらしいんだ」
らしい、ってことは海斗は遭遇していないのか。
「一応レイドバトルみたいな形になるそうだ。倒せばレアなアイテムをドロップするみたいなんだが……狙って出会えるモンじゃないらしい。確率も10%を切ってるそうだ」
なるほど、なら安心かもしれない。
……でも……、
「戦いが苦手な人が遭遇しちゃったら可哀想だよね。船が襲われるってことは逃げ場がないもん」
「あ、それは安心しろ。船室に引っ込んでれば、別のサーバーに移動できるそうなんだ。だからお前も運悪く出会っちまったら引っ込んでろ。弱虫」
最後のいらなくない?
「――いや、そんなことはどうでもいい!」
ドン!
どうやら海斗がテーブルを思い切り叩いたらしい。
「え、えっ? 何? どうしたの!?」
「……俺は今……苦しんでいるんだ……!」
確かに苦しそうな表情。
カレーの消費期限が切れてたのかな。
「……ブログのランキングが上がらねえんだ……!」
「そか」
「な、何だそのどうでも良さそうな態度!?」
い、いや正直どうでもいいかなって。
そんな答えを待たずに、海斗は続ける。
「海でのイベントが終わってから……下がる下がるの一方で……今ではランキング百位以下……どうしてだ? 編集だって時間かけてこだわっているのに、更新だって毎日してるのに、何で上がらねえ……!」
ここで、二度目のドン!
「だいたい可笑しいんだ! ランキングトップのやつは攻略系でも何でもない俺と同じゲームの日常系ブログなのに、編集は大してしてねえし文も全然書かれてねえ! ただ周りの風景と自分の写真を貼り付けているだけだ! それなのに、それなのに……!」
何度も拳をテーブルに叩きつける海斗。
あ、使ってたスプーン落ちたよ。
「ちくしょう、こんなんじゃ……!」
海斗は、わなわなと体を震わせて、
「――ブログで稼いで、働かずに一生ゲームして過ごすっていう俺の夢が砕け散る!」
もっと落ちてくれランキング。
「見ろ! これを!」
そう願っていると、海斗が近くに置いてあったPCをこちらに見せつけてきた。
画面の先にある画面には、ブログが映っていた。そのページには写真が貼り付けられていて、中に銀色の髪の少女が佇んでいた。
犬みたいな耳の形を頭に宿したその人物は、それはそれは美しかった。
「……確かに、海斗のブログの方が綺麗かも」
写真だけが連ねられて、他は疎かに見える。
「だろ!? これがトップとか頭おかしいって! なあ善、俺とこいつの違いって何だと思う!?」
真剣な瞳で見つめてくる。
だから俺も、真剣な表情で答えた。
「顔の作り」
「ちくしょォォ――ッッ!!」
ブツっ、と通話は切れた。
暗くなった画面を見つめているが、先ほどの人物の容姿がまだそこに映っているような気がした。それほどに魅力的で印象的だった。
……多分、あれがトップの理由なんだろうな。
そう納得しながら、パスタを皿に移動させる。その上に、事前に準備していたベーコンを乗せて、
「――ふわぁ、良い匂いねぇ……」
すると、背後から声が。
見れば俺とそっくりな銀髪の女性の姿があった。
「あ、おはよ。母さん」
そう、彼女は俺の実の母親だ。
「おっはよー……ってい!」
「わぉ」
駆け寄ってきた母さんに抱きしめられた。
ギュッと力強く、そして頬を擦り寄せてきて、
「っし、充電完了!」
やがて離れた母さんの表情は、スッキリとしていた。
今の今まで疲労のためか凄くやつれて見えたんだけど……それが錯覚だと思わせるくらいに。
「善、ごはんごはん!」
「はーい」
俺は急いで準備を続けた。
……っと、もう一人忘れちゃいけない。
「あれ、父さんは?」
「ここだッ!」
「わぅ」
二度目の、そして先ほどよりも力強い圧迫感。
「っしゃあ、充電完了!」
デジャヴを感じる声とともに解放された。
ふらふらとする視線の先には、こちらもまたスッキリとした顔の男性……父さんの姿があった。
俺とは対照的な黒髪に、対照的な長身。唯一似ているところとしては、赤い瞳。……なぜそこなんだ、遺伝する場所は他にもあっただろうに!
「ちょっと! まだシャワーも浴びてないくせに何善を抱きしめてくれちゃってんの! 加齢臭が移ったらどうすんのよ! ばっちい!」
鼻を押さえながら俺を抱き寄せる母さん。
「ま、まだ臭くねーし! ねーしっ! それにお前だって朝出かける時、香水キツいんだよ! 毎日あの中で過ごす善の気持ちになってみやがれ!」
今度は父さんに抱き寄せられる。
「ちょっと返しなさい! わたしの善よ!」
「俺の善だっての!」
二人のものじゃないの?
……いや、それよりも元気だなこの二人は。いつも朝早くに出勤して深夜に帰ってくるの繰り返しなのに。
今日は仕事がひと段落して休みをもらっているけど……普通はこんなに暴れられないよね? というか、お願いだからゆっくり休んで欲しい。
「ごはんできたよー」
「「はーい」」
俺の言葉に、一瞬にして席に着く二人。その動きはシンクロしていて、一切のズレもなかった。
料理を机に並べながら、本当に仲が良いなとしみじみ思う。
『――というわけで、本日は【セカンド・ワールド】特集をお送りしたわけですが……』
何気なくテレビをつけると、どうやら特番がやっていたらしい。……でもちょうど終わってしまったみたいだ。ちょっと見たかったな。
「ん? あれ善もやってるゲームだよな?」
「うん、楽しいよ」
「VRねぇ……最近のゲームは凄いなぁ」
『ではシェリーさん、感想を一言!』
そう言い、司会は隣に腰かけていた女性を見た。
相手は、銀髪で子犬のような耳をした――
「あれ?」
それは何たる偶然か、ついさっき見た顔だった。
『はい。凄く楽しいゲームです』
彼女の言葉に、莫大な拍手が巻き起こる。
決して大したことは言っていないのに、彼女の美しい容姿から、不思議と感動を覚えてしまう。
俺もまた、自然と拍手をしていた。
「……あれ? この子別の番組でも見たことあるな」
そんな中、母さんの口が開いた。
「そうそう思い出した。『マイナーな職種』の人を集めた番組よ。確かあの子も出演していて……質問に『広告収入』とか答えてた気がするな」
「こーこくしゅ……?」
う、うーん、聞いたことのないワードだ。
悩んでいると、父さんが口を開いた。
「広告収入ってのは言葉通り、企業が媒体している広告をみんなに広める仕事だよ」
「広める……」
「ああ、インターネットを扱って……そう、『ブログ』とか今話題の動画サイトとか、人目が集まるものを利用してな。つまり人気があればあるほど稼げるって寸法さ」
「へえぇ……」
なるほど、海斗もこれを目指していたわけか。
ちゃんと働かなきゃダメだと思ったけど、聞けばちゃんとした仕事みたいだし、これなら応援しても、
「まぁ、あの子みたいに秀でた何かがないと、まず無理な仕事よね。普通の人間じゃ無理無理」
「それだけで食っていけるやつなんてごく一部さ」
やっぱり止めよう、心配だ。
「ま、善なら億万長者間違いなしだけどね。……あーん、もうどうしてこんなに可愛いのかしらウチの子はー!」
「ホントになー! 天使って言葉は善のために作られた言葉だわ」
「あ、あはは。そんなにくっ付いたら暑いよ。それに早く食べないと料理が冷めちゃうよー」
二人が素早く離れてから、俺は両手を合わせる。
「「「いただきます」」」
料理は、我ながら美味しかった。




