65.鎧の中
外に出ると、空気がひんやりと涼しく感じた。
武器が完成するまで俺とエクさんは裏路地の中にある小さな広場で待つことにした。
中心に噴水があり、水の流れる音のみが放たれる、静かな場所。そこに設けられたベンチの一つに、俺たちは腰を下ろしていた。
「……どうしてまだここにいる? という顔だな」
そんな中で、隣のエクさんが口を開いた。
「……それとも、気まずいから去れ、か?」
「い、いえ! そんなことはないです! むしろ一人じゃ寂しいので嬉しいというか……」
「……ふ」
小さく、隣から笑い声がこぼれた。
と、とりあえず……怒ってはいないのかな?
「あ、あの。『あの人』は?」
確かに気まずくなってきたので、話を変えよう。
あの人……つまり猫耳さんについてだ。
「……ああ。あいつは今、リアルで用事があってここを離れている。やっと一息がつけた」
「あはは、やっぱりリーダーって大変なんですね」
マタタビ、って言ったっけ。結構凄いギルドみたいだし、そのトップとなれば忙しいだろうな。
……そういや、そんなギルドに所属しているってことは、猫耳さんもやっぱり強いのかな。
「……そう、だな」
エクさんは小さく呟いた。
「……本当に大変だよ。『うちの』リーダーは」
? 何か言い方に不自然なものを感じたような。
うーん、気のせいかな。
「――あ、そういえば」
悩んでいると、別の疑問が浮かび上がってきた。
「その、百獣って嫌われているんですか?」
それは先ほどから気になっていたもの。
ギルドの名前が出てから、二人の態度は明らかに嫌そうだったから。
「……好きか嫌いと言われれば、嫌い、だな」
兜の下から低い声がこぼれる。
「……間接的に恨まれるようなことをされたわけじゃない。だが、何となく好きにはなれん。何か不気味さを感じさせるんだ。……もしかしたら自分たちよりも実力が上と呼ばれて嫉妬しているのかもしれないがな」
言い終えると、ふふ、と再び兜の中から笑みが。
……やっぱり、気になるな。
「あの」
俺は、思い切って尋ねてみた。
「もしかしてエクさんって……女の人、ですか?」
「……ほう?」
空気が、ピリッと張り付いたような気がした。
ま、マズい。聞いちゃマズかったかな。
「……女だったら、どうだと言うんだ?」
「す、すみません! ちょっと気になっただけで!」
「……ふふ、冗談さ」
そう言ったエクさんの兜に変化があった。
鮮やかな音を立てて、消滅していく。
「……大正解」
ふわり、と。近くの噴水のように放たれた紺色の髪。それはゆっくりと腰の辺りまで流れていった。
露出された表情に威圧感など存在せず、むしろ優しそうな顔立ちがそこにあった。
「……よく分かったな。口調も工夫してたのに」
「え、ええと声が……」
「……む、低く出していたつもりだったんだが……油断していたな、反省だ」
「…………」
俺は驚愕で、何も言えなかった。
だって、もっとこう……厳つい顔立ちのプロレスラーみたいな人を想像していたから……。
「……格闘家みたいなやつだと思っていたか?」
「! わ、わ」
「……ふふ、分かりやすいな君は」
エクさんがそう微笑んだ直後、だった。
身を包んでいた鎧が消滅したのは。
簡素な布の衣服に装備を変化させた彼女は、今までのゴツい体躯が嘘のように細く変わっていた。
けど、身長はそのままだった。……本当に大きい。百八十センチは軽く届いているだろう。
「……でも、ゴツいやつの方が良かったかもな」
「え?」
「……恥ずかしいんだ、この身長が。女のくせに男よりも巨大なこの身長が……恥ずかしくて、恥ずかしくて……見栄を張れる見た目だったら、どんなに良かっただろうか……」
「どうして?」
「えっ?」
目を丸くさせるエクさんに、俺は告げた。
「そんなに綺麗なのに……どうして恥ずかしいんですか?」
「ッ!?」
ビクッ、とエクさんの体が揺れ動く。
いやいや、そこは動揺するところじゃない。
「モデルみたいで綺麗なのに! それに羨ましい!」
「……う、羨ましい?」
「はい! だって俺、こんな小さいですから……」
席を離れ、エクさんの前で仁王立ち。
すると、ムッと彼女の額に眉が寄った。
「……私からしたら自慢にしか聞こえないがな。実に女の子らしい見た目じゃないか」
「お、俺……男なんです……」
「……何をバカな。そんなことがあってたまるか」
「…………」
「……まさか、本当に?」
その問いに、落ち込みながら俺は頷いた。
「だから羨ましいんです、エクさんの身長が。俺もそれだけあったら……」
「……女性誌の表紙を飾るくらいの逸材になるだろうな」
「救いがない!」
あふれ出る涙を、歯を食いしばって何とか堪える。
「と、とにかく……何も恥ずかしくないですよ!」
「……た、確かに。男でこんなに小さくて女顔に生まれたら恥ずかしくて生きていけないな……」
あ、涙出てきた。
「……ありがとう、何だか自身が湧いてきたよ」
「そ、それは良かった……」
「――お、いたいたー!」
涙を拭っていると、後ろから声が。
見れば、狭い通路からマイさんが駆けてきていた。
「ほらよっ、お待たせー!」
ボンッ、と彼女の手元に物体化された一つの武器。
【刃のブーメラン】ランク:E
・ATK+12
・10%で流血
①投げると、装備したプレイヤーの元に返ってくる。②《投擲》スキルのレベルが上がるごとに飛距離が伸び、遠いほど威力は落ちる(ちなみに手で持った状態での攻撃威力は最大飛距離と同じ)。③地面に落ちると武器ポーチから外れ、ドロップアイテムとなる。
手渡されたそれは、新たな武器だった。
大きさは今までと変わらないが、先端がそれぞれ鋭利さを増していた。色は黒で中々カッコいい。
「そいつが新たなブロンズブーメランな」
「うわ、強そう! ありがとうございます!」
お礼をしながら俺はウィンドウを出現させた。そして、
「あーいいよ、金はいらねーって」
「え、でも……」
「報酬は十分に受け取ったからよ」
マイさんはそう言うと、エクさんに顔を向けた。
「……何だ」
「いやぁ、珍しい顔が見れたからな。なーにデレデレしてんだよ」
「…………」
スン、と顔を背けるエクさん。
「なあウサギちゃん、アイツに何言ったんだよ」
「へ? モデルみたいで綺麗だなって」
「ほー、やるなウサギちゃん」
「?」
何をだろ? 事実を言っただけなのに。
「無自覚ってところがいいな、破壊力抜群だわ」
「…………」
口を開かないエクさん。
気づけばもう、全身に鎧を身につけていた。
「あれな? 今兜の下ニッコニコになってんだ」
「……少し黙れ、マイ」
わ、わぁ。声のトーンが怖い。これはマズい。
「あ、そ、そういえば……」
気になることがあったので、そしてエクさんが爆発しそうなので、俺はマイさんに顔を向けた。
「どした?」
「その、マイさんは凄い鍛治師なんですよね?」
「ああ。プレイヤー1と言っても過言じゃねーな」
「……それじゃどうして、あんな場所で活動を? もっと人が集まる場所でお店を開けば、お金を稼げるんじゃ……」
俺の質問に「なるほど」とマイさんは呟いて、
「ま、金目的じゃねーからな」
そう答えた。
「いや、嘘」
と思いきや、すぐに訂正が入った。
「金は欲しい、新しい武具に挑戦するには金がたくさん必要だからな。……けどな? 公で活動はちょっと厳しいな……」
「……トッププレイヤーの宿命だな」
エクさんの呟きに、マイさんは肩をすくめて、
「プレイヤーや他の戦闘ギルドから、専属の鍛治師になってくれないかと勧誘が絶えなくてな。そんなことになったら好きな武具を作れなくなっちまう。別に他人のためにハンマー振ってるわけじゃねーのに」
「そ、そうなんですか?」
「おうとも、ウチはただ単に武具を作りたいだけなんだ。レベルを上げて、難易度の高いモンに挑戦したいだけなんだよ。他人の自由に縛られて決められたモンを決められたように作るなんてヤダね。自分の好きな武具を自由に作らせてもらう」
……なるほど、だからこんな人気のない場所で活動しているんだ。
あっ、もしかして、
「百獣からも勧誘が?」
「そうなんだよ! アイツらしつこくてさー! 逃げても逃げてもすぐに突き止めてくんだよ腹立つ! ……まぁ今はマタタビに守られてるけどな。助かってまーす!」
両手を合わせて頭を下げるマイさん。
その相手であるエクさんは相変わらず顔を背けて、
「……一応腐れ縁だからな、側に置いてやってる」
「ツンデレってやつなんだよコイツ」
「……私の力ならすぐにでもギルドから外せるぞ」
「あーん、冗談! じょーだんだってー!」
エクさんに抱きつくマイさん。
それにしても腐れ縁、か。リアルで友人だったりするのかな?
「――マイさん! 街の方、落ち着きました!」
眺めていると、新たな声が。
振り返ってみると少し離れた位置にサラシを巻いた少女の姿が……つまりマイさんの仲間だろう。
「さんきゅ! ほらチャンスだぞ、早く行け行け」
どうやら街の様子を確認してくれたらしい。ありがたい!
「ありがとうございます!」
受け取ったブーメランを抱えたまま、走り出す。
「ウサギちゃーん、お前ならいつでも大歓迎だ! また遊びに来いよー!」
「はーい!」
大きく手を振ってくるマイさんに深く頭を下げ、再び足を動かす。
ちなみにエクさんは俺の前を駆けている。
「……素の場所まで案内する。こっちだ」
まるで迷路みたいな道を、スムーズに進んでいく。
す、凄い。よく覚えられるなぁ。
「……ありがとう」
そんな中、ぽつりと前から声が。
「……その、嬉しかった。本当に……綺麗だとか、そんなこと言われたのは初めてだ」
「本当に言われたこと、ないんですか?」
「……からかわれたことならある」
「それ本気ですよ絶対! 本当に綺麗だもん!」
「……こ、こら。恥ずかしいだろう」
ごちん。
振り向いて走ったためか、壁に激突したエクさん。
「だ、大丈夫ですか?」
「……問題ない」
ぷるぷると震えながら立ち上がる。
そして勢いよく駆け出し、今度は派手に転んだ。
「…………」
「…………」
流れ出る重い空気。
恥ずかしさのためか、エクさんは体を起こさない。
「あ、あの」
しゃがみ込み、とりあえず話しかけてみる。
「……何だ」
低い、何だかちょっと泣きそうな声。
気を紛らわせようと俺は、何となく質問をぶつけてみた。
「え、エクさんのプレイヤー名って何から付けられているんですか?」
エク……リアルの名前、は考えにくいか。エク……何だろう?
そう悩んでいると、低いトーンの答えが出た。
「……え、エク、エクレア……あの、お菓子の……」
「あ、可愛い」
「…………」
「…………
空気はさらに重くなった。




