64.鍛治ギルド
狭い路地を何度も曲がり、動きが止まる。
そして、ゆっくりと腕の中から解放された。
「……すまん、やむを得なかった」
「いえ、ありがとうございました。……ここは?」
俺たちの目の前には、連なる建物たちの中にある一軒家。端でもなく中央でもない、目立たない場所。
鎧さんは俺の質問に行動で答えた。
目の前の扉を、ノックせずに開け放つ。
――むわっ、と。
直後、肌を酷い熱気が襲った。
見れば先の光景は、部屋の中とは思えなかった。
机や椅子といった家具はどこにもなく、周りに広がるのは金床。壁には大小様々なハンマーやペンチのような道具がかけられていて、部屋の端に石の炉が設けられていた。
まるで……鍛冶場のようだ。
「……思っている通りの場所だ」
ゆらゆらと揺れる景色を見つめながら、鎧さんが呟く。暑そうな格好だけど大丈夫かな。
カン、カン、カン!
熱に意識を持っていかれていたけど、叩きつけるような金属音が放たれていた。そこに注目しすぎると熱を忘れてしまうくらいにそれもまた部屋の中を支配していた。
す、凄いな……気を抜けば倒れてしまいそうだ。
「お、来たかエク」
流れ出る汗を拭っていると、部屋の中から一人のプレイヤーが歩み寄ってきた。
素肌にサラシを身につけた、赤髪の女性だった。
「……マイ」
相変わらず、小さな声で言う鎧さん。
マイ、彼女の名前かな?
「お前にしちゃ遅かった……って、ん? 誰?」
マイさんは不思議そうに、俺を指差した。
「……ゴタゴタがあってな。巻き込んでしまった」
「なるほど。……しっかし可愛い子だなーオイ」
ぐしぐしと髪を撫でられる。
……というかこの人も背が高いな。百七十以上はありそうだ。羨ましい。っていうかズルい!
「そういや注文の品、できてるぜ」
妬みの含んだ視線を気にせず、俺の髪を撫でながらマイさんはウィンドウを表示させた。
鮮やかな音を立て、床に何かが物体化される。
それは、戦斧だった。
見るからに序盤の街では入手不可能な屈強さを醸し出すその武器は、巨大だった。フレンドであるカイトが愛用していたものよりも大きい。
そんな触れていなくてもずっしりと重量感を覚えさせられる武器を鎧さん……エクさんは、軽々と片手で持ち上げた。そのまま上下に揺らし始める。
「……軽いな」
そ、その答えは可笑しい。
「武器の性質上、隙だらけのモーションになるから少しでもその点を軽減しようと編み出したんだよ。まぁ安心しろって、威力に変化はないからよ」
「……それは素晴らしいな。ありがたく頂こう」
「ったく、脳筋だなぁ見た目通り……いや逆か?」
逆? どういう意味だろう。
悩んでいると、
「――さて、次はお前に移ろうかウサギちゃんよ」
マイさんの顔がこちらを向いた。
「お前、百獣のギルドメンバーなのか?」
百獣……っていうと、あのレオさんのギルドか。
そういやさっきもそんなことを言われたような……あれ、でもその場にマイさんはいなかったよね?
そう悩んでいると、彼女はエクさんを指差した。
「その鎧に聞いたんだよ」
なるほど。
……ってことは、俺を抱えて走りながらチャットを飛ばしたのか。凄いな。
「もし百獣のメンバーなら、悪いがさっさと出てってくれ。ここにいられても不快なだけだからよ」
「……逆に、こっちは用があるがな」
甲冑が勢いよく迫ってくる。
あまりの迫力に、ビクリと震え上がるしかなかった。
「……『あいつ』に近づいたことに何か理由があるのか? イベント開催場所がここではなくてはならなかった訳は? なぜリーダーだけでなく付き人まで呼んだ?」
「わ、わわ……」
ど、どうしよう、何が何だか分からない……。
「あ、あのあの……確かに俺、百獣のリーダーさんとはフレンドですけど……メンバーじゃないです」
「……本当か?」
「ほ、本当です。誘われはしましたけど、断りました……」
俺の答えに、目の前の二人は顔を見合わせた。
そして、こくりと頷き合い、
「……すまない、疑ってしまって」
俺に視線を合わせて、謝罪をしてきた。
「……怖い思いをさせてしまったな」
「だ、大丈夫です。全然っ」
正直、威圧感から今が一番怖いです。
「ウチもごめんなー!」
急に体を持ち上げられる。
そのまま小さい子を喜ばせる遊びである『高い高い』のようにぶらぶらと宙を泳がされて、
「泣くほど怖かったんだなぁ」
違うんです、この屈辱的な状態が原因なんです。
「……す、すまん」
「い、いや大丈夫です。大丈夫じゃないけど……」
「しっかし不思議だなー!」
元気な声が、流れを強引に切った。
「ウサギちゃんみたいな弱そうなやつにあの百獣から声がかかるなんてさ。もしかして強いのか?」
「……悪いやつじゃないんだ。許してくれ」
「は、はい」
……それにしても、この二人は百獣に対して良い思いを持っていないみたいだな。実力は評価しているような態度だけど……。
おっといけない、質問に答えないと。
「え、ええと……俺がメンバーに誘われた理由なんですけど、ある人をメンバーに引き入れたいからってことで……俺自身に興味は……」
言いながら、近くにある顔を見る。
俺を抱き上げているマイさんの表情は、それはそれは引きつっていて嫌そうに見えた。
「うわぁ……やっぱ百獣って好きになれねえな……」
「……エサ扱いか、酷いな」
「あ、あはは……」
確かに、これだけだと酷く聞こえちゃうな。
「まぁ元気出せって、ウサギちゃん。……そうだ、何か武器作ってやるよ!」
「武器、ですか?」
おう、とマイさんは俺を高く抱き上げて、
「自分で言うのもアレだけど、ウチの鍛治スキルはこの世界でトップレベルだと思うぜ。そんなやつのお手製を扱えるんだ。嬉しいだろ?」
返答に困って、俺は思わずエクさんを見た。
対してエクさんは、ガシャンと頷いた。
「……先ほど武具店にいたということは、何か欲しいものがあったんだろう? せっかくだ、作ってもらうといい」
「んー……で、でも……」
「どした?」
首を傾げてみせるマイさん。
だから、俺は抱いていた悩みを告げた。
――今利用している武器がフレンドにもらった物で手放しにくい、ということを。
「ふーむ、なるほどな」
悩む素振りを見せるマイさん。
やがて、一つの答えを導き出してくれた。
「そんじゃさ、『進化』させるってのはどうだ?」
「進化?」
聞いたことのないワードだ。
「つまりな? 今使っている武器が素材の新たな武器を作り出すってことさ。それなら解決だろ?」
「あ……」
そうか、生産の素材は道具だけじゃない。
実際の武具が材料になる場合もあった。裁縫も糸やドロップアイテムじゃなく、衣服が必要になるものもあったし……なるほど、進化か……!
「その顔、決まりだなっ、と!」
マイさんはそう言うと、俺を放った。
硬い感触が肌を叩く。どうやらエクさんに抱きとめられたらしい。
「よーし、やるぞー!」
ぐるぐると腕を回しながら、マイさんは作業場に駆けていった。




