62.コスプレ喫茶、閉店
何度も日が落ちまた登りを繰り返し、やっと客の列の最後尾が見えるようになってきた。
もう地図の代金分は稼ぎ終えたはずだけど、クリスは「稼げるだけ稼いでやるわ!」と最後まで続けるようだった。……俺を付き合わせて。
まぁでもここまで来たんだもんね。俺も頑張ろう!
カランカラン。
もう何度目かのベルが店内に響き渡る。
「いらっしゃい……まぁふ」
初めて聞く挨拶に、思わず入り口を向いた。
見れば目を見開いてたじろぐメンバーさんの姿が。
その前方には、女性のプレイヤーが立っている。
俺とはまた違う、グレーに近い銀色の髪。それは立派に盛り上がっていて、まるで鬣のようだった。
瞳は橙色で、トパーズのように輝いている。
顔立ちもスタイルも美しく、どこか妖艶さを醸し出す彼女に、男性だけでなく女性であるメンバーさんたちもうっとりとした顔を作り上げていた。
ん〜……確かに、ちょっとドキドキしちゃうな。
「良い店だね」
その人物は柔らかく笑って、
「案内、してもらってもいいかな?」
「はひぃ!」
メンバーさんの一人がガチガチになりながら歩き出す。
……それにしても、さすがに緊張し過ぎじゃ?
「い、いやぁ大物が来ちゃったわね……」
隣のクリスが冷や汗を額に浮かばせて呟く。
大物? 芸能人とかだったりするのかな。
「……ゼン、まさかとは思うけど、さすがに彼女は知ってるわよね?」
「誰だろ」
「ある意味、ゼンも大物かもね……」
クリスはため息をつきながらも、説明してくれた。
「あのギルド『百獣』のリーダー『レオ』よ」
「ひゃくじゅ?」
「そ、そこから!? ……ええとね? 今このゲームにはたくさんギルドが作られているんだけど、それぞれ『ランキング』っていうものがあるの。それは戦闘能力だったり職人の技術だったり……ともかく色々ね。その色々すべてがトップに位置するギルド、それが百獣なのよ」
なるほど……つまり、
「あの人、凄い人なんだねぇ」
「……ま、まあそうね。間違ってないわ」
何でクリスは苦笑いをしてるんだろ。
その理由は考えても分からなかったので、視線をレオさんというプレイヤーに戻す。
……あ、目が合った。
「(ちょいちょい)」
そして手招きされた。
な、何だろう? ちょっと怖くなってきたぞ……。
緊張から解かれたためかホッとするメンバーさんと変わって、俺は恐る恐るレオさんの元に向かった。
「い、いらっしゃいませ」
さすがにさっきまでの対応はできない。
下手に刺激したら何をされるか分からないし……。
「はは、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
レオさんは優しくそう言うと、向かいの席を見た。
すぐにこちらに顔を戻して、
「可愛いウサギさん、少しお話しでもどうかな?」
す、凄い。可愛いと言われたのに傷つかない。それどころか照れている自分がいる。……し、しっかりしろお! ここは否定するところ――い、いや今気にするところはそこじゃない!
丁重にお断りしないとっ。
「すみません、仕事がまだ……」
ピピッ、と電子音が俺の言葉を遮る。
あれ、送ってきたのはクリスだ。近くにいるのに。
『お言葉に甘えなさい、お金のためよ。下手したら店が潰されちゃう。稼いだお金も消えちゃうお金』
なるほど、これは口頭で伝えにくいな。
……お金が強調されてるのは気のせいかな?
それはそれとして周りのメンバーさんたちも強く同意しているみたいだし、ここは素直にお言葉に甘えよう。
「はい、喜んで」
「ありがとう」
レオさんはそう微笑むと、俺の手元にある電子パネルを指差した。
これを利用することでメニューの記録ができる(メモ帳のようなもの)。このゲームの世界観とはかけ離れた代物だけど、便利だから良しとしよう。……っとと、レオさんの話をちゃんと聞かなくちゃ。
「君の好きなものを頼むといい。私のわがままで迷惑をかけてしまったからね。償いをさせてくれ」
「そ、それじゃ失礼して……」
ここで断るのは逆に機嫌を損ねてしまうはずだ。
ありがたく従おう。
「ココアをいただきます」
「はは、可愛いね。それだけでいいのかい?」
「はい」
「分かった。それじゃ私はコーヒーをいただこう」
商品と数量を記入してカウンターに向かう。
頼んだものが簡単なものだったので、すぐに用意をしてくれた。そのまま席まで運んでいく。
「すまないね、ありがとう」
「いえいえ」
席に着いてから、早速ココアを頂く。
「ぉ、あぢゅ!」
最近気づいたけど、俺は猫舌みたいです。
「ふふ」
そんな俺を面白おかしそうに見つめながら、レオさんもまたコーヒーを飲んだ。
す、凄いブラックのままで! それも凄く熱いのに!
「大人だぁ……!」
思わずこぼれ出た呟きに、
「……ははっ! 本当に君は可愛いな」
レオさんは、今日初めて大きく笑った。
「そして面白い。……あの人が気にいるわけだ」
「あの人?」
「ああ、筋肉に包まれたむさ苦しくい変な口調の中年さ。ただ強さだけを求めてこの世界を駆け回っている変態とも言える」
わぁ、凄く心当たりがある。
「あのおじさんと……知り合いなんですか?」
「知り合い、か。うん、そうとも言えるね」
曖昧な答えを出して、再びカップに口をつけるレオさん。
……うーん、まさかおじさんの知り合いがいるとは。他人に興味なさそうだからあの人。
そんなことを考えていると、レオさんが口を開いた。
「私は、彼が欲しいんだ」
突然の告白!?
「だ、大胆……」
「はは、そういうのじゃないよ。欲しいのは彼の実力さ」
レオさんは顔を窓の外に向けて、
「今日、あるイベントを開催したんだ。それである人物たちと顔合わせをしてね。……その者たちが我がギルドを脅かす存在だと理解したんだよ。よほど油断をしなければの話だが、下手をすれば足元をすくわれることになる。些細だが、そんな心配を消滅させるために彼の力が必要なんだ」
「ふむふむ」
「だからね、どうだろうお嬢さん」
ここで、レオさんが俺を見た。
真剣な表情で、彼女はこう続ける。
「――君も、我がギルドに加入してくれないだろうか」
ざわあっ、と今まで静寂に包まれていた店内が爆発のような騒ぎを巻き起こす。
そ、そんなに凄いことなのかな。いやそれよりも、
「どうして俺を?」
「説明させてもらおう。……こういう言い方は気を悪くさせてしまうかもしれないが、彼を引き入れる力になって欲しいんだ。お気に入りの君がいてくれれば、彼はその気になってくれるかもしれない」
「ふーむ」
つまりおじさんを釣るエサってわけか。
「それと、決して不自由のない生活を約束しよう。私たちのギルドは熟さなくてはならないノルマが存在するが、君は気にせずゲームを楽しんでくれて構わない。また、必要なものがあったら言ってくれ。できる限り善処しよう。どうかな?」
俺の答えを待たず、レオさんの話は続く。
「……実はこの場所でイベントを行った理由は、君に会うためなんだ。私たちが攻略しているフィールドはかなり先にあるんだが、ここまで軽く数時間ほど浪費してしまったな。君に会うためにね」
ここで、レオさんはジッとこちらを見つめてきた。
「それで、どうだろうか? 君の答えが聞きたい」
「ごめんなさい」
ざわあああっ!!
さらに破壊力を増す騒ぎ。
あまりの膨大さに、窓がビリビリと振動する。
それらを気に留めない様子で、レオさんは口を開いた。
「理由を聞いても? 悪くない条件だとは思うが」
「んー……まだギルドとかよく分かってないし、今は一人でこの世界を旅していたいんです。それに楽して人にものを用意させるなんて、あまり好きじゃなくて……」
「ふーむ……そうか」
レオさんは、ふぅっ、と軽く息を吐いて、
「あー! フラれたなぁ」
ボスン、と背中を力強く席に預けた。
だらだらとしたその姿に今までの大人っぽさは消滅し、遊び疲れた幼い子供のように見えた。
その姿に、ざわざわと小さく周りが騒ぎ出す。
「あ、あの……」
「いやぁごめんね、変に圧力かけて。君、押しに弱そうだったから、ついね。……それにしても断られるなんて初めてだなぁ。それも即答で」
はは、と楽しそうにレオさんは笑った。
もしかしたら、この姿が本来の彼女なのかもな。
「仕方ない、今回は諦めるよ」
「すみません……時間を無駄にさせちゃったのに」
「いや、気にしないでくれ。少し大げさに言ってみただけなんだ。ギルドがギルドだからね、ノルマに追われる毎日で……正直、良い息抜きになったよ」
レオさんはそう言うと、ゆっくり立ち上がった。
「ありがとう、お嬢さん。……でも私はギルド勧誘を諦めたつもりはないよ。また声をかけさせてもらう。君もその気になったら連絡してくれ」
直後、表示されるウィンドウ。
それはフレンド申請だった。
「あまり時間は取れないと思うが、いつでも声をかけてきてくれて構わない。こちらも迷惑をかけることになるだろうし、私に協力できることなら君の力になろう。それじゃ」
レオさんはこちらに軽く手を振るとお金を払い、お店を出て行った。
すぐに外からも、わぁっ、と歓声が上がる。少しして、また遠くからも大声が。
うーむ、本当に凄い人だったんだなぁ……。
「ゼン……アンタ凄いやつだったのねぇ……」
そう考えていると、背後から声が。
振り返ると、目を見開くクリスの姿があった。
「あの百獣に勧誘されるなんて、あり得ないわよ? しかも断るなんて……あんな平然と。ずっとビビリで情けない弱虫だと思い込んでいたけど、反省ね」
本当に反省して欲しい。
「……ねえゼン、あたしたち親友よね?」
急に歩み寄ってくるクリス。
数秒前に罵倒してきた人物のセリフとは思えない。クリスもある意味凄い人なのかもしれないな。
とりあえず、質問に答えておこう。
「……そうかもね」
「よーし! じゃあ、あたしもレオの恩恵を受けていいってことよね! 親友のフレンドだもん、優しくしてもらえるわよね! やったー!」
良い性格してるなこの子は。
「ほ、ほら手が止まってるよクリス。接客しなきゃ」
「おっといけない。よーし張り切ってやるぞー!」
ザアアァァァッッ!!
突如として大雨。
「何でよおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
その轟音は、クリスのやる気を抉り取っていった。
外を見ればもう、列はそこにはなかった。
「あー……これは無理ね」
「風も酷いわねこんな日に限って台風なんて……」
「ツイてないなぁ」
メンバーさんたちも、肩を落としていた。
このゲームにも、現実世界のように天候がある……とはいっても嵐なんて珍しい。
そういや嵐の日にしか出ない敵MOBが存在したり、釣れない魚がいたりするとか。このゲームは楽しみが尽きないな。
……でも、こんな酷い嵐の中で外を歩くプレイヤーなんて普通いないよね?
そんなことを考えながら俺は、残っているお客さんたちを盛大に持て成そうと努力を続けた。




