61.コスプレ喫茶、開店
カランカラン、というベルの音が始まりを告げる。
「「ようこそー!」」
華やかな声と共に、最前列の客が足を踏み入れる。
続いてぞろぞろと列が歩き出し、すぐにストップした。
ギルドメンバーたちは忙しなくも慣れた動きで注文し料理を運び、客と交流をしていた。
ふと、タッタッタ、という足音が近づいてくる。
そして開かれる目の前の扉。
「ほらゼン、出番よ」
現れたのは白と黒のエプロンドレスに身を包んだクリスだった。露出度の多い装備の彼女しか見たことがなかったので、凄く新鮮だ。
「うぅ……ホントにやるの?」
「そりゃそうよ、お店とあたしの利益はゼンにかかってるんだから。ほら、行った行った!」
ぐい、と腕を引かれ、俺は強制的に店の中へ。
「わ、わわっ!」
体制が悪かったため、声を上げてしまう。
何とか無事に足をつけたけど……店中の視線が俺に集まっていた。
彼らはジッとこちらを見つめたまま動かない。な、何か可笑しなところがあったのかな。それか俺が男だと分かってしま、
「「「美少女だああああああああああッ!!」」」
嬉しいやら悲しいやら。
落ち着いた感じの店内が、動物園のように変わる。絶え間なく口笛が吹き荒れ、みんな鼻の下を伸ばしながらこっちを見つめてくる。
「そ、想像以上の反応ね。……女として泣けてくるけど」
「俺だって泣きたいよぅ」
すっかり怯えてしまった俺の瞳が自然と横を向く。
そこには縦長の鏡が配置されていた。
映し出されているのは、ロングスカートのクリスとは異なるミニスカートを身につけた少女……っとお! 素で自分自身を間違えるのはダメだぁ!
さ、さて。ここまでは海のイベントの時と同じなんだけど、今回はカチューシャとピンクのリボンまでつけられてしまっている。他にも細かい違いがあって……とりあえず、恥ずかしぃ……。
「ほら、まずは注文取ってきて。奥のお客さん」
「う、うん」
こ、こうなったらもうヤケだ! やってやろう!
覚悟を決め、店内を歩いていく。
「店員さん可愛いねー!」
「わぁありがとう! 嬉しいなっ!」
「店員さんこっち向いてー!」
「はーいっ」
先ほどもらったマナーに従って、相応の答えを返す。
そこは何とか大丈夫なんだけど……短いスカートがひらひらして、意識せずにはいられない。周りの視線も下に向けられているような気がする。
スカートを抑えながら、何ともぎこちない動作で俺はやっと一番奥の席に辿り着いた。
腰を下ろしていたのは、二人の男女。カップルかな?
咳払いして声を整え、今出せる精一杯の笑顔を表情に映してから、席に駆け寄った。
そしてくるりと横に一回転、姿勢を戻して決めポーズ!
「お帰りなさいませっ! ご主人様! お嬢様!」
最後に、ばちこーん! とウインクを一つ。
いやぁ恥ずかしくて今にも逃げ出したい、という衝動を何とか奥歯を噛み締めて堪える。……これがもし知り合いだったら、耐えられなかっただろう。
やがて、お客様が口を開いた。
「ゼン……お前何してんだ?」
なるほど、知り合いだと逆に動けなくなるのか。
「ゼン、やっぱり君はそっちの……」
というわけでこの二人は、カイトとナギだった。
幼馴染とその幼馴染はこの俺の姿を見て、微塵も笑顔を見せず、ただ目を見開くだけだった。
ば、バカにされるより辛いです!
「ち、違うよ! これには色々と訳があって!」
「心配すんな、オレたち長い付き合いだろ? お前がどう変わろうが、親友であることに変わりはねえ」
「そうです。自分に素直になって良いんですよ」
痛い、二人の優しい顔と言葉が。
は、早くこの場所を離れよう!
とりあえずできるだけ言い訳をし、また後で話し合うことにして俺は注文を受けた。
最後まで二人は笑顔で、凄く泣きたくなった。
「ほら落ち込んでないの。次の注文」
「はい……」
力なく答え、だがすぐに気合いを入れ直す。
だってせっかく来てくれたお客さんに申し訳ないし、売り上げに悪影響が出てしまうかもしれない。
笑顔を作り直し、店の奥には目を向けないことを心がけ、俺は別の席に向かった。
「お帰りなさいませ!」
「あら、ふふ。久しぶりウサギさん」
目の前が真っ白になりかけた。
ポニーテールが特徴的な彼女は、ハナビさんに間違いなかった。
「今日はずいぶんと……その、可愛いわね」
「あ、あんまり見ないでください。これには事情が」
――パシャ。
「何で撮るんですかあっ!」
「あ、ごめんなさい。可愛くてつい……」
ハナビさんは出来上がった写真を見つめて、
「ふふ、可愛い」
その笑顔に、照れ臭くなってしまう。
……あれ、そういえばハナビさん一人しかいないな。
「ね、ハナビさん、アニキさんたちは?」
「外で街を観光していると思うわ。こういうお店は苦手らしいの」
「なるほど。……あ。ゲイル、さんは?」
「多分リアルで用事があるのかな? 今日は姿がなかったわ。お陰でスムーズにここまで来れたの」
「な、なるほど……」
「どうしたの? そんな不安そうな顔して」
首を傾げてみせるハナビさん。
だから俺は、今の悩みを思い切って伝えた。
「ハナビさん、できればこの格好で働いてること、アニキさんたちには内緒にしてくれませんか?」
「あらどうして? この前は普通に女の子用の格好をしていたと思うけど……」
「い、いや、あの時は仕方なく着てるってことがみんな分かっていたから……で、でも、その……正直恥ずかしいんです。女装をしていることが」
「ふむふむ」
納得したように頷くハナビさん。
やがて彼女は、人差し指を突き立てて、
「じゃあ一つお願いしてもいい?」
「は、はい。どうぞ」
ハナビさんは物体化させたカメラを持って、
「わたしと一緒に写真撮って欲しいな」
「写真、ですか?」
そう尋ねると、ハナビさんは席を軽く叩いた。
従って、俺は彼女の隣に腰かける。
「ちょっとごめんね」
「わふ」
そのまま俺は、ハナビさんに抱き寄せられた。
お互いの頬がぴとりと密着し、緊張で硬直してしまう。
「ふふ、ウサギさん凄い顔」
「ああと、ええと……」
何とかして表情を取り戻し、シャッターを切ってもらう。一枚だけで大丈夫だそうで、名残惜しくも俺はすぐに解放された。
それと注文を伺ったので、カウンターに向かおう。
「ありがとうウサギさん、お仕事頑張ってね」
「はいっ、ありがとうございます」
俺は最後に頭を下げると、歩き出した。
「……ふふ嬉しい。また思い出が増えたなぁ……」
何か幸せそうな呟きが聞こえたような。




