59.上位ギルド
「……酷なことを言うもんだ」
「んー、どうして?」
ウォーデルの街にて。
鎧のプレイヤーは、先ほど腕の中から解放した猫耳のプレイヤーに告げた。
「……さっきお前を抱えて分かった。その魚、並大抵の筋力スキルでは持ち上げられないぞ。ましてや最低ランクの道具とスキルで釣り上げられる代物でもない。怪物め」
「えへへ」
「……それに、あの子はどう見ても戦闘をメインでプレイしているとは思えん。持ち上げられるようになるまで、長く顔を合わせるようになるだろうな」
「えへへ」
「……よく笑えるもんだ」
「そりゃ笑っちゃうよー、嬉しいもん」
「……嬉しい?」
鎧の問いに、猫耳はこくりと頷いて、
「だって何度も会えるってことだもん。あの子面白かったし、また一緒に遊びたいんだ」
「……フレンド登録したのか?」
「あ、そういや忘れてた。あはは、考えてみれば名前も聞いてないや」
「……さらに酷だな。言っておくが時間が迫っている。もう引き返せんぞ」
「分かってますぅ」
むー、と猫耳は口を尖らせた。
そんなこんなで、二人は道を歩いていく。
やがて街の中心部まで辿り着くと、足を止めた。
「んー、おっきいね〜」
上体を大きくそらして呟く猫耳。
その視界の先には、水を吐く巨大なビルのような建物があった。そしてもう一つ。
「わお、虹も出てる」
『『うおおおおおおおおおおおッ!!』』
「そんなに喜ばなくても」
「……冗談はよせ」
甲冑の下から深いため息がこぼれる。
「――あら、お早いですね『マタタビ』さん」
直後、だった。人影が一つ現れたのは。
猫耳のプレイヤーよりも濃い白色の髪、瞳は綺麗なアメジスト。これまた美しい顔立ちをした少女だった。年齢は猫耳と同じくらいか。だが彼女とは逆に大人しそうで、どこか清楚な印象がある。
「あ、『シェリー』ちゃん。久しぶり〜」
「お久しぶりです」
軽く頭を下げるシェリーと呼ばれた美少女。
その際にピクンと纏められた髪の二つの部位が揺れる。場所は頭上、形から子犬の耳のようだった。
「……早くは、ないがな」
「あら可笑しいですね。まだ集合時間一分前ですが」
「だよね。過ぎてないよ」
「……常識で考えろ」
再び、甲冑の中からため息がこぼれ出した。
「――くそおおおッ!」
そのまたしても直後、人が現れた。
路地から駆け出してきたのは、どこかチャラっ気の伺える紺色の髪の男。年齢は高校生くらいか。
「『姫』! 早く逃げろおおッ!」
「「シェリーちゃああああああああんッ!!」」
その背後から、プレイヤーが飛び出してきた。
「「俺たちもギルド『ファミリア』」に入れてくれッ!」」
数は多く、全員が男。
「どうしたんですか『カズ』ー?」
カズ、と呼ばれたプレイヤーは走りながら、
「さっきまでお前のファンのやつらを押さえつけていたんだけどなー! 遂に限界が来たあっ!」
叫びに近い声で答えた。
「他のメンバーさんたちはー?」
「全滅だー!」
「分かりましたー」
シェリーは淡々と答えると、腕を持ち上げた。
手をカズの方向にそらし、ふっ、と軽く息を吐く。
シャラララ、と美しい音。
それは彼女の手のひらから出現した美しいガラスの薔薇が、宙に花びらを散らばせたことによって発生したものだ。
「げっ!」
カズの顔が真っ青に染まる。
急ブレーキをかけたが花びらは目の前までやって来て、
豪快に爆発した。
「「ありがとうございまああすッッ!!」」
巻き込まれたプレイヤーたちは、幸せそうな顔で空高く巻っていった。
その姿を見て、シェリーはにこりと微笑むと、
「さ、行きましょうか」
「行きましょうか、じゃねえよアホ」
シェリーの頭に、ぽすんと軽く拳が落とされる。
「あらカズ、早かったですね」
「まず心配しろっての、そんで無事を喜べ」
「? だって街中で攻撃されてもHPは減らないでしょう?」
「……はぁ、そういう意味じゃねえよ」
深くため息をつくカズ。
「!?」
けどすぐに、大変な事実に気がついた。
「つ、つーかもう集合時間過ぎてんじゃねーか! だから人通りの多いところは歩くなっつったろ!」
「過ぎたと言ってもまだ数分ですよ? それにゆっくりお散歩をしたかったんですもの」
「……もう少し常識を知ってくれ」
そしてまた、深くため息をついた。
「……苦労してるな」
「そっちも。お互い大変だな」
「あら綺麗なお魚さん。どうしたのですか?」
「んふふさっき釣ったんだー。いやもらったかな?」
自分たちの苦労を気に留めていない様子の相方を見ながら、鎧とチャラ男は三度目のため息をついた。
「「いたぞおおおおおおおおおッ!!」」
新たな咆哮に、四人は同時に地を蹴った。
まず鎧のプレイヤーが大きな門扉にタックルし強引に開け放つと、最後に足を踏み入れたカズが無駄のない動作で扉を閉めた。
すぐに追いかけてきたプレイヤーたちが開こうと試みるが、門扉が動くことはなかった。ドンドンと荒々しく叩く音のみが響き渡るだけだった。
その扉の上部には『ギルドテリトリー』と文字が刻まれていた。
「あはは、危なかったね〜」
「……笑いごとじゃない。お前が逃げ出してからずっと追い回されていた気持ちになってみろ。捕まった仲間たちの気持ちになってみろ」
「そ、それは素直にごめん。……反省します」
威圧に押され、シュンとしながら謝罪する猫耳。
「カズ、歩くのに疲れました」
「ったく面倒くせえな……」
カズはため息をつきながらも、シェリーの肩と膝裏に腕を回し持ち上げる。俗に言うお姫様抱っこだ。
「んじゃ、俺ら先に行くわ。早く下ろしてえから」
「私はゆっくりこの時間を過ごしたいです」
「もうわがままは聞かねえからな」
「ケチ。……それじゃお二人とも、また後で」
二人はそのまま、奥に進んでいった。
その背中を見つめながら、猫耳はググッと上体を大きく伸ばして、
「んん〜、しっかし広いなぁ。探検したーい」
「……後にしろ」
「もー、せっかちだなぁ」
「……言葉の意味を調べなおしてこい、ところで」
鎧は猫耳に顔を向けて、言った。
「……今回集まっているのは上位ギルドのみと聞いている。ただの集会と聞くが本当にそれだけか?」
「んー、それだけなんじゃない? 一応、近い実力がある者同士だし、仲良くしたいんじゃないかな〜」
「……仲良く、か」
鎧は何気なくそう呟いて、
「……今回のイベントを企画したのは、腹が立つが現時点では最強と呼び声が高いギルド『百獣』だったな。あそこは何か裏がありそうだが」
「大丈夫、大丈夫。何があっても問題ないよ」
「……根拠は?」
鎧の問いに、猫耳はにこりと笑って答えた。
「――だってボクたちのギルドの方が最強だもん」
少しの静寂。
「……ふ」
それを破ったのは、鎧の笑みだった。
「……そうだな、お前の言う通りだ『ナコ』。……いや」
鎧は、こう続けた。
「リーダー」




