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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第三章】白ウサギと水の都
62/94

58.初めての釣り

 宿屋を出発した俺は、ゴンドラに乗っていた。


 行き先は、先日クリスと向かったフィールド。少し調べたいことがあるためだ。


 ゆったりと水の都を眺めながら進んでいく。


 ……お、向かいから別の船が。


 そっと覗いてみると、仰向けに寝転がるプレイヤーの姿が。


「あれから……どれくらい時間が経った……?」

「わ、分からねえ……だ、だが……長えことこうしているのは分かる……飲み食いしないままずっと……」

「は、早く……早くログアウトしねえと……!」

「ダメだ……男の本能が、ここから離れることを拒んでやがる……!」

「く、くそっ動けねえ……ちくしょおおおおッ!」


 救いようがない。


 とりあえず無視して、先を進んでいく。


 船着場に降りると、そこにはいつもと比べて多くのプレイヤーの姿があった。


 その場にいる全員が忙しなく辺りを見渡し、街を駆けていく。


「おいマジなのかよ! ここにギルド『マタタビ』のリーダー『戦姫』がいるって情報は!」

「全然見つからないじゃない!」

「護衛の『鉄壁』がいたんだぞ! 間違いない!」


 ギルド、戦姫、鉄壁。ワードが飛び交う。


 後者二つは聞いたことがないけど、『ギルド』は少しだけ知っている。


 確かプレイヤー同士で結成されたグループのことだったはずだ。メンバーだけで会話ができる特別なチャットや、他にもギルドに所属していないと受けられない恩恵があるとかないとか。


 それにしても『マタタビ』か、可愛い名前だな。多分、ふんわりまったりとした優しいギルドなんだろうなぁ。


「まさか戦闘狂のプレイヤーが集まった最強ギルドの一角がこんな場所で見れるなんて!」

「今までメンバーは詳細不明だったからな! リーダーがどんなやつか暴いてやろうぜ!」

「高レベルのヤバいやつらのトップなんだ。めちゃくちゃヤバいやつなんだろうなぁ……!」


 わぁ全然違った。


「――いたっ、いたぞおっ!」


 街中に響き渡る大声。


 あっという間に、プレイヤーの姿はなくなった。


 ちょっと気になったけど、俺は自分の目的を優先することにした。街を出てフィールドに出る。


 改めて気づいたけど、ここは『プライベートビーチ』という名前らしい。確かに敵MOBは出現しないようだし、騒ぎで他にプレイヤーの姿はない。


「ふふーん」


 いや、いた。一人だけ。


 特徴的な猫耳をピクピク動かしながら、柔らかい砂浜に腰を下ろしていた。


 その手には、釣竿が握られている。


「ん〜?」


 ぷかぷかと浮かぶルアーを眺めていた顔が、こちらにゆっくりと向けられる。


 彼女は、おおっ、と少しだけびっくりしたような様子を見せた後、すぐに笑顔を向けてきた。


「やっほ〜、また会ったねぇ」

「ど、どうも……」


 少し前にされたことを思い出して、つい顔を背けてしまう。


 向こうもそれを理解しているらしく、悪戯っ子のような笑みを見せつけてきた。


「にゃはは、照れてる照れてる」


 う、うぐ、恥ずかしい! 何とか話題を変えよう!


「あ、あの。何してるんですか?」

「んー? ああこれね、釣りをしてるんだ」


 でもねー、と上体を伸ばして彼女は続けた。


「中々釣れないんだな〜、これが。まだスキルレベルが低いし道具もFランクだから仕方ないけどね」

「釣り、かぁ……」


 そういや、やったことがなかったな。


 魚を釣れば料理もできそうだし、売ってお金にもできそうだ。それに旅っぽい!


「お、やりたそうな顔してるね」


 か、顔に出てたのかな。


「釣具は持ってる?」

「あ、まだ持ってません」

「そっか、それじゃこれあげるよ」


 直後、俺の視界にウィンドウが表示された。



【木製の釣竿】ランク:F

①泉、川、海にて利用が可能。②ルアーがないと使うことはできない。


【一般なルアー】ランク:F

30/30



「えっ、これ……」

「えへへ……もう持っていたことを忘れて、間違えて別のを買っちゃったんだ。良かったら使って?」

「でも俺、何もあげられるものが……」

「気にしない気にしない。ただのお節介だよ〜」

「ん〜……それじゃ、お言葉に甘えて」


 俺は、ありがたく受け取ることに決めた。


 ……何か俺、もらってばかりな気がするなぁ。


 早速、装備してみる。



 ――スキル《釣り》を取得しました。



 また一つ、スキルが増えた。


 ルアーがないと使えないようなので装備画面で操作し、システムに取り付けてもらう。


「おいでおいで」


 自分の隣をポンポン叩く猫耳さん。


 それに従って、俺はその場所に腰を下ろした。


「ほっ」


 そして、竿を縦に振ってみる。


 初めてだったけどルアーは上手く水面に沈んでくれた。


 あ、そういえばルアーは使用するごとにカウントが減っていき、ゼロになると壊れてしまうらしい。……確かにその効果がないと、一度入手すれば新しいルアーを買わなくても良いもんね。お店の人泣いちゃうよ。


「…………」

「…………」


 そ、それにしても。


「釣れ、ないなぁ……」

「ねー」


 ぴくりとも釣竿に反応がない。


 それほどまだ時間は経っていないとは思うけど、何だか不思議と長く感じちゃうな。


「ね、せっかくだしちょっとお話しようよ」

「そうですね……あ、そうだ」


 俺は釣竿を足で固定させると、バックパックを下ろして開いた。その中に手を突っ込むとウィンドウが表示されたので、コーヒーメーカーを選択。……中に入れるのはデメリットだけど……たまには良いよね? せっかく背負ってるんだし。


 ……そして、手のひらに感触を覚えたのを確認してから引き抜く。


 手の中には、物体化したコーヒーメーカーがあった。


「これどうぞ」

「わ、何それっ! 初めて見たよー!」


 瞳を輝かせる猫耳さんに先日手に入れた虹のマグカップを渡し、次にマンデリンを取り出す。


 作業を終え、いつも通りコポコポとマグカップに注いでいく。


「どぞ、熱いから気をつけて」

「ありがとー。……んふ〜、良い匂い」


 お互いに「ふー」と息を吹きかけ、マグカップを恐る恐る口に傾けていく。


「おいしー」

「に、にぐぅ……」


 ぐぉぉぉ、苦い! まだ、 慣れないな……!


「あははっ、苦手なのに飲んでるの?」

「お、大人の味に、慣れたくて……」

「ん〜、やっぱり可愛いなぁ!」


 ギュッと抱きしめてくる。


 わわ柔らかい! 甘い香りがするう!


「……ん?」


 慌てふためいていると、視界の端に何か見えた。


 それは街の港、振動音を奏でながらゆっくりと海の方角へ向かっていく。


 船、だった。それもかなり巨大な。


「そっか、もう定期便が出る時間帯だね」

「定期便?」

「ありゃ知らない? あれで次のフィールドに行くんだよ」

「そ、そうなんですか?」


 ……てっきりまたフィールドを歩くものだと。


 実はそのことを調べるために、ここへ来たんだけど……あ、でも逆に答えを知ることができたのか。


「そういやウサギさんはソロで活動してるの?」


 俺から離れるとまず、猫耳さんはそう尋ねてきた。


「はい、基本的に一人で旅をしてます」

「旅、かぁ。なるほどそういう楽しみ方もあるんだね」


 興味深そうに猫耳さんは頷いて、


「あーあ、ボクもその考えが思いついてればな〜」


 少し寂しそうに、コーヒーを啜った。


「それじゃあ、今から旅を始めれば……」

「にゃはは、それが難しいんだなぁ。自分から始めたことだからね〜」

「? それはどういう――」



 ビィンッ!



 俺の言葉を遮ったのは、釣竿だった。


 跳ね上がり、ルアーは水面で上下を繰り返す。


「き、来たあ!」


 慌てて竿を握る手に力を込める。


 リアルでもやったことがない初心者だけど、多分ゲームだし技術はいらないはず。とりあえず竿を力強く引いてみよう!


「ふんっ! ……ぉ、おおおおおおッ!?」


 ところが逆に、釣竿を引かれた。


 つ、強い! 重い! え、Fランクの釣り具なのに!


「ひょっとして……『主』?」

「ぬ、主!?」

「うん、このゲームではフィールドごとに釣りができるポイントがあってね。それぞれ主と呼ばれるレアな魚が住んでいるって聞いたことがあったんだ。その代わり中々苦戦するみたいだけど」

「へえぇ……ん、おわッ!?」


 ふわり、と。あまりの力に体が浮いた。

 何とか無事に着地できたけど、状況は変わらない。


「しっかし強運だねー、さすがウサギさん」

「わわわ……」


 何も反応を返せなかった。


 少しでも気を抜けば……いや、踏ん張っていても免れないだろう。海に引きずり込まれる、という緊急事態を。


「わーっ!」


 そして、遂に来てしまった。

 釣竿を持ったまま、宙を舞う俺の体。



 ――スッ、と。



 そんな時、だった。手の甲に熱を感じたのは。


 まるで、誰かが手のひらを重ねてきているような。


 直後、多大な水飛沫が舞う。


 けどそれは、俺が水面に突撃したためじゃない。現に俺は砂浜に尻餅をついている。


 つまりその逆、水の中から何かが飛び出したのだ。


 金、黄色じゃなく金。その一色で染め上げられた、何ともゴージャスな魚だった。体躯は俺と同じくらいあって、異常なほど巨大だ。


 色や大きさから、お店で高く売れるんだろうなぁ。


 間違いなく主であろうその魚は、俺の頭上に真っ逆さま。と、思いきや空中でひっくり返り、


「ほぶっ!?」


 俺の頬に、尾びれでビンタをしてきた。


 よ、読み取っていたのかな? 俺の考えを……。


 情けなく仰向けに倒れる俺。その顔を踏みつけ、再び空を泳ぐ金色の魚。


 向かう先はただ一つ、海だ。


「ざーんねん」


 その行動が、カチンと急に止まる。


 理由は、跳んだ猫耳さんが見事腕の中に捉えたからだ。


 ビチビチと抵抗するように暴れる金色の魚。


 あんなに巨大で力があるのに、猫耳さんは平然した様子でこちらに歩いてきた。


「へっへー、主ゲット!」


 そして、嬉しそうな笑顔を見せつけてきた。

 猫耳だからか、魚と良く似合うなぁ。


「ほら、ウサギさん」


 こちらに差し出してくる。

 でも、


 ビチビチビチビチィィッ!!


「ひぃっ!」


 ここで予想外の抵抗を見せた。


 非力なお前に渡った瞬間、往復ビンタを決めて海に戻ってやる……!


 こちらに向けられた魚の瞳には、そんな言葉が乗せられているような気がした。


「――ここにいたか」


 そして、二度目の予想外。


 振り返ると、先ほど宿屋であった鎧のプレイヤーの姿があった。


 相変わらず表情の見えない顔で、俺たちを見下ろしていた。


「あ……あはは、見つかっちった〜」


 戯けた口調で応える猫耳さん。


 けど、顔には苦笑いが浮かんでいた。


「……戻るぞ」


 魚を抱えたままの猫耳さんを捉え、脇に抱え出す。


 あ、危ない! スカート短いのに!


 そんな心配など気にしない様子で振り返り、俺に軽く頭を下げると、鎧さんは歩き出した。


「ま、待ってよ『エク』! これこの子のなの!」

「……む」


 エク、と呼ばれた鎧さんが足を止めた。


 ……でも多分、またビチビチ暴れられてもらうことができない気がするな。


 アイテムは、ほんのちょっと触れただけじゃポーチに入れることはできない。名称が刻まれたウィンドウが表示されるまで待たないと。……でも、あの魚がそれを許してくれるとは思えない。


 なら、答えは一つだ。


「あの、それ持っていってください」

「え、でも……」

「大丈夫です。それに俺は魚を釣り上げただけですから、最終的に捕まえた人の者ってことで」

「むー」


 ぶら下がったまま、納得がいかなそうな顔をする猫耳さん。


 けどすぐに、そうだ、と表情を明るくさせた。


「じゃあ『預かって』るよ!」

「預かる?」

「うん、この魚を軽々と持ち上げられるくらい君が強くなったら……その時に返すっていうのはどうかな?」

「で、でも捕まえてくれたのは」

「だってコーヒーのお礼まだ返してないもーん」


 う、うーん。どう考えてもお礼にしては高すぎると思うんだけど……。


 でもこの様子だと、何を言っても聞いてくれないよね。


「……分かりました。そうしましょう」

「よーし! ふふっ、楽しみがまた増えたなぁ」

「……行くぞ」


 今度こそ、鎧さんは歩き出した。


「じゃあねウサギさん! 待ってるね〜!」


 姿勢とは裏腹に、元気良く猫耳さんは去っていった。


「……それにしても」


 二人の姿が見えなくなってから、俺は呟いていた。


「……何であの時、海に引き込まれなかったんだろ」


 それは、金の魚と対決をしていた時のこと。


 俺は力負けし、海の方向へ吹き飛んだはずなんだけど……なぜか砂浜に尻餅をついていた。それに水面から飛び出したということは、誰かが引っ張り上げたということ。でも俺はあの時竿を手放していて……そうなると猫耳さんが全部?


「やっぱり、もらっておいて欲しかったなぁ……」


 なんかとても情けない気持ちになった。


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