54.ギャンブル☆インパクト!!
ウォーデルを反対側から出ると、そこはまたビーチだった。
規模は先日プレイヤーイベントを行った場所とほぼ同じだけど、周囲は高い岩壁に覆われていた。
……あれ、次の街に繋がる道は? 歩ける範囲が限られてるけど……まさか海を泳いで渡るのかな。
「こら、見る場所が違うでしょ」
くい、と強制的に顔を反対側に向けさせられる。
その先には一つ、街の建物と大差ない高さの灯台が聳えていた。
壁は色が褪せてそこら中にヒビが入っており、ずいぶん昔に建てられたのかな? と想像させられる。
とりあえず俺たちはその扉のない塔の入り口に向かい、足を踏み込んだ。
中は意外と広く、壁も床も外側と同じようにヒビ割れていた。まさか崩れたりしないよね?
心配になりながら辺りを見渡すと、左右に扉が設けられていて、前方に鍵のかかった門扉があった。
多分、左右の部屋が攻略に繋がるんだろう。
「どうしよっか、二手に分かれて探索する?」
「イヤよ」
即答。
「な、何で? せっかく二人なんだし」
「自慢じゃないけどあたし、戦闘苦手なの」
ドヤ顔で言われても。
「だから前衛はお願い。ある程度は援護するから」
「せ、積極的に協力して! というか俺も多分、そんなに強くないと思うんだけど……」
「苦手ってわけじゃないんでしょ?」
「それはそうだけど、俺の武器はブーメランで」
「近距離で振り回せば剣や斧と変わらないでしょ」
「で、でも……」
「えーいグチグチ言わない! 男の子でしょうが!」
「!」
お、男だって!?
「な、何よ。急に固まって……お、怒ったの?」
視界がボヤける。
「ええっ!? な、何で泣くの! ちょ、ちょっと本当にどーしたのよ!? お腹でも痛いの!? ほ、ほらヨシヨシしてあげるから!」
慌てふためきながらも髪を撫でてくれるクリス。
でも違うんだ、そうじゃないんだ。
「嬉しいんだ……!」
「へ?」
「この世界では……いやリアルでもそうだけど、初見で俺を男と判断してくれる人なんてほとんどないないんだ……だから嬉しくて、嬉しくて……!」
まさかこんな日が訪れるとは!
やっと俺にも成長期がやって来たんだ! これからどんどん男らしくなるぞー!
「そ、そっか。良かったね」
「うん! クリスのおかげだよっ!」
「…………さっきあの子が『お兄ちゃん』って言っていたのを聞いていたなんて言えないわよね…………」
「どしたの?」
「な、なな何でもないわよ! さ、早くいこっ?」
クリスに背中を押され、右の扉に入る。
その先は、丸い形をした広い一室だった。そして奥にぽつりと宝箱が一つ置かれていた。
「……罠、だよね?」
「……うん、アレはあからさま過ぎるわ」
でも、とクリスは続けた。
「近づかなきゃ始まらないわ。ほら、ゼン」
「了解です」
念のためブーメランを手に取り、俺は歩き始めた。
一歩、二歩、三歩、よん、
『――シャ、ギギギギギャッッ!!』
足を踏み出した、瞬間だった。
頭上から一体の敵MOBが姿を現したのは。
【サハギン】【Lv9】
全身を緑色の鱗に包んだ、あまり良い顔立ちとは言えない人型の怪物。背は俺よりも高い、くっそー!
特徴的なものとして。水かきがハッキリとした指の先にある、自身よりも長く鋭利な爪。あれを使って攻撃してくるのは間違いないだろう。
『シャァ!』
その通り、右の爪を振り下ろしてきた。
予測が当たったので、危なげなく横っ飛びで回避できた。……でも安心できない、相手の武器は二つ。
――バックステップ!
後ろに跳んだ瞬間、横薙ぎに払われた爪が俺の眼前を通過した。
そのまま俺はもう一度下がり、距離を取った。
「や、やるじゃないゼン!」
さらに後方から声が上がった。
目の前に集中しないといけないので振り返れないけど、恐らくここから遠く離れた距離にクリスは立っているんだろう。
「正直全然期待してなかったけど……普通に戦闘慣れしてるじゃない! 頼りなさそうな見た目してるくせにー! 凄いぞー!」
あれって応援なんだよね?
『シャシャシャシャ!』
声と同じく、敵の連打が始まった。
力任せに振り回し、俺の体を切り裂こうとする。
でも武器が長いためか、それほど速さはない。
『シャ』
「やっ」
声に合わせて攻撃を避け、カウンターをぶつける。
投げる、ではなく振るって利用するブーメランの威力は弱いけど、
『ブッ! ……シャッ!』
「ほっ」
『ゴバァ!? ……シャァ!』
「てーい!」
確実にダメージを与えられる。
「地味ー! ゼンすっごい地味ー!」
後ろからの応援を糧に、攻撃を続けていく。
『シャギ……』
けどHPが半分まで減少したところで、敵ことサハギンに新たな動きが。
先ほどの俺と同じように、バックステップを取ったのだ。そして俺の周囲を飛び跳ねながらグルグルと回り始めた。
思わず足を止めていると、
『シャッ!』
急に、間合いに踏み込んできた。
真正面からならカウンターを合わせられるけど、タイミングが分からないんじゃ危な過ぎる。
距離が空いたからブーメランの本来の使い方で攻撃することも……いやダメだ、動きが不規則過ぎて、
「――あたしの出番ね!」
その時だった。
さっきよりもだいぶ近くで声が聞こえてきたのは。
「く、クリス!? 危ないよ!」
「ふふん、それはこっちのセリフよ」
余裕のある態度。
ちょうどサハギンが俺の後ろに回ったので振り返ると、やはり近づいてきたクリスの姿があった。
「あたしの力、見せてやるわ!」
元気よく言い放ちながら手のひらを見せてくる。
見れば、指と指の間に一つずつサイコロが挟んであった。
よく分からないけど、武器……なのかな?
「……って、戦闘は苦手じゃなかったの!?」
「うん苦手。あたしはゼンみたいに敵を目の前にして軽やかに動くことはできないし、武器も使えない。それ以前に敵と対峙することが怖い。……でもさ」
クリスはニヤリと笑って、
「強さ、とは関係ないでしょ?」
手元のサイコロを、こちらに放り投げた。
足元で止まったそれらは『3』と『5』を上に向けて静止。
「ゼンッ!!」
その叫びは、何も言わずとも俺の背中を押した。
全力で地を蹴り、一目散に駆け出す。
『シャァ!』
同じタイミングで正面から突っ込んできたサハギン。俺は速度を変えずに最小限の動きだけで対応する。
頬に鋭い衝撃。
どうやらサハギンの爪がかすめたらしい。視界左上のHPゲージがほんの少しだけ減少し、
ド、ゴ、ォッ!!
爆発音と共に壁に激突し、半分以上削り取られた。
ズルズルと滑り落ち、うつ伏せのまま地面に崩れ落ちる。
「おー、生きてたわねー」
軽い足取りでクリスが駆け寄ってきた。
不思議とスッキリした表情を見せる彼女の後ろは、それはそれは大惨事な景色になっていた。
床は大きく砕かれ、真っ黒に焦げている。また、サハギンの姿はどこにもなかった。
「何が……起こったんだっけ?」
「『ギャンブル☆インパクト』」
「?」
聞いたことないワードに首を傾げるしかなかった。
「あたしの『サイコロ』スキルのバーストよ。ダイスの目によって爆発の規模とダメージが変動するの。……でもまぁ、賭け事とか好きだからよく使ってたんだけど、まさか攻撃系の技を覚えるとは思わなかったわ。数字を調整できる能力とか期待してたのに……」
後半は聞かなかったとして、なるほど。さっきの爆発はサイコロが原因だったのか。そして風圧に巻き込まれて俺は吹っ飛んだわけか。
「ありがとうクリス、正直見捨てられるかと思ってたよ」
「何言ってんの。あたしたちは仲間でしょ?」
そう言い、手を差し伸べてくれる。
けど、途中で動きは止まった。
「……仲間、か」
ぽつりと元気のない声をクリスはこぼして、
「みんな……」
だから俺は、その中途半端な手を取った。
「?」
「早くクリアしちゃおう。金策もしなきゃだもんね」
「……うん。ありがとうゼン」
クリスは柔らかく微笑むと、俺の髪を撫でた。




