53.本当の理由
ザッザッ、と水の都市を歩く。
「まずはクエストNPCに会いに行くんだよね?」
「そ、攻略には順序があるからね」
話しながら、明るい通路を歩いて行く。
「ねえクリス」
「どしたのゼン?」
「……これ、本当に怪しくない?」
俺が言っているのは、今の見た目のことだ。
【長いマント(黒)】ランク:F
効果
DEF+1
俺は今、露店で売っていた装備を利用して、顔から足元までを黒で覆い隠していた。
隣のクリスもまた、同じだ。
「逆に目立ってる気がするんだけど……」
「大丈夫よ。あたしを信じなさい」
盗みと脅迫を行った相手をか……。
「――いたか!?」
ふと、前方に忙しない動きがあった。
見れば、数人のプレイヤーが固まっていた。
「……仲間よ……」
反射的に、ごくりと生唾を飲み込んでしまう。
震えて可笑しくなり始めそうな足取りをなんとか抑え込み、少しでも疑心に思わせないよう努力する。
……でも待てよ? 考えてみれば俺は被害者。今ここで正体をバラして真実を話せば特に問題は、
「そういや仲間が加わったんだよなぁ?」
「ああ、そいつには延々と地獄を見てもらう」
「命乞いさえ聞かないわ。一方的に嬲りましょう」
俺は無言で彼らの横を通過した。
「協力、するでしょ?」
「……します」
それしかもう道はなかった。
というかクリスの仲間、怖すぎない?
怯えながら歩き続けていると、
「着いたわ」
クリスがマントから顔を出したので、続いて俺も露出させた。
広くなった視界の先は、防波堤だった。
見ればその突き当たりに十歳くらいだろう少女の姿があった。彼女は顔を上げてジッと何かを見つめている。
追うようにして顔を向けると、その先は街の中央。そしてそこには一回り大きな建物があった。ビルのような作りをしているその建築物は天辺に砲台のようなものが取り付けられ、高い位置から滝のように水を放出していた。
「あの子がクエストNPCよ」
クリスはそう言いながら歩み寄ると、屈んで少女の言葉に耳を傾けた。
「――もしかして、受けてくれるの?」
「ええ、任せておいて」
「やった!」
少女が喜ぶと、頭の中に電子音が響いた。
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【クエスト】七色の財宝
推奨レベル:10
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これがクエスト名か。
七色の財宝……名前からして高価そうだ。でも、あまり良い評判じゃないんだっけ?
「お兄ちゃんも手伝ってくれるの?」
考えていると、少女が輝かせた瞳をこちらに向けてきた。
「う、うん」
――『クエスト』を受注しました。
視界右下のログが更新された。
その場所をタップしてクエスト内容を確認する。
「わたしのお父さん、市長だったんだ」
少女の口が開く。
市長『だった』……か。
「でも、少し前に病気で……もう、会えないの」
悲しそうに表情を崩す少女。
「それでね、荷物を整理してたら地図を見つけたの。ずーっと前にね、お父さんに聞いたことがあったんだけど……何の地図か忘れちゃったんだ。ただ『財宝の地図』って嬉しそうに言ってたことは覚えてるの」
そして、ぺこりと頭を下げてきた。
「でもそれからお父さんは病気にかかっちゃって、結局財宝は……だから、お願いします! 地図の財宝を取ってきてください! お供えをしてあげたいんですっ」
「なるほど……」
クエスト内容を聞き終え、俺は横を向く。
その先には、こちらに背を向けるクリスの姿が。
「ね、クリス」
「何よ」
「もしかしてこのクエストを受けたのは」
「ち、違っ! 別にこの子のためじゃ……うおおッ!」
「むぃぃっ!? お、俺まだ何も言ってないよぅ」
頬っぺた抓られた!
……と思いきや、手を離してくれた。
涙目で見上げると、真っ赤な顔がそこにあった。
「……だって、可哀想じゃない……」
いつになく小さな声。
「……仲間たちにそれを言ったら凄く笑われて……『相手はただのデータだろ』ってさ……それでムッとして、アイテムを盗んじゃったっていうか……」
むーっと口を尖らせて、
「確かにデータ上の存在よ? でも……でも、やっぱり可哀想だもん。自分勝手なことをしたっていうのは自覚しているわ。後で必ず仲間全員分の『財宝の地図』の売値価格を用意して謝る。……許してもらえるかは分からないけど」
「分かった、行こう」
「へ?」
目を丸くさせるクリスに、俺は答えた。
「財宝を見つけに」
「えっ、ど、どうしたの急にやる気見せて?」
「確かに盗みはいけないことだけど……気持ちが分かったから。それに、俺もこの子のために頑張りたいんだ」
そう答え、顔を街の外に向ける。
場所は俺がついさっき抜けてきた場所とは真逆の位置。つまり新しいフィールド、新たな脅威。……こんな事態でなければ景色も入っていたはずだ。
「ゼン……」
顔を戻すと、瞳を輝かせるクリスの姿が。
そうやって見つめられると、少し照れちゃうな。
「――しゃあっ! ってことはお金も割り勘で出してくれるってことよね! あたしの気持ちを分かってくれたんだもんね! ゼンは優しいなぁ!」
一瞬でも良い人だなと思った自分がバカだった。




