【番外編】49.5.白ウサギと水着
これは、ゴタゴタが全て解決した、イベント開始時間直前でのお話。
場所は、海の家。
「カイト、見てみて!」
俺ことゼンは、今作成したトランクスタイプの青い水着を友人カイトに見せ付けていた。
「おお、中々いいじゃん」
「へへ〜」
自信作だったので、褒められると嬉しいな。
「んで? 誰かにプレゼントでもするのか? それとも店に並べる商品か?」
そんなカイトの質問に、首を傾げるしかなかった。
「どうして?」
「どうして……って、そのために作ったんだろ?」
不思議そうな顔を作るカイト。
うーん、何で『二つ』しか選択肢がないんだろう?
だから俺は、残りの一つを告げた。
「ううん、これは自分で着るために作ったんだ」
グーで殴られた。
「おぶぉッ!?」
「アホかお前は! な、なんて恐ろしいことをっ!」
「……お、恐ろしい? どこが?」
「バカ野郎! そこの鏡を見ろ!」
カイトが指差す先には、大きな鏡が壁に立てかけられていた。
とりあえず指示に従って覗いてみる。
そこにはやはり、白ウサギが映り込んでいた。
「見ました」
「じゃあ男性用の水着は身に付けんなよ?」
「えっ、何で?」
「自分の見た目が女だってことを理解しろって!」
うっ。そ、それは分かってるけど……。
でも心配ないはず。だって――
「――安心してカイト、体はちゃんと男だよ?」
「……ンなこと分かってるよ。でもな、お前が男性用の水着を着たら、こっちはなんとも言えない気持ちになるんだよ。イベント参加者たちもびっくりするだろうしな」
そ、それもそうか……。
確かに女の子が男性用の水着を着て歩いていたら、目を疑うに違いない。何かのバグかと運営に報告するか、または卑猥だと通報される可能性がある。イベントに大きな支障が出てしまうな……。
ゴールは目の前なんだ。ここでヘマは出来ない。
「分かった。……残念だけど、男用の水着はやめ」
「――待ちたまえよッ!」
鋭い声が、俺の言葉を遮断した。
見ればプレイヤーの一人が宙を華麗に舞い、優雅なフォームで俺たちの側に降り立った。
くいくい、とメガネを持ち上げるような動作を見せるその人物は最近知り合った友人、ゲイタだった。
「君のその発言、僕が取り消させてもらうぜよッ!」
何だこのテンション。
「ど、どうしたの? 頭でも打ったの?」
「イベントが楽しみすぎて可笑しくなってんだろ」
「な、なるほど……」
確かに、楽しみなことがあるとウキウキしちゃうよね。
……でも、そんなに? 性格が一変するくらいイベントが楽しみだったの? 今までそんな素振りは一度も見せなかったけど……。
ま、まぁいっか。楽しみなら何よりだ。それよりも、
「ゲイタ、取り消すって?」
「そのままの意味さ。君が水着を身に付けることを諦めるという発言をキャンセルさせてもらう!」
「……って言ってもよ。こいつの見た目だと……」
「安心したまえ!」
ゲイタは相変わらずのテンションでそう答えると、指で空中に素早く何かを描き始めた。
ふわり、と。
直後、たくさんの布切れが空中に出現し、ゆっくりと床に静かな音を立てて落ちていく。
それらはすべて、ラッシュガードだった。
「どうだい? これなら着ることが出来るだろう?」
「うおお……凄いなぁ……」
ラッシュガードは結構ランクが高い代物なんだけど。
驚きながら散らばったそれらを見ると、ピンクなどの明るい……女性が好んで身に付けていそうな物が多く見られた。
……そういや先日、同じくランクの高いメイド服を譲ってくれたことがあったよね。ゲイタは中々の裁縫スキルを持っているんだろうな。……何で女の子用のものばかり作っているのかは謎だけど。
「さあ、好きなのを選ぶといいよ」
「ありがとう。……ええと、何かお礼を……」
「はは。気にしないでくれ」
「いやダメだよ。高価な物だもん」
「うーん。そこまで言うのなら……」
ゲイタはちらりと水着を見て、
続いて俺を見てから、口を開いた。
「それじゃあイベントが終わった後に、その……レンタルした水着を返してくれないかい?」
「水着を?」
尋ねてみると、ゲイタは笑顔で言った。
「家宝に……したいんだ」
「家宝!?」
そ、そんなに大事な代物なの!?
「じ、じゃあやっぱり、借りるのはやめとくよ!」
グーで殴られた。
「何でぇッ!?」
「僕の気持ちが分からないのかい!?」
「だからこそだよ!?」
他人の家宝を汚すことなんか出来ないって!
「ええいっ! こんなチャンスを逃してたまるか!」
ゲイタは近くにあった水着を無造作に掴むと、
「うわあッ!?」
そのまま俺を目掛けて突っ込んできた。
なんとか横に跳んで回避したけど……目が本気だった。まるで小動物を狙うライオンのように。
「ゲイタのやつ、相当イベントが楽しみなんだな」
「ね、ねえカイト! 本当にそれだけかなぁ!?」
なんだか今のゲイタからは、何か違う……そう、強く欲望めいたものを感じ取れるんだ……。
……いや、考えてみればもっと前からそうだった。妙に寒気を覚えたことがあったけど、その時はいつだって側にゲイタがいた。距離も近かったっけ。
ゲイタは俺に……何かを望んでいるのかな?
「隙ありぃぃ!」
しまった、意識を目の前から離してしまっていた。
ゲイタの突進によって、俺は床に倒れ込んだ。
「ひゃう!」
背中に強い衝撃、そして腹部にも。
見れば、ゲイタが俺の上に跨っていた。
両手に可愛いラッシュガードを構え、荒々しい鼻息を立てながら血走った瞳でこちらを見下ろしてくる。
め、めちゃくちゃ怖いんですけど!
「ひいっ!」
「さぁ……ここにある全部いってみようかぁ……!」
「ええっ、一つだけじゃないの!?」
な、何で家宝を進んで汚そうとするんだ……?
「か、カイト! 助け――わぷ」
口元に、何かくすぐったい感触。
見ればゲイタの持つ水着の一つからゴムが伸びていて、それが俺の顔に降りかかってきたらしい。
乱暴な扱いをしたからかな? ……それにしても、このゲームは本当に凄いな。こんな細かいところまで作っているのか……。
「ッ!」
そんなことを考えている時だった。
ゲイタが俺の顔を見る目を見開き始めたのは。
表情には、なぜか酷い驚愕が伺える。
「ど、どうしたの……?」
「そうだ……こんなことをしている場合じゃあ!」
俺の質問に答えることなくゲイタは両手の家宝をその場に放り捨てると立ち上がり、振り返る。
そして奇声に近い叫びを上げながら、駆け出した。
扉を力任せに開き、ビーチに飛び出していった。
「……どうしたんだろ?」
「ホント楽しみだったんだろうな……ん?」
カイトもまた、俺を見る二つの瞳を見開いていた。
だがすぐに、ぷっ、と吹き出して、
「ぶはっ! おいゼン、何ヒゲ生やしてんだお前!」
「え?」
反射的に鼻の下に触れると、肌の上に何かがあった。ふわふわとして、くすぐったい。どうやら水着のゴムがまだそこにあるらしい。
貼り付けた状態で再び鏡を見ると、器用にゴムが唇の周りを囲むようにして置かれおり、確かにヒゲのように見えた。
それは、無精髭、のような形だった。
……でも、
この姿を見て、ゲイタは何を驚いたんだろう?




