47.光明を求めて
大変遅くなりました!
「――総員、かかれっ!」
ゲイタの指示を受け、一斉に地を蹴る男たち。
向かう先は青い海に浮かぶ、木製のボート。
数十隻ほど存在しているそれらは『木工』と呼ばれるスキルを持つスタッフたちが作成してくれたものだ。
理由は、敵にダメージを与えるためには足場がいる。泳いで近づくことができるけど、水の中じゃ身動きが取れないからだ。
……でも、これを利用しても動きは制限されてしまっている。船上じゃ大きな動きはできないもんね。
だが、俺たちは向かわなければならない! イベントを必ず成功させるために!
……のはず、なんだけど。
「ねえゲイタ」
「ん、どうしたんだい?」
「どうして……俺は行っちゃいけないの?」
そう、俺はゲイタと共に砂浜に残されていた。
ゲイタは指示を出すからとして、俺はここにいても仕方ないはずだ。少しでも敵の体力を減らすために、船に乗り込んだ方が良いと思うんだけど。
そう考えていると、ゲイタが笑顔で口を開いた。
「僕が冷静でいられるためさ」
「冷静? ……う、うーん?」
「僕だって人間だ。上手くいかなければパニックに陥ることだってある。そうなればこの戦いに勝利することは難しいだろう。だからそのためにさ」
「? そのために……俺が必要なの?」
「必需品さ」
そう言い、ゲイタは真っ直ぐな目で俺を見つめてくる。
な、何だろう。俺の顔に何かついてるのかな……。
それにこのフィールド内は項垂れるような暑さが包み込んでいるはずなのに、ぞくっと寒気が。
イベントが終わったら、風邪薬を買ってこよう。早めの対策が肝心だ。
「「――オラァッ!!」」
気づけば、一隻のボートが敵の側まで迫っていた。
そこから近接武器を装備したスタッフ数名が、黒い三角形の物体に向けて武器を振るう。
少し離れた位置だけど、壮快な音が耳に入る。それに深いエフェクトが刻まれたことから、かなりのダメージが入ったはずだ。
そのまま追撃を加えようと、武器を振るって――
『ズァ……!』
その時だった。ノイズのような音が聞こえたのは。
スタッフたちは少したじろいだが、構わず攻撃を続けていく。
『ズァァ……! ル、ルル……!』
二度目の雑音。それは長さを増していた。
「……唸り声」
静かに、ゲイタが呟いた。
「唸り声?」
うーん……確かに聞こえなくはない、かな?
でも、だとしたら嫌な予感がする。
「ねね、ゲイタ。ここはみんなを下がらせた方が良いんじゃないかな」
「そうだね。……でも、このまま様子を伺おうと思う。敵がどんな行動に出るか見たいんだ。時間は限られているし、とにかく情報が欲しい」
……確かに、俺たちは敵がユニークモンスターだということと、レベルが高いことしか知らない。
闇雲に突っ込んだだけじゃ絶対に勝てないし、隙とか弱点とかを理解しなきゃならない。
「良いぞ! そのまま攻め続けるんだ!」
「お――」
ドバァンッ!
ゲイタの言葉に答えようとした雄叫びが、さらに上回る爆音によって遮られた。
それは、水飛沫が上がったことによって発せられた――そしてもう一つ、
『ズァ、アアァ、ルルシャアァ――ッ!!』
その中から上空に発射された、巨大な影によって。
一瞬、言葉を失った。
水面から飛び出ていた背ビレだけでも俺たちより巨大だったのに、それが小さく見えるほどの巨体。
背中は黒、腹は白。面白みのない色を持つ怪物は、口に何か小さな物を咥えていた。
それは、ボートだった。
敵と比べると小さいそれは、バキバキと悲鳴を上げて砕けていく。……船上には、数人のスタッフたちがいたはずだ。つまり……。
「狼狽えるな! 攻撃を続けるんだ!」
無慈悲な指示が、ゲイタの口から放たれる。
……でも、正しいのかもしれない。しんみりとしている時間はないんだ。今は倒すことだけを考えなきゃ!
それにサブダンジョンの時とは違って、またみんな戻ってこれる。苦しいけど……耐えるんだ!
「よくも同胞を……!」
「喰らいやがれデカブツがぁっ!」
怒鳴りながら突撃したのは、カイトとアニキさんだった。
それぞれ別のボートに乗っている二人は、左右に回り、同時に攻撃を繰り出そうと試みる。
『ルギ、シャアアッ!!』
しかしその行動は、強制的にキャンセルされた。
理由は、敵が放った咆哮。
怒りを醸し出すその声量はカイトとアニキさん、それと仲間たち全員の動きを止めた。
彼らのHPゲージを見ると、その下に『驚』という文字が表示されているのが分かった。
「『ショック』か……!」
してやられた! と言いたげな顔を作るゲイタ。
「ショック……って、アレだよね? 確か一定時間、行動が不能になるっていう……」
「そうだ。……くそっ、最悪の展開だ。こうなってしまったら、彼らはもう――」
珍しく冷静さを欠いたゲイタが何か言い終える前に、敵はもう行動を開始していた。
それはそれは、悪い意味で爽快な光景だった。体制を元に戻した敵は大口を開け、周囲に浮かぶボートを目掛けて突進したのだ。
一切のブレを見せることなく飲み込まれていく仲間たち。全員いなくなるのに、時間はいらなかった。
「そんな……」
「……仕方ない、今回は諦めるしかないだろうな」
改めてゲイタは冷静を取り戻したようにそう言い、
「な、何……ッ!?」
再び、目を見開いた。
そのまま、ギリッと悔しそうに歯を食いしばって、
「オート回復もあるのか……!」
ゲイタの視線を追うと、敵の頭上が見えた。そこに表示されているHPは満タンだった。
……満タン!?
「さ、さっきダメージを与えていたはずなのに!」
「あれがバハムート・シャークの持つ効果なんだろう。それにもしかしたら、まだ別の効果もあるかもしれないな……」
ぐっ、さすがユニークモンスターなだけある……。
そもそも今の俺たちが挑んでいい相手じゃない。レベル差があり過ぎる。
やっぱり、無理なのかな……。
――ズザザッ!
「……ん?」
何か音が聞こえる。
それは前方から。こっちに近づいてきているような。
――ズザザザッ!
どんどんその音は迫ってくる。
反射的に顔を上げると、
「う、うわあっ!?」
先ほどまで遠くにあった巨大なヒレが、目の前にあった。音の正体は、敵が距離を詰めてきていたからだったんだ……!
効果だけで厄介なのに、スピードも桁違いなんて!
指示を出していたゲイタと俺は底が深くなる手前の浅瀬に立っていたので、場所的に十分敵の攻撃範囲に入ってしまっている。
早く逃げ――
『ルギ、シャアアッ!!』
何やらデジャヴを感じる咆哮。
視界左上にアイコンが出現したのを確認することもなく、体の自由が蝕まれたことを理解できた。
恐らく隣のゲイタも、同じように硬直しているはずだ。
目の前の暗闇が深くなる。
喉奥に広がる漆黒の先に、俺たちもまた誘われることになるんだろう。
覚悟を決め、俺はゆっくり目を瞑る。
「戦いから目をそらすとは、まだまだじゃねえか」
その直後、聞き覚えのある声が耳に届いた。
不思議と安心する、頼もしさがある野太い声。
ハッ、とすぐに目を開く。
眼前に広がるのは、眼前にあるのは変わらない漆黒だった。それはずっとそのままだった。
呆けていると、左上からアイコンが消滅した。どうやら硬直時間はそれほど長くないらしい。
上を見る。そこには鋭利な牙が並んでいた。
下を見る。そこにも鋭利な牙が並んでいた。どちらも俺に届く直前で静止していた。
次に横を見る。ゲイタがいるはずのその方向には、剣があった。俺より高い全長を持つそれは牙の隙間に突き刺さり、柄は頭上の牙を止めていた。
最後に、後ろを振り返る。
「……あ」
そこに立っていたのは、大柄の男。
「あ、ああ……」
屈強な肉体に包まれた上半身をほとんど露出させた皮製の鎧を着込んでおり、とても強そうだ。
他に特徴といえば、右目の傷と無精髭。
それは、俺がよく知る……いや、あまりよく知らないけど親しみのある謎の人物だった。
「おじさん……!」
「久々だな、迷える子兎よ」
相変わらずよく分からない言動と共に、その人物はニカッと笑った。
改めまして、大変遅くなって申し訳ございません。
次の更新はなるべく早くできるよう努力します!




