【番外編】白ウサギとかまくら②
中に入ると、不思議と寒さはなくなった。
それに時間も変わって夜になったから……内部がどうなってるのかよくわからないかも。
「かまくらといったらコイツだろ」
おじさんはそう言うと、何か道具を取り出した。それは網が乗った……確か七輪と呼べる調理用の炉だ。
中に入った木炭に宿る火が、明るくはないが辺りを照らしてくれる。
そこは、おじさんと俺が寝転がっても充分に人が腰掛けることができるくらいに広かった。
「二人でよくこれだけ大きなの作れたなぁ」
「ま、システムの補正があるからな。実際にはもっと細かくやらなきゃいけないことがあるし、疲労もある。……それよりも、オラよ」
おじさんの言葉に続いて、七輪の上に二つ光が宿る。
それらはすぐに正体を表した――お餅だ!
正方形のそれらは、すぐにキツネ色の焼き色が宿り、おじさんがひっくり返すと、まるで風船のように表面が膨らみ始めた。
そこに、醤油ダレを塗っていく。
「うおおぅ……!」
鼻にやって来た香ばしさに、思わず歓声がこぼれ出す。加えてよだれも。
おじさんが用意してくれた皿に餅を乗せると、早速いただく。
「あちち……」
熱でヒリヒリとした舌は、
「んまっ!」
すぐに甘辛い醤油ダレによって上書きされる。
みょーん、と伸びるところもちゃんと再現されており、モチモチとした歯応えもたまらないっ。
「おいしー」
再び、俺は味の感想を口に出していた。
「まあ、こんなモンか」
あまり良い表情を浮かべていなかったおじさんだけど、皿の上に餅はもうなかった。
「うし、どんどん焼くぞ」
今度は四つの餅が七輪に出現した。
パチパチと耳に届く火の音。
そして静かに光る木炭を見つめていると、何か胸の中に儚さが宿り始める。
「寂しいか?」
おじさんからの言葉。
ど、どうして口に出してないのにわかるの?
けど、その理由を聞くよりも……今は聞いて欲しかった。
「……最近、よく思うんです」
俺は話しながら立ち上がり、入り口に向かう。
夜空の下で、遠くに見えるビルディックから放たれる鮮やかなライトを眺めながら、言葉を続けた。
「こうリアルで忙しい日が続いて、みんなに会える時間が少なくなって……みんなゲームから離れていったら……なんて」
「まぁ、MMOならよくあることだな」
「うん……だから、このままみんないなくなっちゃうんじゃないかって思ったりしちゃって……」
最近は一緒にPTを組むことが多く、チャットや電子メールを使用することなんて毎日だ。
それらが急になくなったことによって、不安になっている自分がいる。
「形はどうであれ、別れはいつか必ず来ることだ。今ビクビクしたところでどうにもなんねえぞ」
「う、うーん。わかってはいるんですけど……わっ」
ぼふんっ、と頭に優しくも重い衝撃。
それはおじさんの手のひらがのしかかったからだ。
「なら、簡単な話だ」
ぐりぐりと脳天を抉るように撫でながら、
「――今を存分に楽しめば良い」
おじさんは、そう言った。
……でも、そうしたらなおさら……
「そうだな。なおさら別れが辛いだけだ」
相変わらず口に出さなくても悟るおじさん。
でも、もう驚かない自分がいた。
「だが、楽しい思い出は消えないもんだろう? だから仲間たちと有意義な時を過ごせば過ごした分だけ思い出が膨らむわけだ。いつでも思い出せれば寂しくねえだろ?」
「そ、そういうもの?」
「そういうモンだ。俺はそうやって悲しみを乗り越えてきたぞ。……今でもこう目を瞑れば、今までの出来事が鮮明に思い出せる。仲間たちの声が聞こえてくる……ああ、アレックス……ビアンカ……」
日本人じゃないのか。
……でも、それはそれは嬉しそうな顔をおじさんは作るので、俺も同じように目を閉じてみる。
『――ン』
おお、本当だ。声が聞こえてくる。
近くから……いや少し離れた位置からかな? 何を言っているのかわからないけど、聞こえてくる。
『ぜ……ん』
次第に声が大きくなり、よくわかるようになった。
そうか、俺の名前を呼んでいたんだなぁ。
……でも可笑しいな。俺はまだ目を瞑っただけで、何も考えていないんだけど。
「――ゼン!」
「わっ!」
大声が放たれ、反射的に目を開いてしまう。
それは心の中なんかじゃなくて、完全に外側から聞こえたものだったからだ。そして目の前には、二人のプレイヤーが立っていた。
片方は金髪の少年。もう片方は栗色の髪の少女。
どちらも俺がよく知る人物だった。
「……カイト、ナギ……?」
「おうそうだよ。何だってんだぼーっとして」
「眠かったらログアウトした方がいいですよ?」
目をゴシゴシと擦る。
二人の姿はむしろ鮮明に見えた。やはり本物だ。
「二人とも……何でここに? お出かけは?」
「あ? 今日は出かけ先の予定を決めただけだぞ?」
「えっ」
わわ、聞き間違えてたのか。
「どうせカイトが変な言い方をしたんでしょう?」
「ンなことねえって。出かける予定があるからって伝えたよ」
「ごめんなさい、ゼン。この人のせいで勘違いを」
「あ、あれっ?」
……なるほど、カイトの説明が欠けていたのか。
何がともあれ、二人が来てくれて嬉しい。
「――噂をすりゃあ何とやら、だな」
今度は、おじさんの声だった。
次に、くい、と外に向かって顎を突き出し始めたので、俺はその方向を見た。
「……あ……!」
そこには、
「おーい。ウサギさーん」
「おうおう! 立派なモン作ったじゃねえかオイ!」
ハナビさんとデレデレとした表情のアニキさん。そして舎弟さんたちの姿が。
アニキさんの顔が心の底から幸せそうなのは、想い人を背負っているからだろう。
「あれ、みんな用事は?」
「ふふ。クリスマス会の準備が早く済んでね。ウサギさんに会いたかったからログインしたの」
「俺たちも早く終わったからな。……そ、それにその……あ、あね……姉さんに、あ、会いたく……」
「アニキ! 頑張って!」
「あの様子、まるで恋する乙女のようだ……」
「正直キモいっスよね」
す、凄い偶然もあるものなんだなぁ……。
みんな同じタイミングで集まってくるなんて。
「おお? スゲー良い匂い!」
「かまくらにお餅……わはぁ……! テレビでしか見たことないです……!」
瞳を輝かせて内部を覗き込むカイトとナギ。
アニキさんとハナビさんもそれに続く。
「わぁ……これがかまくらなのね……!」
「お、七輪か。肉を焼きてえなぁ」
「秋刀魚も良いっスよ!」
「うぐー、貝焼きてえー!」
「ビール欲しいなぁオイ!」
わいわい、と騒がしくなるかまくら周囲。
それが気になったのか、他にもプレイヤーたちが集まってきて、
「なになに〜? 何の騒ぎ?」
「うお! かまくらじゃん! しかもデカい!」
「なつかしー! 子供の頃によく夢見たなぁ……」
気づけば、まるでパンダの子が生まれた動物園のような賑わいを見せていた。
「俺も七輪持ってるぜー!」
「じゃあもう一つかまくら作るか!」
「さんせーい! んじゃ食材買ってくるー!」
「お、おぉ……」
予想もしていなかった出来事に、俺は目を丸くさせるしかなかった。
「まぁ、MMOならよくあることだな」
デジャヴを感じるおじさんのセリフ。
「嬢ちゃん、ほら」
そして眼前に浮かぶウィンドウ。
半透明のそれには、トレードの画面が映し出されていた。
「料理素材をやる。楽しい思い出を作って来い」
そう言うと、おじさんは振り返った。そのままプレイヤーたちがいる場所とは別の方角に向かって進み出す。
「お、おじさん。どこへ?」
「こういう騒がしいのは若いモンがやるべきだ。おっさんは消えるぜ」
振り返ることなく、おじさんは歩いていく。
先の見えない暗闇に向かって。
――だから俺は駆け出し、その手を取った。
「ん? どうした」
「……おじさん、言いましたよね。楽しい思い出は消えないものだって」
「そうだな。それがどうした?」
「多分、これからかまくら作りや料理で忙しくなるから……おじさんの力が必要になると思うんです。楽しい思い出を作るためにも。それに――」
「――思い出の中に、おじさんもいて欲しいです」
おじさんの目が、一瞬だけ見開かれたような気がした。
だがすぐに表情を戻すと、ふっ、と笑って、
「……ったく、敵わねえな」
そう言うと、こちらに戻ってきてくれた。
「わっ」
そして再び、ぼふん、と髪に手を置かれる。
「仕方ねえ。今日は嬢ちゃんに従ってやろう」
やれやれとした感じでそう言うと、かまくらを作るプレイヤーたちの元へ歩いていった。
ざくざくといった足音。わいわいといった歓声。
夜空の下で、プレイヤーたちはそれぞれ賑わいを見せていた。それはそれは、みんな楽しそうに。
「おーいゼン、何ぼーっとしてんだよ!」
「ウサギさーん」
「嬢ちゃーん!」
みんなが、呼んでいる。
俺はおじさんの背中を追いかけるようにして、その場から走り出した。
これからどんな出来事が起こるのか、まだ想像できないけど……一つだけわかることがある。
今日が、深く思い出に残る一日になることを。
メリークリスマスです!




