46.イベント当日
遅れました!
色々あったけど、水着は飛ぶように売れた。
イベントを元々知らなかった人も店を訪れてくれたし、当日はたくさんのプレイヤーが集まってくれるだろう。
そんな期待をしているうちに、時間は経過して――
時は、イベント当日。
リハーサルの最終確認をするため、開始時刻の数時間前にスタッフたちは会場に集まっていた。
といっても、俺は少数の仲間たちと共に相変わらず水着を作るだけだ。もしかしたら当日になってイベントに参加したいと考えるプレイヤーがいるかもしれないし。
さあ、バリバリ作るぞー!
『好きだ』
燃え上がったテンションが一瞬にして鎮火した。
たった今ゲイタから来たメールによって。……び、びっくりした! 急にどうしたんだ!?
混乱していると、二度目の電子音が響く。
『すまない。打ち間違えてしまった』
その文面を見て、ホッとする。
だ、だよね。そうだよね! 驚いたよー!
『大丈夫だよ。落ち着いて』
そうメールを返すと、すぐに返事がきた。
『ありがとう。実は、水着売り場をビルディックとイベント会場に置こうと考えていてゼン君には海の家にある商場で水着の販売係をして欲しいし僕の目の保養として側にいて欲しいから来てくれないか、と打とうと思ったんだが……ちょっと間違えてしまったね』
ちょっと?
い、いや『好きだ』ってたったの三文字だよ?
どうやったら間違えるんだ……!?
「――ハッ!」
そこで、俺は気付いた。
ゲイタが送ってきた最初の文面が間違いじゃないということに。
だって、普通に考えてあり得ないもんね。
そう、あのメールは――
「……相手を間違えたんだなぁ」
そうだ、きっとそうだ。
だから『目の保養』とか『側にいて欲しい』だとか変に作り話を書いて誤魔化そうとしているんだな!
そういうことは贈るべき相手に言わないと。
というわけで、俺はこうメールを返す。
『分かった。……でもそういうセリフは好きな人に言わなきゃダメだよ?』
『好きだ』
一瞬にして返ってくるメール。
……あらら、また打ち間違えちゃってる。
打ち間違えだということを知らせた後、俺はイベント会場であるビーチに向かって歩き始めた。
一人だけど、ボーナスクエストに比べれば一望の丘は何の問題もなかった。迷いの森も抜け方は分かっているから、駆け抜ければいいだけだった(目の前に現れたMOBは『ウィンドエッジ』で吹き飛ばした)。
そして潮風の吹く大地に、俺は足を踏み入れた。
ほら耳をすませば、興奮によって放たれた仲間たちの叫びが――
『ふざけんなあああああああッ!!』
『くそったれええええええええ!!』
『こんな時に限ってよォ!!』
悲痛な叫びが。
な、何でだ!? 昨日まで、みんなこの場所で水着姿の美女がたくさん集まった姿を想像して、唾液を撒き散らしながら多大な歓声を上げていたのに。
当日なんかになれば、もっと幸せそうな態度を見せるはずだと思っていたんだけど。
「……ッ、くそォ!」
俺は握り込んだ砂を海に向かって力任せに投げつける幼なじみの元に向かう。
「か、カイト。何かあったの?」
「何かあったもクソもねえ! アレを見ろ!」
アレ?
カイトが指差す方向……真っ直ぐ先にある海を、俺は細目で見つめてみた。
ゆらゆらと揺れ動く綺麗な青色が遥か先まで広がっていて――その中を、俺やカイトよりも大きな黒い物体が泳いでいるのが分かった。
色は黒く、形は少し丸みのある三角……かな。
それは何だか、凄く見覚えがある。だがここではない場所、リアルの方でだ。パニック映画などでよくキャラクターを地獄に落としていく、あの……
「サメ、だね」
背後からの声。
振り返ると、そこにはゲイタの顔があった。……密着しそうなくらい近距離に。
「わっ」
驚いて、失礼ながら飛び退いてしまう。
だが、間髪入れずにゲイタは歩み寄ってきて、
「どうやらヤツは『ユニークモンスター』のようなんだ」
「ゆ、ユニークモンスター!?」
驚愕によって、俺は声を張り上げてしまう。
ユニークモンスター。
それは【セカンド・ワールド】に存在する特殊なモンスターのことだ。
出現条件は不明。分かっているのは、数あるフィールドのどこかにランダムで出現するということだ。
加えてレベルは高く、倒すのは困難。……だが討伐に成功すれば、かなりレアなアイテムを落とすそうなので、普通は出会えたらかなりラッキーだけど……今の俺たちにとっては邪魔でしかない。
俺は目を凝らして、黒い物体を集中して見る。
【バハムート・シャーク】【Lv48】
「よッ!?」
思いがけない数値に、もう叫ぶしかなかった。
あんなのがいたら、海に入れない……!
それは即ち、イベントに大きな……大き過ぎる支障が!
「なぜ、今日という日に限って……!」
「くそっ……くそォ!」
「俺たちに幸せは訪れてくれないのか……!」
項垂れる仲間たち。
……でも、それは当然だ。ここまで苦労を重ねてきたのに、最後の最後でこんな事態になるとは。
すべてが台無しになってしまう……!
「――倒せばいいんじゃねえか?」
その一言は、一番海に近い位置に立っていた厳ついスキンヘッドの男。
アニキさんの口から放たれたものだった。
「た、倒す?」
「無理だ。敵うはずがない」
「実力差があり過ぎる」
「俺はやるぞ」
アニキさんはメリケンサック出現させ装置すると、さらに硬質になった拳を合わせた。
鈍い轟音の余韻が消えてから、言葉を続ける。
「ここまでやってきて諦めるのかよ? それに諦められない理由がある……お前らはどうなんだ?」
静かな怒りが込められた声。
だが何か胸に染み渡るものがあり、俺たちは自然と自分の胸元の衣服を握り込んでいた。
「……一人でカッコつけんなよ、アニキ」
その中で、立ち上がる人物がいた。
「いつ俺が諦めたなんて言った? やるに決まってんだろうが!」
それは、カイトだった。
リーダーが熱意を見せたことによってか、周囲の仲間たちは戸惑いを見せていたものの、やがてみんな力を取り戻していく。
アニキさんの言葉も聞いたのか、それぞれ高らかに諦めたくない理由を咆哮を放つ。
「彼女を作るんだ! 普段外に出ない俺は、今日が勝負なんだ! 人生を変えたいんだ!」
「水着姿の美女が見たい! 肌の露出を見たい!」
「はぁはぁ水着! はぁはぁん!」
聞くに耐えない。
「「「…………」」」
呆れていると、立ち上がった仲間たちがこちらに顔を向けてきた。
ジッ、と。まるで「お前はどうなんだ?」と尋ねてきているかのようだった。
……さすがにここで首を横には触れない。それに俺は元々縦に頷く予定だった。
拳を高々と突き立て、こう告げる。
「俺も戦うよ!」
「それ、なら指揮は……僕が取ろぉう」
耳元から、何かとろんとした声が一つ。
なんかスンスンと匂いを嗅いでいるような音が聞こえた……いや、気のせいか?
そんな疑問を覚えていると、いつも通りの冷静さを取り戻した声で、ゲイタは言葉を続けた。
「今から作成会議を行う! まずは相手の行動パターンを読み取る必要がある! イベントのために犠牲となる覚悟がある人は立候補を頼む!」
その言葉に、手を挙げない者は存在しなかった。




