45.水着販売
夜遅かったため、販売は明日ということになった。
そして時刻は過ぎ、翌日の午後。
「――い、いらっしゃいませっ!」
俺はビルディックの商店街にある『商場』にて、歩み寄ってきてくれた若い女性プレイヤー二人に深々と頭を下げていた。
……メイド服を身につけた状態で。
それにしてもこの服、スカートの丈が異様に短い! 気を抜いていたら見えちゃうって! ……手前がカウンターで覆われていて、本当に良かった……。
ちなみに商場とは、プレイヤーが自由に物の売買を行って良い場所となっている。このゲームは自分の店を立てたりすることもできるため、商品の価格に制限がかけられていたりするけど問題ない。
水着が売れればそれで良いのだから!
「へぇ〜、これ可愛い! イベントには結構人が集まるだろうし、良いものを選ばないとね。素敵な出会いがあるかもしれないし!」
「ねー! ……でもラッキーよね。リアルじゃ遠出になるから海は諦めてたけど、まさかゲームの世界で行けるなんて! ああ楽しみだなぁ……」
イベントを知っているということは、カイトのブログを見てくれた人たちなのだろう。
「店員さんこれくださーい」
「かしこまりましたー!」
指定されたのは、ビキニとフリルの水着だった。
……正直な話、かなり危ない水着は手前のカウンターに出していなかったりする。並べているのは、普通の水着と微妙に際どい物だけ。作っている時はワクワクしていたけど、いざ異性に見せ付けるとなると……反応が怖いです。
「はい。お待たせしましたー!」
「ありがとー、可愛いウサギのメイドさん」
「機会があったら一緒に遊びましょ〜」
上機嫌に店を後にする二人の女性プレイヤー。
良かった。喜んでくれて何よりだ。……普通の水着でも充分に際どいし、出さなくていいんじゃ。
――ピピッ。
頭の中に響く機械音。
電子メールの知らせだ。どうやらカイトからみたいだけど。
『売れ』
ビクッと、飛び上がるしかなかった。
隈なく辺りを見渡してみても、金髪のプレイヤーはどこにもいない。……と、というかカイトはビーチにいるはずだ。何で俺の行動が?
疑問しか浮かばなかったので、尋ねてみると、
『ゲイタから聞いたんだ。ビビらないで売れよ』
そう返しが来た。
ああなるほど、ゲイタから聞いたのか。そっかー。
――ビクゥゥッ! と、さらに身体を震わせて、俺は辺りを忙しない動作で見渡した。
……頭の良さそうな黒い七三分けは見当たらない。
お、可笑しい。ゲイタはさっきビーチに戻っていったはず。……いや考えてみれば、何でゲイタはビルディックにいたんだろう。イベント会場での仕事は大変になるだろうからそっちに専念する、と。そう言っていたはずなのに。
――ピピッ。
またも電子音が。
確認すると、差出人はゲイタだった。
『ちょっと気になってね。見回りに来たんだ』
ああなるほど。だから……
……い、いやっ、いやいや可笑しい! 何で俺の考えが分かったの!? 口に出して言っていないのに! というか近くにいないのにっ!
『ごちそうさま。それじゃ僕は戻るね』
次に送られてきたメールには、そんな文字が。
ご、ごちそうさま……?
……分からない。分からないことだらけだ。それにさっきから寒気が止まらない。
きっとスカートの丈が短いからだな、くそー。
「ごめんくださーい」
カウンター越しに、声が一つ。
……おっと、いけない。気を取り直さないと!
「いらっしゃいま――」
そこで、俺の口は完全に動きを止めた。
栗色の髪を持つ、真面目そうな美少女の顔を間近で捉えて。
それは、俺の幼なじみの幼なじみで……。
「な、ナギ……いらっしゃい」
「ゼン、やっぱり君はそういう趣味が……」
「やっぱりって何!? 違うよこれには訳が……!」
「いいんです。自分に正直になって良いんですよ」
……ぐ、ぐふっ。優しさが逆に胸を抉る……。
カイトのおちょくりとは、また違ったダメージだ。
「そ、それよりも! 水着を買いに来たの?」
「ええ。カイトのブログでお店のことを知りまして……せっかくだからわたしもイベントに参加しようかなって思いまして」
「おお! それは嬉しい……あ。それよりも多分、カイトはこういった水着の方が好きだと思うな」
「なッ! べ、別にカイトのためじひゃ!」
お、おお……本当に分かりやすい。
ぷしゅー、と赤くなった顔から煙を立たせるナギは、何だかんだで俺が進めた水着を買っていった。
ナギもカイトも喜んでくれるといいな。
「……あら?」
そう願っていると、目の前の通路から声が。
見ると、そこには漆黒のポニーテールが特徴的な美しい女性プレイヤーが立っていた。
いや、彼女だけじゃない。周囲にはガラの悪そうなプレイヤーが何人も立っていて、ギロリと辺りを睨みつけている。まるで何かに警戒をしているかのように。そして彼女を守っているかのように。
「ああ、やっぱりウサギさんだ」
美女は少し離れた位置から、ふりふりと手を振ってくる。
そんな彼女は、俺のフレンドの一人だった。
「あ、こんにちはハナビさん。いらっしゃい」
「あらお店をやってるの?」
「はい。良かったら見ていってください」
俺の言葉にハナビさんは、仲間たちに支えられながらゆっくりとカウンター前までやって来る。
「へえ〜、水着かぁ(パシャ)」
「そうなんです。実はイベントが――」
「……ふむふむ。わぁ、楽しそうね(パシャ)」
「あの、ナチュラルに俺を撮るのやめてください」
そう言うとハナビさんは、えー、と口を尖らせて、
「ふふ。だって凄く可愛いんだもの」
最後にもう一度フラッシュを焚き、ハナビさんはようやく手に持ったカメラを消滅させた。
「まさかウサギさんにそんな趣味が」
「違います!」
「むしろ本当に女の子だったり」
「断じて違います!」
「……く、ふふっ」
可笑しそうに笑うハナビさん。
……ちょっと悔しいけど、ハナビさんがご機嫌で何よりだ。どうやらプレイヤーキラーたちとの戦闘を楽しんでいるという話は本当らしい。苦しかったらこんな笑顔は作れないはずだ。
「さーて、どんなのにしようかしら……」
「あ、姉さん! 俺はビキニが!」
「何をバカなことを! ワンピースが一番だ!」
「すっ、スク水! 胸元に名前をつけたやつをぉ!」
一斉に提案を上げるガラの悪そうな仲間たち。
血走らせた瞳をいっぱいに開いて、唾液を撒き散らしながら欲望をぶつける姿は、あまりにも醜くかった。……俺たちもあんな感じだったのかな。
「ウサギさんだったら、どれを着て欲しい?」
「えっ」
こ、これは責任重大だぞ……!
ビキニ? ……いや、ちょっと恥ずかしいかな。肌を大きく露出させちゃうし。……見てみたいけど。
ワンピース? う、うーん子供っぽいとか怒られたりしないかなぁ。見てみたいけど。
スク水? ……論外だ。ちょっと気になるけど。
「どうしたの? ふふ、照れちゃったかな」
「あ。え、えーと! これなんか良いと思います!」
恥ずかしくなったので、適当に水着の一つを手に取る。
そして、ハナビさんに見せつけた。
――紐を。
水着……とは言い難いピンク色の紐。恐らく身体に巻きつけて装着するのだろう。
少し太いから、確かに大事な部分はギリギリ隠せそうだけど……こ、こんな水着があるの?
誰が作ったんだ……そして、何で俺はカウンターに出してしまったんだ!
多分気づかずに、普通の水着と一緒に並べちゃったんだろうけど……こ、これはマズいよな……?
ちらり、とハナビさんを見る。
「…………」
顔を真っ赤に染め、口をパクパクさせていた。
やがて、ぷるぷると身体を震わせながら、普通の水着を一つ手に取って、
「そ、そそ……そうよ、ね。ウサギさ、んも……男の子、な、なんだもん、ね……で、でもわたしにはちょっと……」
「わ、わー! 冗談っ、冗談ですよー!」
結局、俺の言葉はハナビさんの耳に届かなかった。
真っ赤な顔と、さすがにそこまでは……、と真っ青にしたガラの悪い男たちの顔を、静寂の中、泣きながら俺は見つめるしかなかった。
ちょっとまた次の更新が遅れます!




