42.男たちのボス戦②
「ンなッ!?」
「これは……!」
カイトはまだしも、冷静なゲイタまでもが目を見開いてその姿に驚愕していた。
……でも、それは仕方ないだろう。俺だって驚きを隠せない。だって、外見からはとても想像できない行動だし……。
『ギシャシャシャ!』
俺たちを驚愕させた当人は、高い場所から気色悪い笑い声を発していた。ボタボタと皮膚を地面に落としながら。
うーん……それにしても、この位置からじゃ近接武器を獲物とするプレイヤーが多いスタッフ陣はダメージを与えるのは難しい。恐らく相手は遠距離から攻撃を仕掛けてくるんだと思うけど……。
だが、その考えは違った。
『シャシャ――ッ!!』
絶叫と共に――突っ込んできたのだ。
まるでジャングルの王者のように、身体を支える細長い皮膚を振り子のように利用して。
「「うわあッ!?」」
想定していなかった事態に、俺たちは叫ばずにはいられなかった。地面に張りついたように動かない足を無理やり引き剥がし、横に跳ぶ。
その努力があってか、ズドォン!! と耳を劈く爆音を響かせた巨体の下敷きにならずに済んだ。
……今がチャンスなんじゃ!?
という思いを考えていた途中に、再びリザードゾンビは宙を舞った。グラグラと骨の身体を揺れ動かし、もう一度突っ込んでくる。
今度はみんな余裕を持って回避できたが、攻めに転じる前に敵は距離を取ってしまう。
何か、何か策がないか……と天井を見上げながら思考を回転させていると、
「うわあっ!」
「なッ!?」
周囲から、叫び声が上がった。
理由は彼らが見る先……足元。そこには爛れた皮膚が広がっていたからだ。今までその場所には何もなかったのに……。
「皮膚を落としながら向かってくるのか……」
ゲイタの言葉通りだった。
今も揺れ動き続けているリザードゾンビの身体から放たれた皮膚が、地面に散らばり塗り潰していく。
辺り一面が皮膚の海になるのも時間の問題だろう。
「くそっ」
俺がもっと武器のスキルレベルを上げていれば、遠距離からダメージを与えられたのに。あんな残り少ないHPなんて簡単にゼロにできたのに。
……けど、無力さを嘆いている暇はない。その時間が無駄だ。
俺はとにかくダメージを与えようと、頭上の敵にブーメランを放り投げた。
「あっ」
そして、思わず間抜けな声をこぼしてしまう。
何故ならば、ひゅーん、と。
揺れ動くリザードゾンビの身体に当たることなく、さらに上空へ向かっていく。
「ゼン、お前何しに来たんだよ!」
「ひ、非力で悪かったよ! でも呼んだのはカイトでしょ!」
――ブチッ!
「「ぶちっ?」」
何か千切れるような音が空から聞こえた。
カイトと一緒に天井を見上げると、
『ギシャアアアッ!?』
絶叫と共に大きくバランスを崩すリザードゾンビの姿があった。
見れば、身体の支えとなっている細長い皮膚の一つが両断されていた。ヒュンヒュンと優雅に舞うブロンズブーメランによって。
そのまま、俺の手元に優しく戻ってきた。
「ゼン、お前は最高だ」
「……ホント良い性格してるよね。カイト」
とにかく、希望が見えてきた。
支えをすべて使えなくしてやれば、リザードゾンビは地面に墜落する。そうすればスタッフたちの攻撃で次こそ仕留められるはずだ。
だから今は、
『ギシャシャシャァァ――ッ!!』
こちらに狙いを定め始めたリザードゾンビから、どうにかして逃げないといけない。
「うわあっ! こっち見てる!」
「じゃあなゼン! 応援してるぜっ!」
「ああっ裏切り者! 自分だけ逃げる気か!」
「ば、バカ! こっち来んなぁ!」
そんな追いかけっこをしていると、振り子の動きが激しく変わってきた。
ま、マズい。突撃してくる……!
「――おいガイコツ! こっち見やがれ!」
その、時だった。
グニュッ、と。
スタッフの一人が、何を思ったか自分から地面に散らばる皮膚の上に飛び乗ったのは。
お陰で振り子の動きが弱まったけど、タゲが俺から外れたけど……狙いは彼に向かってしまう。
一体、何を考えて――
「……これで、楽に狙えるだろ?」
そのプレイヤーは俺を見て、ふっ、と笑った。
「俺の分まで楽しんでこい」
「そ、そんな……いや、まだ!」
俺は顔をリザードゾンビに戻すと、支えに狙いを定めた。これでもう一つ千切れば動きが変化するかもしれない……!
焦らず、だが素早く冷静に。
手元のブーメランを力強く振り払う。何度か利用しているうちにコツを掴んできた今なら、固定されている物体に命中させることなんて……
――ブチッ!
簡単なことだ!
「よし――」
……けど喜びは、束の間だった。
「な、んで……」
俺は目の前の光景に、顔をしかめて、
「何で、動きが変わらないんだよぉ……!」
低い声をこぼすしかなかった。
グラグラと揺れ動くリザードゾンビのスピードは変わらず、そのまま速度を増し、俺に言葉をかけたプレイヤーに狙いを定めていく。そういう能力なのか、動きには一切のブレがなかった。
このままじゃ、あの人が……!
「いいんだ。ありがとよウサギさん」
そのプレイヤーは短くそう言って、
「はは……くそぉ……裸体、見たかったぜ……」
その言葉を最後に、彼の姿は白い骨に変わった。
ズシィン! と、盛大な音を立てたそれが再び中に浮かび上がると、そこにはもうプレイヤーの姿はなかった。爛れた皮膚のカーペットしかなかった。
「ゼン! 顔を上げやがれ!」
ぴしゃり、と降りかかる声に視線を持ち上げる。
そこには敵を見据えるカイトがいた。
「この危機を切り開くのはお前しかいねえんだ! やられたヤツのことを考えてる余裕はねえ!」
「! そ、そんな言い方……」
そこで、俺の言葉は止まった。
見てしまったからだ。こちらに背を向けるカイトが駆け出した瞬間、顔から雫が散ったのを。
……悔しいわけがないじゃないか……!
俺は涙で歪む視界を腕で擦り、しっかりと上を見る。相手もまた、俺を睨みつけていた。
だが、すぐに敵の瞳は別の方向を射た。
「おらァ! 来いよ!」
「こっち見やがれ腐れガイコツ!」
「テメェの相手はこっちだっての!」
見れば、次々と皮膚を踏み潰す仲間たちの姿が。
彼らは俺に顔を向け、グッドサインを見せつけてくる。
「う、おおッ!」
俺はブーメランを放り投げる。
鮮やかな音と共に支えの一本が千切れた。しかしリザードゾンビも怯むことなく、仲間の一人に襲いかかった。そのまま身体から鋭い皮膚を放ち、他の勇敢な仲間たちを突き刺していく。
俺は絶叫したい衝動を下唇を噛んで押さえ込み、狙いを定めた。そして放る。
――見事命中!
リザードゾンビの巨体が地面に落ちる。
「今だ! 突っ込め!」
ゲイタの声に飛び出すスタッフたち。
最後の抵抗か、リザードゾンビは身体に残った皮膚を勢いよく四方に放出させた。
激突したスタッフたちが後方に吹き飛び、その姿を消滅させていく。……だが、全員に直撃することはなく、リザードゾンビの身体に鋭利な刃物や鈍器が振り下ろされる。
『ギ、ギ……ギ、ガガ、ガ……ゲ、バァ……』
最初のように、静かな声に戻ったリザードゾンビは、頭上のHPをすぐに空にさせ、その巨体をゆっくりと空気に溶かしていった。
――やったよ、みんな。
俺は何気なく天井を見つめ、心の中でそう呟く。
自然とその瞳から、一粒の雫がこぼれた。




