37.迷いの森③
頭上の細い道を辿って歩いていく。
けど、その行為は危険を招き入れた。
『ォ、オオ……!』
掠れた雄叫びに、びくり、と肩が震える。
自然と下を向いた視界には、樹木が映り込んだ。
でも、ただの樹木じゃない。……小さいのだ。
高さは俺よりも少し高い程度。表面に開いた三つの穴は目と口のようで、左右に伸びた二つの枝は腕のようにも見える。それは少し離れた位置にある木々の間からジッとこちらを見つめていた。
【トレント】【Lv7】
……モンスターかっ!
「しゃあ!」
「やってやるぜ!」
「――待つんだ!」
武器を引き抜き、突進しようとした脳筋二人をゲイタは鋭い声で止めた。
行動をキャンセルされバランスを大きく崩す彼らに向かって、こう続ける。
「僕たちは頭上の青空の道から外れた時点でアウトなんだ! あいつは罠だ!」
確かにトレントは、一向に動こうとしない。……いや足元が地面に埋まっているから当然だけど、でも……その位置が怪しい。
まるで、攻撃を誘っているかのようだ。
「今は気にしないで進もう」
「えーっ、 今まで見たことない敵なのによ! 見たことない素材が手に入るかもしれないぜ?」
「今は我慢してくれ。海に辿り着くためだ」
ゲイタの言葉に、しょぼんと落ち込むカイト。
……ふふ、ここは俺の出番!
「ブーメランなら、遠くから狙えるよ!」
早速ナギに買ってもらった新たな武器の力を試す時がきた!
「すまないが、敵の能力が分からないうちは下手に攻撃を仕掛けない方がいいと思うよ」
「そ、そうだね……」
た、確かにその通りだ。
今の目的は、海に辿り着くこと。
余計なことに首を突っ込んで時間を潰したら、他のスタッフたちに迷惑がかかる。
「カイト、後でまた来よう」
「そうだな……」
肩を落としながら、俺たちは歩みを進めていく。
そしてトレントの眼前を通過し、
「――全員、屈め!」
アニキさんの指示に、反射的にしゃがみ込んだ。
直後、シャッ! と、何かが頭上を通過した。
そして向かってきた場所とは正反対の樹木に激突し、リズミカルに乾いた音を立てる。
見ると、そこには数本の何かが刺さっていた。
――葉、だ。
しかし、柔らかさはまったく感じない。
尖った先端は、深々と幹に突き刺さっている。
次に、それが向かってきた方向を見る。
そこには腕らしき枝をこちらに向かって振り下ろしているトレントの姿が。
……うん、間違いない。
「あの野郎、攻撃してきやがった……」
メリケンサックを装備した拳を強く握りしめ、苛立ちを含めた表情でアニキさんは言う。
そのまま、ビシッ、とトレントを指差して、
「男なら正々堂々に戦え!」
男なのかな。
「……ッ、危ねえアニキ!」
そんな時だった。
カイトがアニキさんの背後に駆け寄ったのは。
そして戦斧を振るい、飛んできた葉の刃を叩き落とした。
……えっ、後ろから?
四人同時に正面のトレントから目を離すと、そちらにも別のトレントがいた。
うぐっ、さすがに一体だけじゃないか……。
『オォ……』
むっ、今度は後ろから!
『オオ、オ……』
前方から!
『オオ……』
『ォオオ……オオ……』
『オッオッオッ……』
……えっ、周囲から……?
恐る恐る辺りを見渡してみる。そこには――
――小さな樹木が、多数、存在していた。
指折りでは数え切れないくらい、たくさん。
き、気持ち悪っ! 凄くぞわぞわするっ!
「おいおいさすがに……」
「こいつぁ予想外だぜ……」
カイトとアニキさんが背中を合わせて呟く。
俺も、ひえぇ……、と声をこぼすしかなかった。
数が多過ぎて気色が悪い、という点もあるけど……一番はレベル7の強敵MOBが複数いるという恐怖だ。
……俺の持っているスキルは、どれもそのレベルを超えていないのだから。
武具は強化したけど、この数はちょっと……。
「――前方の敵にだけ集中するんだ!」
それは、ゲイタの声だった。
少しも動揺が見られない声と同じく、表情からも冷静さが伺えた。
「周囲のMOBは気にしなくていい! 青空の道の先にいる敵だけを潰そう! この数はさすがに異常だ。バカ正直に戦って勝てるわけがない!」
「ンだと!? 売られたケンカを買わずに、尻尾巻いて逃げろってか!?」
「また強くなってから挑めばいいでしょう! それに、逃げるが勝ちとも言います! 今回はイベントの件もありますし抑えてください!」
「お、おう。そうだな……」
す、凄い。あのアニキさんをたじろかせるなんて……!
そう驚愕している俺を置いて、ゲイタは続ける。
「ゴウキさんは前方の敵を片付けてください! カイト君は先ほどのようにゴウキさんのカバーを!」
「お、おうよ!」
「くー、俺も戦いてえけど……おう、了解!」
アニキさんは目の前に立ち塞がるトレントに、持ち前のプレイヤースキルを駆使して、細かく鈍い殴打を浴びせていく。
カイトはアニキさんが攻撃に専念できるよう、飛んでくる葉を巨大な刃で防いでいく。やはり戦闘狂というべきか、重い武器なのに軽々と位置を移動し軽々と武器を振るう。
どれだけスキルレベルを上げているんだろう……っと、いけない!
「ゲイタ、俺はどうすればいい?」
ただ見守っているだけじゃ情けない。
俺も何か力になりたい!
「む。そうだね君は……」
ゲイタは顎に手を置き、額に眉を寄せて。
やがて、腰からメインウェポンであろうスティックを取り出すと、
「――僕に、護られていて欲しい」
そう言い、武器の丸い先端を俺に向けた。
直後、そこから透明の光が生まれ、俺の身体を取り囲んでいく。
やがて、全体を飲み込まれた。
「『ウォール』。スティックのバーストさ」
メガネをかけるような動作を見せながら、ゲイタは言う。
「一定のダメージ量を受けると壊れてしまうが、それまで君の綺麗な身体は傷一つ付かないよ」
「ふーむ……」
そっと光に手を伸ばしてみたところ、触れた感触はなかった。突き破れたりしないかとそのまま腕を伸ばすと、その分面積が広がった。腕を戻すと、ゆっくり光は元の位置に戻っていく。
「これ、中から攻撃はできないの?」
「武器はすり抜けるようにできている。だが『ウォール』が傷つくことはないよ。中々便利なバーストなんだ」
「へえー、凄いな!」
「だから思う存分に武器を振るうといい。君は遠距離武器を使うようだし、武器を振り回す無邪気な君の笑顔も見てみたい」
「う、うん……」
な、何だか寒気がするなぁ。
ゲイタが喋る度に……いや、それは気のせいだ。守ってくれているのに、なんて失礼なことを考えてしまうんだ!
「ぐっ!」
反省していると、側から辛そうな声。
見れば、ゲイタの肩に葉が突き刺さっていた。
「だ、大丈夫!?」
「く……はは、なんて情けないんだ。僕は戦闘には不慣れというのに出しゃばって……あいつらを相手に、自分の身を守れる力なんて持ち合わせていないのに……」
「えっ。じゃあ何で俺に『ウォール』を……?」
俺も戦闘は得意じゃない方だから『ウォール』なんてスキルを持っていたら、まず自分にかけると思う。そして、みんなの盾になるとか……。
そうじゃなくても、戦闘専門のカイトかアニキさんを俺と入れ替えたり――
「――君を護りたい」
俺の思考は、その一言で止められた。
「護り……たかった……それだけなんだ……」
「そ、そうなの?」
う、うん。それはありがたいけど……。
……でも、何でそこまで?
【悪魔の木の皮】ランク:F
効果
ーー
悩もうとしたその時、ウィンドウが表示された。
パーティを組んでいる場合、戦闘に参加していれば、ラストアタックが自分ではなくてもドロップアイテムは入手できる。
つまりこれは、アニキさんがトレントを……
「しゃらァ! ぶっ倒したぞー!」
「うっし、先に進もうぜ! 急げお前ら!」
やっぱり撃破したようで、カイトと共に空を見上げながら駆けていく。
「ゼン君、僕たちも!」
「う、うん!」
先に走り出したゲイタの背中を、光に囲まれながら俺は追う。
結局、何のために俺を守ろうとしてくれたのか、その理由は聞き出せなかった。




