34.幼なじみの幼なじみと
その日は、家事や宿題などで【セカンド・ワールド】にログインしたのは夜の九時頃だった。
今日こそお金を稼ぐぞー!
ブロンズブーメランを購入するために、俺はアイテムポーチを開いていた。そこには飛んだ際に利用した、大量の木の枝があった。
昨日訪れた武具屋で確認すると、一本『1』ゴルドだった。……全部売っても三桁に乗らない。
とりあえず半分くらい売りに出して、今度はコーヒーメーカーが入っていた空の宝箱を指定する。
「そいつぁ、0ゴルドになるな」
売らないで取っておこう。
……『宝』の箱だけど、価値はないのか……。
とりあえず、後はもう使わないだろう皮の装備一式(衣服とパンツ)を売りに出す。これは一つ50ゴルドで買い取ってくれた。
ブロンズブーメランの価格は700ゴルド。
何かに使えそうなので取っておいてある素材を売っても、まだまだ届かない。
……うむむ、どうしようかな……。
「――何かお悩みですか?」
額に眉を寄せていると、とんとん、と肩を叩かれた。
振り返った先に立っていたのは、栗色の髪をした真面目そうな印象のある美少女だった。
「あ、ナギ。こんにちは」
そう、彼女はカイトの幼なじみだった。
「こんにちはゼン。それで、どうしたんです?」
「実は――」
俺は、懐事情を彼女に伝えた。
すると、なーんだ、とナギはホッとしたように微笑んだ。
「深刻そうな問題じゃなくて良かった。……ええと、700ゴルドですね。それなら奢りますよ」
「いやっ。そ、それはさすがに!」
「いいんです。貯金は戦闘狂のカイトのお陰でたくさんありますから……逆に消費させてもらえるとこちらが助かります」
う、うぐっ……そう言われると否定できない。
でも……このままじゃ助けてもらってばかりだ。
「やっぱり、ただ奢ってもらうだけなのは……」
「そう、ですか? ……ん〜、それじゃ」
ナギは額に指を押し当て、暫し悩んで、
やがて表情を綻ばせ、ぱちん、と指を鳴らした。
「じゃあ……一つお願いをしようかしら」
▽
宿屋、スカイ・ハイの三階。
通路を進んでちょうど中央にある部屋。その場所をナギは取っていた。
「どうぞ」
ナギの後に続いて、俺は部屋に入った。
その際に思わず、ロボットのような動きになってしまう。
「? どうしました?」
「そ、そのー……宿屋といっても、女の子の部屋だから、少し緊張しちゃって」
「あらっ……!」
俺の言葉に、ナギは目を見開いた。
口元に手を当て、驚いた、と言いたげに。
「カイトとは大違い……! あの人は全く気にしないから……!」
「な、なるほど」
す、凄いなカイト。俺にはとても無理だ。
やっぱり幼なじみだからかな?
「きっと、ナギの側は安心するんだね」
「無神経なだけですよ」
あまり良いとは言えない表情で、ナギは答えた。
……め、目が笑ってない。
気まずい空気の中、俺は案内されたテーブルの席についた。
「それじゃ……早速お願いしても?」
「は、はい。分かりました!」
思わず敬語になってしまいながら、俺はウィンドウを出現させた。続いてアイテムポーチを開く。
そして、コーヒーメーカーを物体化させた。
「へぇ〜……カイトから聞いてはいましたが、形は市販のものと変わらないんですね」
興味津々にコーヒーメーカーを見つめるナギ。
そう、実はカイトにはこのアイテムを披露していたりする。前にハナビさんから譲ってもらっていたココアをご馳走するために。
そう思い返していると、ナギもまたウィンドウを開いていた。そしてアイテムを物体化……それは粉末が入っている袋だった。
――『抹茶ラテ』。そう名が刻まれている。
「ダンジョンで入手したんですけど、コーヒーメーカーがないから使えなくて……でも、一度口にしてみたかったんですよね」
そう、それこそがナギの『お願い』だった。
「なるほど……分かった。今用意するね」
いつも通り袋ごとコーヒーメーカーに押し当て、出現したウィンドウの操作を終える。
コポコポと音を立て、緑色の液体がマグカップに注がれていく。
活動を終えると同時に、湯気立つそれをナギに渡した。
「ありがとう」
表情を綻ばせながら、彼女はマグカップを見つめ、香りを楽しんだ後、口にした。
「はふぁ……おいひぃ……」
そして真面目そうな表情を崩し、幸せそうな顔を浮かべ始める。……あんなに喜んでくれると、こっちも嬉しくなってくるなぁ。
……それにしても、どんな味なんだろう?
「あっ、気になります? どうぞどうぞ」
俺の考えを察したのか、ナギは幸せそうな顔のまま、手元のマグカップを差し出してくる。
うう、でも……。
「どうしました?」
「あー……ええと。俺、抹茶飲めないんだ」
「あら。もしかして苦いからです?」
「う、うん。その通りなんだ」
……どうして、すぐに分かったんだろう?
そう悩んでいると、ナギはくすくすと笑った。
「実はカイトもそうなんですよ。苦いものがダメで……ふふ、君たちは正反対な部分が多いですけど、似ている部分も同じく多いんですね」
「そ、そうなのかな……」
そう考えたことは今までなかったなぁ……。
「大丈夫ですよ。抹茶『ラテ』ですから。甘いですよ」
「う、うん……」
恐る恐る受け取り、恐る恐る口にしてみる。
そして――
「ホントだ、甘い!」
「でしょう?」
ナギの言葉に、こくこくと頷くしかない。
苦味、なんてどこにもなかった。抹茶の風味はあるものの、舌に広がるのはふわりとした優しい甘み。まるでデザートのようだ。
「これならカイトも大丈夫そうですね。……あ、そうだ、大事なことを忘れてました」
そこで、ナギは表情から笑みを消した。
な、何だろう……少し威圧感が。
「……カイト、変なこと企んでいるでしょう」
「え、ええと……ブログ見た?」
「ええ。……本当にバカですよね」
はぁ、と。ため息をつくナギ。
だが別に、表情に怒りといった感情はなかった。
「でもまぁ。人を楽しませようとしているんですから、良いことなんですけどね。……下心ダダ漏れですけど」
ナギはそう言うと、俺の目を見て、
「あまりに度が過ぎる場合は、注意してくださいね」
そう、告げてきた。
どうやら、イベントを止めさせようとは考えていないみたいだ。
「うん。分かった」
「ありがとう」
ナギは微笑み、ウィンドウを開いた。
直後、俺の眼前にも同じものが出現する。
そこには『トレード』と上部に書かれていた。そして、ブロンズブーメランと名前が、
「あっ、これ……!」
「どうぞ。使ってください」
「い、いいのかな……まだ全然借りを返していないのに」
「むしろ大きな借りがあるのは、わたしの方です」
俺の言葉にナギはそう被せ、続けた。
「あんなぶっきらぼうで、品がなくて、自分勝手で……そんなどうしようもない人間と何年も仲良くしていてくださるんですから……」
お、おお……容赦ない。
「……でも、寂しがり屋でメンタルが弱くて、見かけの割に情けない人なんです。今では信じられないと思いますけど、初対面の相手となんか顔も合わせられないくらいだったんですよ? ……だから、別々の学校に入学することになって、側にいてあげられなくて、孤独な思いをしているんじゃないかって……ずっとそう思っていました。けど、そんな心配はいらなかった。いつも楽しそうで、いつの間にか強い人間になって……」
か、カイトがそんなに繊細だったなんて!
……多分、女々しい俺の見た目と性格を見て、自身がついたのかなぁ。少し悲しいけど、助けになれたなら良かった。
「全部君のお陰ですね。本当にありがとう」
「い、いや俺は何も……」
そんな紛れもない幸せそうな笑顔を真っ直ぐに向けられたら、照れてしまうぅ。
……それにしても、本当にカイトのことを気にかけているんだなぁ。前にも思ったけど、お母さんみたいだ。
「と、とりあえず、ブーメランありがと! イベントもしっかり監視しておくから!」
恐らく、俺は強制的に参加だろうし。
……でも別に、嫌ってわけじゃない。むしろ俺も、楽しみで……
「あ」
そこで、一つ良い案を思いついた。
「どうしました?」
「あ、いや……ナギは別に、イベントを反対しているわけじゃないんだよね?」
「ええ。……ただ下心がちょっと」
「それなら良い方法があるよ」
「?」
俺の言葉に、どうやって? と首を傾げるナギ。
だから俺は笑顔と共にこう答える。
「ナギが水着を着て見せてあげれば!」
「嫌です」
「す、スッキリして下心が消えるんじゃないかなって……」
「死んでも嫌です」
真顔だ。何の感情もない、真顔だ。
見つめられているのか睨まれているのか分からない瞳で捉えられ、怖いというか凄く不安になる。
そ、そんなに嫌なの……?
「で、でもカイトは見たがってたけどなぁ」
「え――」
俺の言葉に、ぴたりとナギが硬直する。
次第に、その顔をトマトのように真っ赤に染め上げていって――
「そ……そそ、そそ……そんな、まさ、か……」
あ、なんかデジャブ。
その後も、しばらくナギは顔を真っ赤にさせながら、時に恥ずかしそうに、そして「えへへ……」と嬉しそうな顔を浮かべていた。
現在のステータス
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【スキル】
《ブーメランLv6》《投擲Lv6》《クライミングLv1》《料理Lv1》《調合Lv4》《筋力Lv4》《裁縫Lv1》
【バースト】
《ブーメラン》
Lv5:『ウィンドエッジ』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




