33.海といえば
翌日、昼休みにて。
相変わらずカツカレーを頬張っていた海斗は、飲み込むや否やこう尋ねてきた。
「善、次のフィールドの舞台知ってるか?」
「うむゅん」
購入した天ぷらそばを啜りながら、俺は頷く。
次のフィールド……つまり一望の丘の奥にある森を抜けた先だ。
そこは『海』になっている、と公式サイトに情報がアップされていたっけ。
「楽しみだなぁ……」
どのくらい広いんだろう? 泳げたりするのかな? そういえばこのゲームには釣りもできると聞いた。新たな食材とかもゲットできそうだ!
「ああ、マジ楽しみだぜ……!」
「うん。泳いだり釣りしたり」
「――はぁ!? バカかお前は!」
ドンッ! と机を叩き立ち上がる幼なじみ。
な、なになに!? 急にどうしたの!
「か、海斗?」
「お前……海と聞いて何だその感想は! それでも男かついてんのか!?」
「ちょっ、みんな見てるから!」
グルルぅ……、とまるで昨日戦ったバーサクウルフのような唸り声を上げる海斗を何とか落ち着かせる。
……そ、それにしてもビックリした……。急にどうしたんだろう? それにいつものような女イジりもなかった。
真剣、なのか……?
「……いいか? 海だぞ」
海斗はスプーンを握りしめながら、言い放つ。
「海なんだ! 海といえば『水着』だろうが!」
「お、おお……」
「何だその反応は! そこは普通、雄叫びを上げるところだろうが! ……いいか? 海といえば水着、水着といえば女!」
「つまり女の子の水着が見たいんだね」
「その通りだ!」
そ、そんな力強く満足そうに答えなくても。
ほら、周囲の女子たちがヒソヒソ話してるよ?
「善!」
そんなことは気に留めず、海斗は言う。
「お前も男なら興味あるだろ!?」
「いや、まぁ……それは……」
ない、とは言い切れない。むしろ興味しかない。
……でも、この周囲から向けられる軽蔑の視線から、口には出したくない。
とりあえず、小さく頷いておこう。
「このムッツリめ!」
「……ねえ、今日テンション可笑しくない?」
「男なら普通だ。海と聞いただけで騒がないお前が可笑しいんだよ」
そ、そういうものなのかな……。
「……んでよ、あと数日で夏休みに入るだろ? そこでイベントを開こうと考えてるんだ」
「イベント? どんな?」
と、いうと……プレイヤーイベントってわけか。
開発者側から提供されるイベントとは違い、プレイヤーが独自に開催する、というもの。
「まぁ言葉で説明すると長くなるからよ。詳細は俺のブログに書いてあるから、そいつで確認してくれ。……ついでにバナーも押してくれな」
バナー……ブログのランキングを上げるためか。
「それが本来の目的でしょ?」
「へへ……まぁな」
「おっけ。海斗には借りが幾つもあるもんね。俺にできることなら何でもするよ」
先日、ハナビさんの元に駆けつけた(飛んでいった)時も、ビルディックに送り届ける時も。凄くお世話になった。
それに、ナギにも……。
「……ん?」
「どうした? 善」
尋ねてくる海斗に、俺は浮かんだ疑問を告げる。
「あのさ、海斗は女の子の水着が見たいんだよね」
「ああ! メチャクチャ見てえ! ……つーか、それさっきも言ってたじゃねえか」
「そうなんだけど……別にゲームじゃなくてもいいんじゃない?」
「?」
質問の意味が分からないのか、首を傾げる海斗。
だから、俺はこう答えた。
「そんなに見たいなら、ナギに見せてもらえば?」
告げるや否や、びくり、と海斗は飛び跳ねた。
大きくたじろぎ、顔を真っ赤に染めて、
「は、はぁ? は、はぁ、はぁ?」
リズミカルに発する海斗。
「べ……べべ、べべ……別にな、ナギのな……」
「ごめん、俺が悪かったよ」
なんて分かりやすいんだろうか。
その後はすっかりテンションが鎮火してしまったようで、海斗はトマトのように顔を赤くさせながら、静かにカツカレーを食べていた。
▽
海斗は日直の仕事があり、俺は夕飯の買い出しに行かなければならなかったので一足先に帰らせてもらうことになった。
スクールバスに乗り込み、その際に俺はスマートフォンを取り出した。先ほど海斗が言っていたイベントについて確認するために。
ええと、確か名前は――『カイトの【セカンド・ワールド】プレイ記』だっけ。
そう検索をかけると、すぐにそのタイトルは見つかった。開いてみると、そこにはカイトのゲーム内での現状やタメになりそうな状況などが記載されていた。……意外だ、結構しっかりしてる。正直なところ、すぐに飽きてしまうと思ったのに。
うーむ。じっくりと見たいけど、今はとりあえずイベント内容についての記事を確認しよう。……お、あった。ええと、サブタイトルが……
『女の子の水着が見たいので』
ど、ど直球すぎるっ!
もう少し捻ろうとは思わなかったのか……。
と、とりあえず内容を見てみよう。
んーと……『こんにちは。突然ですが、二番目のフィールドを超えた先にある海で一緒に遊びませんか? この項垂れるようなリアルの暑さを、わいわい騒いで吹き飛ばしましょう! イベントスタッフ絶賛募集中!』……か。
う、うーん……もうタイトルの時点で下心が見え見えなんだけど……こんなので人が集まるのかな。
とりあえず、言われた通りバナーを押しておこう。ポチっと。
直後、画面がランキング欄に切り替わる。
見たところ、このゲームに関したブログを書いている人は五百人ほどいるみたいだ。海斗はまだ始めたばかりだし……位置は低いだろう。
……あれ? けど考えてみれば、それじゃ埋もれちゃってイベントを告知しても気づかれないよな。それ以前に、人気の低いブロガーが目立った行動を試みても、それを気に留めるなんてこと……ブログを書いてる本人が一番理解しているはずだ。
でも、どうして海斗はあんなに張り切っていたんだろう。……もしかして、
気づけば俺は、指を下にスライドさせていた。
……まさかとは思うけど……いやそんなはずは。
そう自分に言い聞かせながら、順位を辿っていく。ええと、一位が攻略ブログ、二位も攻略ブログ、三位がプレイ記。名前はカイト……
「……ッ!」
思わず叫びそうになった口を慌てて抑える。
大丈夫? 具合悪い? と、隣に座っていた心優しい生徒を勘違いさせてしまったので、謝罪をしてから、俺は再び画面に目を向けた。
……間違いない。カイトのブログだ。
さ、三位って……尋常じゃないぞ!?
慌ててブログを開き直してみると、俺はすぐに原因らしき部分を見つけた。
『コメント機能』というそのブログ管理者ではない他者が記事の感想を書くことができるシステムがあるのだが……。
最初から最新の記事の手前まで、すべてコメント数はゼロだったのに『女の子の水着が見たいので』の記事だけ百を超えるコメント数が記録されていたのだ。
い、一体どんな内容が……まさか批判とか?
少し怖いけど、覗いてみようか。
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1.名前:ーー 投稿日:ーー
感動しました!
その大胆さに涙が止まりません!
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……だが、俺が心配することは何もなかった。
決して批判的な意見なんて存在せず、
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2.名前:ーー 投稿日:ーー
アンタぁ、男だよ! 最高だよ!
俺も一肌……いや女性に一肌脱いでもらおう!
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3.名前:ーー 投稿日:ーー
この時代にテメェのような男がいるとは……。
ふっ、世の中まだまだ捨てたもんじゃねえな。
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4.名前:ーー 投稿日:ーー
水着、水着ィィ……水着ィィヤホォォーーッッ!!
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むしろ、イベントを肯定する感想しかなかった。
というか、中には狂気染みたものもあるんですけど……ある意味、批判より怖い。
……いやもしかして、男ならこれが正しい反応なのか? 俺が可笑しいだけなのかな……。
と、とりあえず……コメントも書いておこうか。さらなる人気に繋がるかもしれないし。
ええと、こうして……よし、送信!
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127.名前:ーー 投稿日:ーー
良いタイトルですね!
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……俺はこの感想が限界だ。
だって、過激なのはちょっと恥ずかしいし……。
そう考えていると、目的地に到着した。
スマートフォンを閉じ、俺はバスを降りた。
▽
その人物は、スマートフォンを開いていた。
画面に映るのは、とあるゲームのブログ。
最新の記事を開いており、その大量に表示されたコメント欄をじっくりと見つめていた。
そして最後。つい先ほど投稿されたらしいコメントを見て……驚愕で目を見開いた。
額がくっついてしまいそうなくらいに顔を近づけ、一つ一つ文字をゆっくりと何回も読み直す。
やがて、嬉しそうにその人物は微笑んだ。
『カイトの【セカンド・ワールド】プレイ記』
それが、ブログのタイトルだった。




