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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第一章】白ウサギと打上花火
32/94

31.病室にて

 窓の外から見える景色は、何十年も変わらない。


 芝の広場に、隣には特に面白みのない駐車場。さらに先の景色はビルなどの建物が聳え立ち、その間を乗用車が往来を繰り返している。


 部屋の隅にある車椅子を使って景色を変化させることができるが、もうこの病院で行ける場所はすべて回ってしまった。


 ――でも、今は違う。


 ちらりと横を見る。


 ベッドの横に設けられた台には、VRマシンと呼ばれるゲームハードが置かれていた。


「どうしたの? ニコニコして」


 そんな時、一人の女性が入ってきた。


 髪をお団子に纏めたこの人は、


「あ、お母さん」


 わたしの、母親だ。


「ふふ、ご機嫌ね。何か良いことでも?」

「……うん」

「あらあら相当ね。あなたのそんな楽しそうな笑顔。初めて見たわ」


 お母さんは優しく微笑みながら、ベッドの側に用意されていた丸椅子に腰を下ろす。


 そして、顔をVRマシンに向けた。


「あのゲームのお陰?」

「ふふ……実はそうなの。あの世界では脚があるから自由に歩けるし、友達もできたわ。今までわたしにはできなかったことが、全部可能になって……」

「ふふ、気に入ってくれたようで良かった。……というか、最近のゲームは凄いのね……」

「本当にね。……ごめんなさいお母さん。入院費用だけでなく、余計な出費をさせちゃって」

「何言ってるの。あなたが幸せならそれで良いのよ」


 お母さんはそう言い、優しく微笑んでくれる。


 うぅ……思わず泣いてしまいそうになる。


 昔は脚のことが原因で、酷い言葉をぶつけたりしていたから……尚更に胸が痛い。


「さて、と。そろそろ行かなくちゃ」

「え、もう?」

「今日は夜も仕事が入ってるの。それじゃあね」


 よいしょ、と席から立ち上がるお母さん。


 ……母さんはわたしの入院費用と生活費のために、パートを掛け持ちしていたりする。

 たまに、一日に二つの仕事を行っているので心配だ。


 ……でも、わたしは本当に心配することしかできない。原因は、自分にあるのに……。


「……母さん」


 遠ざかっていく背中が、ぴたりと止まる。


「どうしたの?」


 こちらに振り返った母さんは笑顔を浮かべていたが、少し悲しげにも見えた。


 こういった時、わたしが決まって『例の質問』を口にするからだろう。


 だから、わたしは笑顔でこう告げる。



「――いつもありがとう」



 精一杯の、感謝を。


 お母さんはいつもとは違うその言葉に、一瞬だけ目を見開いて……


「……どう、いたしまして!」


 嬉しそうにそう答えてくれた。


 そして、生き生きとした様子を見せて、病室から出て行った。


「ありがとう、か……」


 思わず、続いてそう呟いていた。


 わたしは普段、その言葉をよく使う。


 ……でも、それは感謝の言葉などではなく、謝罪の言葉として使用していた。自分のために、その言葉を利用していた。相手に申し訳なくて。


「……バカだなぁ。わたし」


 申し訳ないからこそ、感謝をしなければ。

 心から、曇りない感謝を。


 相手の気持ちは確かに知りたい。……でも、真実を知ったとして自分の気持ちは変わらない。


 そのことに、わたしは気づいていなかったんだ。


「今日も会えるかしら……」


 呟いた相手は、わたしに気づかせてくれた人物に。


 銀色の髪に赤い瞳。小さくて可愛らしい……優しい男の子(?)。


「ありがとう……ウサギさん」


 わたしは、自然と表情に笑みを宿していた。



以上で、第一章は終了となります。


次回から新章に突入します!

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