31.病室にて
窓の外から見える景色は、何十年も変わらない。
芝の広場に、隣には特に面白みのない駐車場。さらに先の景色はビルなどの建物が聳え立ち、その間を乗用車が往来を繰り返している。
部屋の隅にある車椅子を使って景色を変化させることができるが、もうこの病院で行ける場所はすべて回ってしまった。
――でも、今は違う。
ちらりと横を見る。
ベッドの横に設けられた台には、VRマシンと呼ばれるゲームハードが置かれていた。
「どうしたの? ニコニコして」
そんな時、一人の女性が入ってきた。
髪をお団子に纏めたこの人は、
「あ、お母さん」
わたしの、母親だ。
「ふふ、ご機嫌ね。何か良いことでも?」
「……うん」
「あらあら相当ね。あなたのそんな楽しそうな笑顔。初めて見たわ」
お母さんは優しく微笑みながら、ベッドの側に用意されていた丸椅子に腰を下ろす。
そして、顔をVRマシンに向けた。
「あのゲームのお陰?」
「ふふ……実はそうなの。あの世界では脚があるから自由に歩けるし、友達もできたわ。今までわたしにはできなかったことが、全部可能になって……」
「ふふ、気に入ってくれたようで良かった。……というか、最近のゲームは凄いのね……」
「本当にね。……ごめんなさいお母さん。入院費用だけでなく、余計な出費をさせちゃって」
「何言ってるの。あなたが幸せならそれで良いのよ」
お母さんはそう言い、優しく微笑んでくれる。
うぅ……思わず泣いてしまいそうになる。
昔は脚のことが原因で、酷い言葉をぶつけたりしていたから……尚更に胸が痛い。
「さて、と。そろそろ行かなくちゃ」
「え、もう?」
「今日は夜も仕事が入ってるの。それじゃあね」
よいしょ、と席から立ち上がるお母さん。
……母さんはわたしの入院費用と生活費のために、パートを掛け持ちしていたりする。
たまに、一日に二つの仕事を行っているので心配だ。
……でも、わたしは本当に心配することしかできない。原因は、自分にあるのに……。
「……母さん」
遠ざかっていく背中が、ぴたりと止まる。
「どうしたの?」
こちらに振り返った母さんは笑顔を浮かべていたが、少し悲しげにも見えた。
こういった時、わたしが決まって『例の質問』を口にするからだろう。
だから、わたしは笑顔でこう告げる。
「――いつもありがとう」
精一杯の、感謝を。
お母さんはいつもとは違うその言葉に、一瞬だけ目を見開いて……
「……どう、いたしまして!」
嬉しそうにそう答えてくれた。
そして、生き生きとした様子を見せて、病室から出て行った。
「ありがとう、か……」
思わず、続いてそう呟いていた。
わたしは普段、その言葉をよく使う。
……でも、それは感謝の言葉などではなく、謝罪の言葉として使用していた。自分のために、その言葉を利用していた。相手に申し訳なくて。
「……バカだなぁ。わたし」
申し訳ないからこそ、感謝をしなければ。
心から、曇りない感謝を。
相手の気持ちは確かに知りたい。……でも、真実を知ったとして自分の気持ちは変わらない。
そのことに、わたしは気づいていなかったんだ。
「今日も会えるかしら……」
呟いた相手は、わたしに気づかせてくれた人物に。
銀色の髪に赤い瞳。小さくて可愛らしい……優しい男の子(?)。
「ありがとう……ウサギさん」
わたしは、自然と表情に笑みを宿していた。
以上で、第一章は終了となります。
次回から新章に突入します!




