30.白ウサギと打上花火
巨大なロビーの端に幾つも並ぶ緑消の洞穴にあったものとよく似たワープポイントに踏み込むと、真っ白に包まれた空間に移動した。
すると、エレベーターのボタンにそっくりな形をしたウィンドウが眼前に出現したので、迷わず最上階に設定する。
行き着いた先である広い廊下でみんなが集合したことを確認すると、ゲイルが取ったという中央付近の部屋に向かっていく。
扉を開けると、そこは一人用にしてはだだっ広い一室だった。簡素なベッドにテーブル、洋服ダンスなどが配置され、何といっても入口から見て真正面に設けられた壁。その一面はガラス張りになっており、街の中だけでなく先に広がるフィールドも一望できる。
ゲイルにサーバーシステムの制限を解除してもらい、外の景色と音を取り入ることができるようになった。
そして時間は経過し、今はイベント開始十分前。
わいわい、と外からの賑わいに耳を傾けるようにガラス窓の側に立つハナビさんの隣に俺はいた。
次第に夕日がその姿を消し、闇夜の始まりを告げようとするその姿を眺めていると、
「腹減ったなぁ」
退屈そうなカイトの声が耳に入った。
続いて、はぁ、と呆れたようなため息が一つ。
「……君は本当に、雰囲気をぶち壊しますね」
「だってよぅ。もうメシの時間だしよぅ」
う〜、と項垂れるカイト。
その姿を見て、俺はある疑問が浮かんだ。
「あのー、ハナビさん」
「んっ、うん! どうしたのどうしたの?」
興奮気味な様子を見せるハナビさん。
あんなに目をキラキラ輝かせて……嬉しそうに。
……うぅっ、この質問大丈夫かな。テンション下がっちゃったりしないかな……。
「あ、あの〜……ご飯は? 前に夕食の時間が六時だって聞いたから……」
「ああー、なるほどね」
ハナビさんは、はは……、と照れ笑いを作って、
「実は時間を伸ばしてもらったの。……理由がゲームだって伝えたら呆れられちゃったけど……何とか認めてもらえてね。向こうに戻ったら無理言ったこと、ちゃんと謝らないと」
「お、おお……」
わ、笑い事でいいのかな。
でもハナビさんがいいなら……うん、いっか。
「ウサギさんは?」
「俺は、イベントが終わったらすぐにログアウトして食事を取ることを約束してくれるなら許す、って両親に許可もらいました」
「ふふ、優しいご両親ね。わたしの――」
――ドォン!!
多大な爆音が、ハナビさんの言葉を止めた。
驚愕で、びくりと俺たちは体全体を震わせて、
「あっ……」
俺は踏み止まったが、ハナビさんは体制を崩してしまう。床に向かって崩れ落ちる身体……
「……ふ、ぐっ!」
を、俺は何とか抱き止めた。
……身長が低いため覆い被さるような形だけど。
「あ、ありがとう。ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です!」
そう答えながら、俺はハナビさんが体制を整えるまで支え続ける。
……だが、一向に彼女は離れようとしなかった。
窓の方向に顔を向けたまま、硬直したように。
一体何が……、と。俺も同じ方向に目を向けた。
「わ、はあぁ……!」
そして、俺もまたそちらに釘付けになった。
闇夜に放たれた、色彩豊かな火花を見て。
気づいた瞬間、下から次々と光の玉が俺たちの眼前ちょうどの位置まで昇り始め、
各々が、美しく巨大な傘を開いた。
少し遅れて、激しい爆音が鳴り響く。
それらはすぐに消滅したが、光の玉は絶え間なく上昇を続け、空中に光を放ち続けていった。
花、動物、【セカンド・ワールド】のMOBであろう形をしたものもあった。
す、凄い……花火の色も音も、現実のものとまるで大差ない! 本当に仮想の世界なのかと逆に疑問を抱いてしまうほどに。
「うおー、スゲー……!」
「ふわあ……!」
興味がなさそうだったカイトも、隣のナギもその光景に感嘆の声をこぼしていた。
スキンヘッドもその仲間たちもまた、ガラの悪そうな顔を柔らかくさせ、子供のように瞳を輝かせていた。隣の部屋や街の中からも歓声や口笛が響き渡る。……花火って凄いなぁ。
「……綺麗……」
ぼそり、と耳元から声が。
それは寄りかかる花火さんのものだった。
だから俺もまた、こう答える。
「綺麗ですねー!」
「ええ。本当に……」
小さく、少し掠れたような声で、ハナビさんは続けた。
「本当に……テレビで見た通り、いやそれ以上の迫力で……そっかぁ、花火を現地で見るというのは、こんな感じなのね……自分たちだけでなく、周りからも嬉しそうな声が聞こえてきて……」
そこで、言葉は止まった。
ゆっくりと顔を上げてみると、近い距離に彼女の顔があって、その頬を伝うものが一つ……。
そこで俺は目を離し、外の景色に向き直った。
「綺麗ですねぇ」
「本当、綺麗……」
「……ねぇ、ウサギさん」
「? はい」
「ありがとう」
「どういたしまして……あっ、次! 大きいの来ますよ!」
「あっ、本当……!」
間髪入れずに、夜空に綺麗な花が咲く。
それはそれは華麗で、美しく光り輝いていて、
嬉しそうなハナビさんの笑顔のようだった。




