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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第一章】白ウサギと打上花火
30/94

29.戦いを終えて

 その後はもう必死だった。


 だが別に、身に危険があったわけじゃない。無事にビルディックにたどり着くことはできた。……問題は宿屋の予約のことだ。


 イベント開始まで一時間以上あるが、ビルディックにはたくさんのプレイヤーの姿があった。俺は都市の入口広場にあるベンチまでハナビさんを案内すると「待っていてください!」と力強く駆け出した。


 何度か人にぶつかったけど、それを気に留める余裕はないほどに無我夢中だった。……うぅ、申し訳ない。


 途中にある露店で、宿屋代を稼ぐために先日手に入れていた【フワリンの羽】を一枚売った。


 勿体無い気もするけど……四枚と中でも多く持っていたので(一体から複数出た)、これに決めた。


 心の中で深く謝罪しながら、混み合っている宿屋のロビーに飛び込む。カウンターの近くまでいくと、自然にウィンドウが出現した。


 そこには、この宿屋のマップが映し出されていた。夥しい量の部屋がそこに描かれている。


 ……ええと、部屋の色が赤だともう別のプレイヤーが予約していて、青が空き部屋なのか。


 この機能は普段、受付NPCに話しかけないといけないと利用できないんだけど……今回は混み合うことを想定して、特別な設定をしたのかな。


 とりあえず、調べてみよう。


「……あっ」


 覗き込んだ直後、そう声をこぼしてしまった。


 ……最上階が真っ赤に染まっていたからだ。


 ちなみにそこから五階下までびっしりと赤が続き、その下もほとんど赤塗れだった。


 く、くぅ……まだ一時間以上もあるのにっ!


 とりあえず、今選べる中で一番高い部屋を取る。……う、うーん確かに高い場所だけど、花火があがる方向に一つだけ同じ高さの建物がある。


 端の方なので、あまり気にならない程度だけど……ハナビさんには障害物のない景色から花火を楽しんで欲しい。


 何とかならないかな? と、悩みながら街の大通りを歩いていると、いつの間にか入口広場に戻ってきていた。


「おーい、遅えぞゼン!」

「お疲れさまですー」


 聞き覚えのある声に、顔を上げる。


 ハナビさんが腰かけているベンチの側に、カイトとナギの姿があった。


「アニキ! 嬢ちゃんが帰ってきましたよ!」

「そ、その〜姉さん。す、す……好きな色は?」

「アニキ、嬢ちゃんですって! ……つーかその質問、小学生じゃないんスから!」


 もじもじと恋する乙女のような素振りでハナビさんと向き合うスキンヘッドと、その仲間たちの姿もあった。


 良かった、みんな無事みたいだ……。


 俺はみんなに駆け寄り、挨拶を交わした後、


「みなさん、本当にありがとうございました」

「ありがとうございます!」


 ハナビさんの後に続いて、俺も協力をしてくれた心優しいプレイヤーたちに感謝を告げる。


 ……そして、宿屋の件も。


「誰か宿屋の予約取ってるヤツいねえのか?」


 スキンヘッドのプレイヤーの問いに仲間たちは、そしてカイトとナギも首を横に振った。


 うーん……そう、運良くはいかないか。


「いいのよ。ウサギさん」


 ふわり、と柔らかい感触が髪に触れる。

 それはハナビさんの手のひらだった。


「障害物は些細なんでしょう? それなら何も問題ないわ」

「で、でも……ハナビさんには、ちゃんと……」

「いいの。もう充分に幸せだもの」


 微笑みながらそう言い、ハナビさんは優しく俺の頭を撫でてくれる。


 うう、でも……せっかく苦労してここまで来たんだ。思い切り花火を楽しみたいし、楽しんでもらいたい。


 何か手はないかな? 何か――


「そういやさ、ゼン」


 額に眉を寄せていると、カイトが尋ねてきた。


「お前、あの緑色の髪のヤツと戦ったんだろ? 何でだ?」


 その質問の意味は――少しして理解した。


 確かカイトとナギに馬車の中から連絡した時、ゲイルはダンジョン付近に置いてきた、と話をしたんだよな。なのに、ビルディック付近で一戦交えたなんて酷い矛盾……


 ……ダンジョン付近? ビルディック付近?


「……そうだ……!」


 そのワードたちに、俺は思い出す。


 それはこの状況を良い方向に導くかもしれない、微かな希望だった。


「ゼン……?」

「カイト、ありがとう!」

「お、おう? どういたしまして?」


 瞳を瞬かせ、首を傾げるカイト。


 だが、申し訳ないけど言葉の意味を説明している時間はない。


「それとごめんカイト。アニキさんたちも!」


 そう呼びかけ、俺はこう告げた。


「あと一つだけ、みんなに頼みたいことがーー」





 ゲイルは、ビルディックの裏路地を抜けた先にある、薄暗くてジメジメとした誰も寄り付かないだろう小さな広場のベンチに腰かけていた。


 彼は、ぼーっ、と。


 聳え立つ建物たちによって小さな面積となった夜空。そこに浮かぶ月をジッと見つめていた。


「ちっくしょ〜……」


 ぼそり、とそう呟く。


 ゲイルの瞳には、その中で餅をつく耳の長い動物の姿が映り込んでいたことだろう。


 そう。ちょうど狭い路地から飛び出してきた、あの銀髪と赤い瞳を持つ少女。……ゲイルは『彼』の正体には気づいていた。


「ッ!?」


 思わず、ゲイルは飛び上がっていた。


 腰に携えた日本の長剣を引き抜こうとして……やめる。

 安全エリアでは、ダメージを与えられないからだ。


「何のよーぅ?」

「いた……」


 ゲイルの質問に、ウサギはよく分からない言葉を返した。


 そのまま腕を持ち上げ、ゲイルを指差す。


 直後、


「いたああああああッッ!!」


 そう声を上げ、ゲイルに向かって走り出した。

 瞳は血走り、まるで肉食獣が獲物を狙うそれのようだった。


「ン、なぁッ!?」


 さすがに面食らった彼は一瞬だけたじろいたが、すぐに冷静さを取り戻した。


 振り返り、逃走の選択を取る。


「見つけたァ!」


 だが、そちらにも青銅の鎧を着込んだ、金髪で素行が悪そうな印象のあるプレイヤーの姿が。


 急ブレーキをかけ、別の通路へ。


「逃がすかよォ!」


 そこには、さらにガラの悪そうなスキンヘッドのプレイヤーが。他の通路からもぞろぞろと広場に入り込んでくる。


「ち、ちょ〜っと? これは……何、なのぉ?」


「確保ー!」


「「「おお――ッ!!」」」


 ウサギの指示に、咆哮が放たれる。


 ビリビリと衝撃が小さな広場を包み込み、ゲイルは反射的に耳を塞ぐしかなかった。


「おぉ!?」


 そんな彼を、プレイヤーたちが持ち上げる。


 何本もの手のひらに身体を支えられたゲイルは、そのまま路地の外まで連れ出され、入口広場まで向かっていく。


 その間にゲイルは何か叫んでいたが、下のプレイヤーたちがそれを聞き入れることはなかった。





 俺たちはやがて、ゲイルを地面に下ろした。


 目の前には、ベンチに腰を下ろすハナビさん。周囲には俺たちが立ち塞がり、逃げ場はない。


 すると、肩を竦めてゲイルが口を開いた。


「謝罪しろってかぃ?」


 ああ、どうやら勘違いしているみたいだ。


 ……といってもこの状況じゃそう考えちゃうか。まぁ謝ってもらいたい気持ちも少しあるけど。


「いや、違うんです。聞きたいことがあって」

「聞きたいことぉ〜?」


 俺の質問に、ゲイルは怪訝そうな顔を作った。

 だが、俺は構わずに告げる。


「さっきあなたは言ってましたよね? この宿屋に泊まっているって」

「言ったかもねぇ」

「まだ部屋は取っていますか?」

「まぁ取ってるねぇ」


 ……その答えを待ってました!


 俺は願いを込めて、この質問をぶつける。


「部屋は……何階ですか!?」

「はぁ? ……んー、まぁ俺は高いところが好きだからねぇ。一応、最上階を取っているけど〜……それが何かぁ?」


 その答えに、周囲から歓声が上がる。


 俺も拳を高々と突き上げて叫びたかった。……やった! これなら障害物を取り除けるぞ!


「――入れてあげるなんて誰も言ってないよん」


 俺たちの様子から察したのか、ゲイルはそう言った。

 一気に周囲の歓声は止み、静寂が訪れる。


「何だと! あんだけ迷惑かけておいて……」

「まだ悪事を働こうってのか!」


 憤りを見せるカイトとスキンヘッド。

 対してゲイルは、やれやれと首を横に振った。


「アンタたちみたいな容姿のヤツに言われくないねぇ。……つーか、バカじゃないの? 散々と辛い目に合わせてきたってのにさーぁ。そんなこと忘れたみて〜にペラペラ仲良さそうに話しかけてきてっさぁ。そーれにぃ」


 ゲイルはベンチのハナビさんに顔を向けた。

 そして、満面の笑みでこう言う。


「そんなことぉ聞いたら意地でも渡したくにゃーい。そうしたら美人さんは悲しむでしょぉ?」

「そうですね。わたし、きっと泣いちゃいます」

「ヒャハ! そうでしょ〜。絶対渡さなーぁい」


「――だから、ショックでゲームやめちゃうかも」


 シン……、と。再び訪れる静寂。


 見開く目で前方から、そして周囲から視線を向けられたハナビさんは、微笑みながら言った。


「そうなったら申し訳ないですけど……あなたの望む顔をする前に、この世界から逃げちゃうと思います。誰にも悲しい顔は見られたくないから」

「ぬ、ぅっ……」


 たじろぐゲイル。


 その身体を、がしっ、と数本の手が掴む。


 振り向いた彼が見たものは、今にも泣きそうな顔を作るスキンヘッドの仲間たちだった。


「頼む兄ちゃん! 部屋ァ貸してくれ!」

「アニキがあまりのショックに痙攣を起こし始めたんだ!」

「アニキ! しっかり! アニキィィ!!」


「な、何だってのよぉー!」


 ジタバタと、手から逃れようとするゲイル。


 だが、すぐに降参したかのように両手を上げた。


「はぁ〜……わーったよぉ、もう。招待すりゃあ良いんでしょ? 招待すればぁ!」

「わぁ、本当ですか?」


 瞳を輝かせるハナビさんに、ゲイルは何度もコクコク頷くと、立ち上がった。


「ただし!」


 そして、ビシッ、とハナビさんを指差して。


「優しくしてあげるのはイベントの最中だけだからねん。終わったらまたアンタを獲物としちゃうからぁ。街を出たら覚悟してねん」

「なッ! テメェ!」

「まだやる気かよ!」


 復活したスキンヘッドとカイトが、再び表情を険しくさせた。


 まだ何か言ってやろうと大きく息を吸い込み、


「――分かりました」


 ハナビさんの答えによって、強制的に口を閉ざされた。

 驚愕の視線を周囲から浴びせられながら、彼女は告げる。


「でも、わたしは負けるつもりはないですよ」


 そして、ニィ、と初めて柔らかくない、不敵な……だが美しい笑みを見せた。


 ゲイルはそれに一瞬目を見開き、すぐに自分もまた不気味な笑顔を作る。


「ヒャハァ! 楽しみだぁねえ……!」


 その表情は、心の底から嬉しそうだった。



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