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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第一章】白ウサギと打上花火
29/94

28.ラストバトル②

 ガギィ! と、響き渡る硬い音。飛び散る火花。


 二人のプレイヤーは、月光と都市の光を反射させながら、それぞれの武器を振るっていた。


「ふぅん……」


 ゲイルの発したその声には、つまらなそうな、だが微かな尊敬が込められていた。


 振るわれた大剣を後方に跳んで避けた後、ゲイルは表情を緩めながら言った。


「アンタ、只者じゃあないねぇ〜。リアルで何かしらやってるでっしょ?」

「さあな。お前が弱いだけじゃねえのか?」

「ケハッ、言ってくれるねぇ」


 笑いながらも、ゲイルは瞳の色を緩めてはいなかった。その視界には次第に遠ざかっていく一匹のウサギの背中が映っていた。


「よそ見とは余裕じゃねえか」


 その隙を見逃さず、無精髭の男が前に出る。

 間合いを詰めるや否や、大剣を横に振るった。


「で、ぇッ!」


 反応が遅れたゲイルの腹部に、赤いエフェクトが刻まれる。


「速ぇーなくっそー!」


 頭上のHPをさらに二割ほど削らせたゲイルが言うように、モーションが素早かった。


 大剣という武器は、攻撃力は高いが『重い』というデメリットがある。

 筋力スキルや大剣スキルが高くない内は、扱いが難しい武器なのだ。


「な、なーるほ、どぉ……ね〜」


 呻き声に近い声で、ゲイルは言う。


「アンタぁ……サービスが始まってから数日間、大剣を振るい続けていたんでしょ〜? それも長時間……いや丸一日とかだったりしてぇ? とにかくずぅーっと。そうでもしなきゃ、そんなスピードは出すことができないはぁず〜」

「その通りだ」


 即答に、推理をしたゲイルの方が表情を引き攣らせた。「マジなのかよ!?」と言いたげに。


 そのまま、彼は尋ねる。


「ど、どうしてそこまでぇ……?」

「さぁな。……ふんッ!」


 無精髭の男はそう言うと、続けて大剣を振るう。


 そこに何か障害物があるかのような轟音を響かせ、刀身は空気を抉る。


「んがっ、ぎぃ!」


 ゲイルは状態を仰け反らせ、攻撃を回避する。


 細い刀身じゃ、受け止め切れないからだ。


「ンのォ!」


 だが、そのまま身体を横に回転させ、左の長剣を振るう。無精髭の男の顔を狙って。


 首を回して、男はそれを回避する。それを確認したゲイルは、後ろに跳んだ。距離を取るために。


 ……だが、


「遅えな」


 無精髭の男はそれを読んでいたかのように、さらに一歩踏み出していた。


 埋まらない距離。そして――


 ドスッ、と。


 巨大な剣先を、ゲイルの細い身体に突き刺した。


 HPがイエローゲージに到達し、そのまま止まることなくゆっくりと減少を続けていく。


「はっハァ!」


 だが、ゲイルは諦めていなかった。


 むしろ嬉しそうに、不気味な笑顔を表情に宿していた。


「ま〜……だまだァ!」

「……ッ!」


 無精髭の男の瞳が驚愕で大きく見開かれる。


 頭上から迫り来る、赤みを帯びた刀身を見て。



 ――スキル《片手剣(長)》Lv.5『バースト』

 ――『砕牙さいが



「ぐぬ……っ!」


 無精髭の男は、塚から手を離し後ろに跳んだ。


 ギリギリ赤い刀身は男の眼前に振り下ろされ、地面に激突し、多大な爆音と砂埃を巻き上げる。


「そりゃそうだよねェ!」


 直後、砂埃からゲイルは飛び出してきた。


 今度はゲイルが男の動きを読んでいたかのように、バーストを終えると同時に地を蹴ったのだ。


「ヒャハァ!」


 間合いを詰めたゲイルは、バーストを放った方とは逆……左の長剣を突き出す。その刀身は風を裂いていくにつれて、黄色い光を宿していく。



 ――スキル《片手剣(長)》Lv.12『バースト』

 ――『虚突きょとつ



 そして、剣先は見事に男の胸元を抉った。


「ぐっ!」


 HPが一気に半分近くまで運ばれていく。


 だが、それだけでは終わらなかった。


「……ッ!?」


 がくり、と膝を落とす無精髭の男。


 そのまま彼は動かない……いや動けなかった。


「麻痺、か……!」


 ギリ……、と歯を食いしばる男。


 そう。彼の頭上には今、黄色に変化したHP。そしてその下に雷のアイコンが浮かんでいる。


 これは『麻痺』と呼ばれる状態異常であり、発症したプレイヤーは上手く身動きが取れなくなってしまう。


「賢い野郎だな……」

「ありゃ、汚いやり方とは言わないのねん」

「戦いに卑怯もクソもねえからな。……それにしても、まさかバーストを囮に使うとは思わなかったぜ……しかも続けてバーストを……」

「いつもは逆のパターンなんだけどねん。虚突はダメージ量は少ないけど、高確率で相手を麻痺させることができるから〜。動かない敵に続けて破壊力のある『砕牙』ぁ! このコンボが中々強くてねぇ。その内修正されちゃいそうだにゃん」


 そこまで言うと、さて、とゲイルは改めてウサギの背中に目を向けた。そして、腹部に突き刺さった大剣を無理やりに引き抜く。


 HPが大幅に減少し、レッドゾーンへ。


 だがゲイルはそれを、そして腹部から迸る赤いエフェクトも気にせず、勢いよく走り出した。


「……まずはウサギ狩りい、ぃ!」


「!」


 後ろから追いかけてくる足音に気づいたのか、バッとウサギが振り返る。


 手元にはブーメランが握られているが……。


「投げる? 投げればぁ!? でもそんなことしたら、自分を守る物がなくなっちゃうなぁ、あ!」


 ウサギは投げても当たらないことを理解しているのか、ブーメランは離さなかった。


 だが、ゲイルの直線上に立ち塞がった。


「勇敢ってかぁ、無謀っつーかぁ!? ウサギちゃんじゃ残念だけどぉ俺は止めらんねーのよ!」


 ゲイルは不気味な笑みを作りながらそう言うと、力任せに右の長剣を振るった。


 対してウサギはその軌道の先ににブーメランを構えて、


「が、ぁッ!」


 互いの武器がぶつかり、叫び声と共にウサギだけが横に吹き飛んでいく。


 ゲイルはその姿を見届けることなく、再び地を蹴った。


 向かう先は……ゆっくりと動き始めた馬車。


 そのスピードが速く変わろうとした瞬間、


「ヒャハァ!」


 ゲイルは、追いついた。


 馬車はゆったりと動きを緩め、すぐに静止した。


 NPCの呼びかけを無視して、ゲイルは荷台のカーテンに手を伸ばす。


 不気味な笑顔を、幸せそうな満面の絵が変えて……そして、力強く開いた。



 ――銀。



 まず初めに、ゲイルの視界に入ったものは銀色だった。


 鋭利に尖った先が彼に向いており、その規模は小さい。それには木製の細長い胴体が繋がっていて、最後尾には羽が備えつけてあった。


 それが『矢』だということに、

 自分に向かって飛んできていることに、


 ゲイルはどれくらいの速さで察したのかは分からない。ただ、理解できるのは――


 ――カァン、と。


 瞬時にゲイルが持ち上げた長剣のつばでそれは受け止められたということだ。


 無残にも威力をなくし、荷台の床に落ちた木製の矢は、静かに消滅した。


「やー、危ない危にゃい」


 荷台の中央で弓を構える美女に、ゲイルはほほえみかけた。


「惜しかったねぇ、少しでも掠ったりしたら俺を倒せたかもしれないのにぃ。……そんでぇ」


 そこでゲイルは、不気味な笑みを作って、


「――花火を見れたかもしれないのにねぇ!」


 心底嬉しそうに、美女を見た。


 そしてすぐに、表情を驚愕に変える。


 だってそこには、優しい笑顔があったからだ。


「……何で?」


 ゲイルは、思わず尋ねていた。


「何で、とは?」

「だぁってさー! アンタは花火が楽しみじゃなかったの?」

「楽しみですよ。本当に、本当に……」

「なら何で絶望してないのぉ! そこはパニックになるところでしょぉ、泣きそうな顔を作るところでしょ〜!」

「あら、どうして?」

「どうしてって……アンタは花火が見れな」

「見れないでしょうね。一人じゃ」


 言葉を遮った美女は、相変わらず微笑んでいた。

 そして、こう続ける。



「――わたしは、一人じゃありませんから」



 ゴッ! と、ゲイルの顔面が激しく揺れた。


 音の発生原とは反対の方向に頭を大きく傾け、地面に崩れ落ちる。


 倒れる直前、ゲイルは見た。


 宙を舞う、くの字型の武器……ブーメランを。


 そして、ブーメランが戻る先で力一杯に物を放り投げただろうフォームを取るウサギの姿を。


「……あーあ。ちくしょう……」


 ぼやくゲイルの身体は、色を薄くさせていく。


 最後に珍しく悔しそうな顔を作り、彼は呟いた。


「あのウサギが……女の子、だったらなぁ……」



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