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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第一章】白ウサギと打上花火
28/94

27.ラストバトル①

「……やって、くれたねぇ」


 呆れたようなゲイルの声が耳に届く。


 山の付近まで吹き飛んでいた俺は身体を起こすと、意外と近い位置にゲイルの姿があった。どうやらヤツも同じ方向に飛ばされたらしい。


 頭上のHPは微量に減少しており、俺のHPもまたイエローゲージまで削れていた。これを見ると、スキルや装備の性質の違いがよく分かる。


 ……戻ってきたブーメランが腹部に直撃した(その後に空中で危なげなくキャッチした)ことや、地面に叩きつけられたことも原因かもしれないけど。


 ――いや、そんなことより馬車は!?


 慌てて辺りを見渡すと、すぐに目当てのものは見つかった。

 俺たちとは正反対である、都市の側に。


 馬は横転し、運転手のNPCや荷台も派手に倒れていたが、そういった事態は想定済みのようで。


「ふ、んッ!」


  と、言っているに違いない力んだ表情を作り、腕の力だけで馬の姿勢を戻す。

 続いて荷台を――


「――ヒャハハァ!」


 持ち上げようとした瞬間、ゲイルは地を蹴った。


 両手の武器の剣先を後方に向けるようにして、忍者のようなフォームで大地を駆けていく。


 数秒遅れて、俺も走り出す。


 ……そうだった、ゲイルの目的は俺じゃない。例え側にいようが、無視してハナビさんの元に向かえばいい。


 俺に、倒される心配はないのだから。


 先ほどスキンヘッドに向かっていったマントのプレイヤーのように移動速度を上げるスキルは持っていないようだけど、数秒分の差を埋めることは難しい。


 ……距離は、数メートル、か。


「ムダな行為だねぇ」


 振り返らずに、ゲイルが口を開く。


「ブーメランを投げるつもりなら〜、どうぞどうぞん。何発でも食らってあげるぜぃ。どうせ大したダメージにはならないからにゃ〜」

「……ぐっ……」


 こ、行動を完全に読まれてる。


 それに、ヤツの言う通りだ。直撃でないとはいえバーストである『ウィンドエッジ』を受けてダメージは二割ほど。……通常の攻撃なんかじゃ、馬車にたどり着く前に倒すことなんかできない。


「――ふッ!」


 でも、俺は構わず放り投げた。


 振り下ろすようにして放たれたブーメランは、大きく弧を描くように飛んでいく。


 空気を切り裂く音は耳に届いているはずだろうけど、やはりゲイルが振り返ることはなかった。


「……確かに、俺はあなたを倒せない」


 だから、俺は忠告する。


「でも……」


 ドムッ、と。


 忠告の言葉は、鈍い音に遮られた。


 次に、カラン――、と切ない金属音が一つ。


 そこで敵の足が止まったので、俺は続きの言葉を告げた。


「……あなたを邪魔することはできます」


 そして、戻ってきたブーメランをキャッチする。


 この武器こそが、鈍い音を発した正体だ。


「……へっ」


 掠れた笑いを発し、振り返るゲイル。


 口元は緩んでいたが、目は笑っていなかった。


 原因は、足元に落ちている……今の今まで右手に握っていた長剣のことだろう。


 実は、俺はダメージを与えることを目的としてブーメランを放ったわけじゃない。


 ――相手の武器を、落とすためだった。


 飛んでいったブーメランはゲイルの手首に見事命中し、意識をこちらに向けていなかったためか、容易く長剣は手元からこぼれ落ちた。


「なるほどなるほどん。そーゆーことねぇ」


 感情のない声で言いながら、ゆっくりとした動作でゲイルは長剣を拾い上げる。


 そして体制を元に戻すと、ニコリと笑った。


「――ちょっと、キレちゃったなぁ」


 ぞくっ、と。背筋が凍りつく感覚。


 俺は忙しない動作でポーションを一つ取り出し、口に含んだ。


「良いのかにゃ? 回復なんかしちゃってさぁ」

「……どういう意味です?」


 俺の問いに、笑顔のままゲイルは答えた。


「だって、地獄を見ちゃうぜぃ?」


 刹那、


「……ィ、ヤハァァッッ!!」


 奇声と共に、ゲイルは地を蹴った。


 真っ直ぐ……ではなく、軽やかなステップを踏みながらこちらに向かってくる。これでは一体どこから攻撃を仕掛けてくるのか、



 ――ギィンッ!!



 そう考えた直後、胸元に長剣が向かってきた。


 ちょうどブーメランをその位置に持っていたので防ぐことができたけど……


「う、わッ!」


 重い一撃に、身体が後方に吹き飛ぶ。


 ……スキルレベルの違いか……。


「ヒャハッ!」


 だが、嘆いている暇はない。

 眼前には間合いを詰めてきたゲイルの姿がある。


 何とか転ばないようバランスを取った俺は、そのままブーメランを振り上げ、上空から迫る刀身を受け止める。

 ビィイン……! と、腕全体に衝撃が走る。


 だが、防御できたことに安堵する余裕はない。


「ぐうっ!」


 呻き声と共に、身体をくの字に曲げる。


 直後、横薙ぎに振るわれた長剣が腹の前を通り過ぎ――いや、掠めた。HPが二割ほど減少する。


「ま〜だまだあ、ァハッ!!」


 再び振り下ろされる右の長剣。


 ブーメランで防ぐが、間髪入れずに左の突きが来るーー身体を捻る。またも腹部を掠めたが、何とか致命傷は逃れた。


 グラついていると、今度は右の切り上げが迫る!


 後ろに跳んで回避を試みるが、胸元を掠めた。続く左の振り下ろしは、ブーメランを構えるが受け止めることができず……肩を抉った。

 HPが、一気にレッドゾーンに削れていく。


 つ、強い……。

 こんなにも、差があるのか……!


「……ぐっ……」


 赤いエフェクトだらけになった身体の痺れに顔を歪めながら、俺はゲイルの後方を見る。


 そこには、やっと荷台を起こすことに成功し、満足そうな顔を作るNPCの姿があった。


「間に合わないにゃん」


 ゲイルが不敵な笑みを浮かべ、言う。


「こっからなら、馬車まで十秒もかからないよーん。すぐに追いついてぇ、ざっくざくー。……ウサギちゃんはよく頑張ったよん。お疲れぃ」


 ゲイルさんは息を荒くさせる俺に、最後に満面の笑みを見せつけて、


「ば〜い」


 軽い挨拶と共に、長剣を上から振り下ろした。


 ……でも、腕が持ち上がらない。足も動かない。諦めたくないのに、諦めちゃいけないのに!


 力が、出なかった。


 そして、迫り来る鋭利な刀身は無慈悲にも俺を、



 ――ガギィィッッ!!



 真っ二つに……ガギィ?


 放たれた音は、明らかに金属音だった。それに発生源は俺の身体からじゃなく、上空からだった。


「……神は言っている……」


 続く渋く野太い声。


 それを、俺は知っていた。


 見上げてみると、そこにはゲイルの攻撃を受け止める巨大な刀身があった。……これは大剣だ。


 そして、その武器の塚を握るのは、右目の傷と無精髭が特徴的な筋肉質の大男。相変わらず似つかない皮の装備を身につけていた。


「――まだ、嬢ちゃんは死ぬべきじゃねえとな」

「お、おじさん……!」


 そう、いつも急に現れる変な人だった。


「だーっ! 何だってんだ、次から次へとぉ!」


 憤りを見せるゲイル。

 対しておじさんは、ふっ、と笑った。


「そうカッカすんな坊主。少し遊んでやる」

「あっいにくぅ……おっさんと戯れる趣味はお持ちじゃないのよん。……十秒で片付ける」

「やってみろ」


 ガァン! と、互いに武器を突き放す。


 その風圧によって、力の入っていない俺の身体は吹き飛び、ごろごろと大地を転がっていく。


「嬢ちゃん!」


 動きが止まるや否や、おじさんの声が響いた。

 ゲイルから視線を外さず、彼は言う。


「ここで沈んでる場合じゃねえだろう! お前にはまだやらなければならん使命があるはずだ!」


 そして、口元をニィと緩ませる。


「早く行ってやれ。そして自分も楽しんでこい」


 恐らくハナビさんとイベントのことだろうけど……ど、どうしてそれを知っているんだろう?


 ……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない!


「ありがとう!」


 俺はそう言うと、馬車に向かって走り出した。



本日、20時頃にもう一話更新します!

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