27.ラストバトル①
「……やって、くれたねぇ」
呆れたようなゲイルの声が耳に届く。
山の付近まで吹き飛んでいた俺は身体を起こすと、意外と近い位置にゲイルの姿があった。どうやらヤツも同じ方向に飛ばされたらしい。
頭上のHPは微量に減少しており、俺のHPもまたイエローゲージまで削れていた。これを見ると、スキルや装備の性質の違いがよく分かる。
……戻ってきたブーメランが腹部に直撃した(その後に空中で危なげなくキャッチした)ことや、地面に叩きつけられたことも原因かもしれないけど。
――いや、そんなことより馬車は!?
慌てて辺りを見渡すと、すぐに目当てのものは見つかった。
俺たちとは正反対である、都市の側に。
馬は横転し、運転手のNPCや荷台も派手に倒れていたが、そういった事態は想定済みのようで。
「ふ、んッ!」
と、言っているに違いない力んだ表情を作り、腕の力だけで馬の姿勢を戻す。
続いて荷台を――
「――ヒャハハァ!」
持ち上げようとした瞬間、ゲイルは地を蹴った。
両手の武器の剣先を後方に向けるようにして、忍者のようなフォームで大地を駆けていく。
数秒遅れて、俺も走り出す。
……そうだった、ゲイルの目的は俺じゃない。例え側にいようが、無視してハナビさんの元に向かえばいい。
俺に、倒される心配はないのだから。
先ほどスキンヘッドに向かっていったマントのプレイヤーのように移動速度を上げるスキルは持っていないようだけど、数秒分の差を埋めることは難しい。
……距離は、数メートル、か。
「ムダな行為だねぇ」
振り返らずに、ゲイルが口を開く。
「ブーメランを投げるつもりなら〜、どうぞどうぞん。何発でも食らってあげるぜぃ。どうせ大したダメージにはならないからにゃ〜」
「……ぐっ……」
こ、行動を完全に読まれてる。
それに、ヤツの言う通りだ。直撃でないとはいえバーストである『ウィンドエッジ』を受けてダメージは二割ほど。……通常の攻撃なんかじゃ、馬車にたどり着く前に倒すことなんかできない。
「――ふッ!」
でも、俺は構わず放り投げた。
振り下ろすようにして放たれたブーメランは、大きく弧を描くように飛んでいく。
空気を切り裂く音は耳に届いているはずだろうけど、やはりゲイルが振り返ることはなかった。
「……確かに、俺はあなたを倒せない」
だから、俺は忠告する。
「でも……」
ドムッ、と。
忠告の言葉は、鈍い音に遮られた。
次に、カラン――、と切ない金属音が一つ。
そこで敵の足が止まったので、俺は続きの言葉を告げた。
「……あなたを邪魔することはできます」
そして、戻ってきたブーメランをキャッチする。
この武器こそが、鈍い音を発した正体だ。
「……へっ」
掠れた笑いを発し、振り返るゲイル。
口元は緩んでいたが、目は笑っていなかった。
原因は、足元に落ちている……今の今まで右手に握っていた長剣のことだろう。
実は、俺はダメージを与えることを目的としてブーメランを放ったわけじゃない。
――相手の武器を、落とすためだった。
飛んでいったブーメランはゲイルの手首に見事命中し、意識をこちらに向けていなかったためか、容易く長剣は手元からこぼれ落ちた。
「なるほどなるほどん。そーゆーことねぇ」
感情のない声で言いながら、ゆっくりとした動作でゲイルは長剣を拾い上げる。
そして体制を元に戻すと、ニコリと笑った。
「――ちょっと、キレちゃったなぁ」
ぞくっ、と。背筋が凍りつく感覚。
俺は忙しない動作でポーションを一つ取り出し、口に含んだ。
「良いのかにゃ? 回復なんかしちゃってさぁ」
「……どういう意味です?」
俺の問いに、笑顔のままゲイルは答えた。
「だって、地獄を見ちゃうぜぃ?」
刹那、
「……ィ、ヤハァァッッ!!」
奇声と共に、ゲイルは地を蹴った。
真っ直ぐ……ではなく、軽やかなステップを踏みながらこちらに向かってくる。これでは一体どこから攻撃を仕掛けてくるのか、
――ギィンッ!!
そう考えた直後、胸元に長剣が向かってきた。
ちょうどブーメランをその位置に持っていたので防ぐことができたけど……
「う、わッ!」
重い一撃に、身体が後方に吹き飛ぶ。
……スキルレベルの違いか……。
「ヒャハッ!」
だが、嘆いている暇はない。
眼前には間合いを詰めてきたゲイルの姿がある。
何とか転ばないようバランスを取った俺は、そのままブーメランを振り上げ、上空から迫る刀身を受け止める。
ビィイン……! と、腕全体に衝撃が走る。
だが、防御できたことに安堵する余裕はない。
「ぐうっ!」
呻き声と共に、身体をくの字に曲げる。
直後、横薙ぎに振るわれた長剣が腹の前を通り過ぎ――いや、掠めた。HPが二割ほど減少する。
「ま〜だまだあ、ァハッ!!」
再び振り下ろされる右の長剣。
ブーメランで防ぐが、間髪入れずに左の突きが来るーー身体を捻る。またも腹部を掠めたが、何とか致命傷は逃れた。
グラついていると、今度は右の切り上げが迫る!
後ろに跳んで回避を試みるが、胸元を掠めた。続く左の振り下ろしは、ブーメランを構えるが受け止めることができず……肩を抉った。
HPが、一気にレッドゾーンに削れていく。
つ、強い……。
こんなにも、差があるのか……!
「……ぐっ……」
赤いエフェクトだらけになった身体の痺れに顔を歪めながら、俺はゲイルの後方を見る。
そこには、やっと荷台を起こすことに成功し、満足そうな顔を作るNPCの姿があった。
「間に合わないにゃん」
ゲイルが不敵な笑みを浮かべ、言う。
「こっからなら、馬車まで十秒もかからないよーん。すぐに追いついてぇ、ざっくざくー。……ウサギちゃんはよく頑張ったよん。お疲れぃ」
ゲイルさんは息を荒くさせる俺に、最後に満面の笑みを見せつけて、
「ば〜い」
軽い挨拶と共に、長剣を上から振り下ろした。
……でも、腕が持ち上がらない。足も動かない。諦めたくないのに、諦めちゃいけないのに!
力が、出なかった。
そして、迫り来る鋭利な刀身は無慈悲にも俺を、
――ガギィィッッ!!
真っ二つに……ガギィ?
放たれた音は、明らかに金属音だった。それに発生源は俺の身体からじゃなく、上空からだった。
「……神は言っている……」
続く渋く野太い声。
それを、俺は知っていた。
見上げてみると、そこにはゲイルの攻撃を受け止める巨大な刀身があった。……これは大剣だ。
そして、その武器の塚を握るのは、右目の傷と無精髭が特徴的な筋肉質の大男。相変わらず似つかない皮の装備を身につけていた。
「――まだ、嬢ちゃんは死ぬべきじゃねえとな」
「お、おじさん……!」
そう、いつも急に現れる変な人だった。
「だーっ! 何だってんだ、次から次へとぉ!」
憤りを見せるゲイル。
対しておじさんは、ふっ、と笑った。
「そうカッカすんな坊主。少し遊んでやる」
「あっいにくぅ……おっさんと戯れる趣味はお持ちじゃないのよん。……十秒で片付ける」
「やってみろ」
ガァン! と、互いに武器を突き放す。
その風圧によって、力の入っていない俺の身体は吹き飛び、ごろごろと大地を転がっていく。
「嬢ちゃん!」
動きが止まるや否や、おじさんの声が響いた。
ゲイルから視線を外さず、彼は言う。
「ここで沈んでる場合じゃねえだろう! お前にはまだやらなければならん使命があるはずだ!」
そして、口元をニィと緩ませる。
「早く行ってやれ。そして自分も楽しんでこい」
恐らくハナビさんとイベントのことだろうけど……ど、どうしてそれを知っているんだろう?
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない!
「ありがとう!」
俺はそう言うと、馬車に向かって走り出した。
本日、20時頃にもう一話更新します!




