表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第一章】白ウサギと打上花火
27/94

26.最後の砦

 横のカーテンの隙間から見える青空はオレンジに変わり、黄金の雲がその中を浮遊していた。


 この世界ではもう数十分で景色は夜に変わるだろう。現実時間はゲイルのお陰……というのはなんか癪だけど、ダンジョンは短い時間で突破できた。


 現実時間は五時半過ぎ。まだ時間に余裕はある。……あるんだけど。


 一難去ってまた一難。

 そのことわざを思い浮かべるしかない。


「逃がすかよ!」


 後ろから聞こえてくるのは、荒々しい怒号。


 カーテンを開けてみると、その先には中でもリーダー的存在であるマントのプレイヤーがこちらに向かって駆けてくる姿がよく見えた。


 ちなみに彼は先ほど、最初に荷台のカーテンを開けた人物だ。先ほど小声で話しかけてきてくれた二人のプレイヤーたちを難なく蹴散らし、現在まで馬車を追いかけ続けている。


 今はちょうど大きな坂道を下っているのでスピードが出ているが、これが終わったら……。


「……あまり、乗り気はしないけど」


 隣のハナビさんが、静かに弓矢を手に取った。

 恐る恐る立ち上がり、構えを取る。


「ごめんなさい!」


 謝罪と共に、ヒュッ、と矢が放たれた。


 真っ直ぐに飛んでいく矢は、ブーメランと比べものにならないくらいに凄まじい速度を見せた。


 そしてその先には、敵の額が置かれている。


「ふっ」


 だが、マントのプレイヤーは首を捻って、容易く回避をしてみせた。足の動きを止めることなく。


 ……き、恐怖とかないのか? 弓矢を向けられて、実際に矢を放たれて……俺だったら確実に足を止めてしまうと思う。


「低いスキルだな! ンなもん当たるか!」


 不敵な笑みを浮かべ、マントは駆けてくる。


 ……ここで、坂道は終わってしまった。


 マントのプレイヤーはさらに笑顔を強くさせると、体制を低くさせて勢いよく突っ込んでくる。

 ラストスパート、と言いたげに。


 そしてヤツは、馬車の荷台に到着――



 ――する、直前だった。



「ぶあ、あッ!?」


 マントのプレイヤーが、足を滑らせたのは。


 運が悪く斜面を駆けていたため、ヤツは叫び声を上げながら凄まじい速度で転がっていく。


 やがて止まったのは、荷台の目の前だった。


 だが、マントのプレイヤーは立つことができず、無慈悲にも馬車はゆっくり距離を取っていく。


 その情けない姿を見ていると、ヤツの後方……先ほどの坂道でキラリと光るものを確認できた。


 あれは……氷、か?


 ちょうどマントのプレイヤーが通っていた道だったし、あれに足を滑らせたのかもしれない。


 それに気づくと、馬車が動きを止めた。


「いやー、間に合った、か?」


 聞き覚えのある声が一つ。


「ギリギリでしたけどね。君がもたもたしていなければ、もっと危なげなく済ませられたんですけど」


 もう一つ。


「はぁ? 元はと言えば、俺に買い出しを頼んだお前の責任だろ! 俺は街の中なんざ探険してねえんだ……場所が分かんねえっての!」

「あーヤダヤダ。これだから戦闘狂は……戦うことだけしか考えてないんですから。もっと周りの風景に目を向けてみなさい」

「あぁ? 戦いこそこのゲームの楽しみだろ!」

「観光こそこのゲームの楽しみです!」


 うん、あの二人で間違いないな。


「カイト。ナギ……?」


 そう尋ねると、二つの声はぴたりと止まった。

 やがて、荷台の入り口のカーテンが開けられる。


「おう! 無事かゼン?」

「無事でしたか……良かった」


 やはり、幼なじみとその幼なじみの姿があった。

 その姿を確認して、やっと肩の力を抜くことができた。


 ……実は、馬車に乗り込んだ少し後、二人に現状を伝えていたのだ。そうしたらすぐに駆けつけてきてくれると、そう返してきてくれた。


 ちなみに、どちらも全く同じ返答だった。


「……ッ!」


 と、急に青銅の鎧を着込んだカイトが、びくり、と身体を震わせた。


 硬直する彼の視線の先には、ハナビさんがいた。


「……めっちゃ美人……ごぉふッ!」


 カイトの身体がくの字に曲がる。


 隣から肘が飛んできたからだ。それも力強い。


「な、何すんだ暴力女!」

「君の顔が気持ち悪かったからですよ。……何ですかデレデレ鼻の下伸ばしちゃって……わたしにだって……」

「あ? 何だって?」

「何でもないです! この変態!」

「は、はぁ!?」


「……もしかして、さっき呼びかけていた?」


 ハナビさんが、小声で尋ねてくる。


「は、はい。フレンドです」

「ふふ、面白い人たちね」


 楽しそうに微笑むハナビさん。


 ……だが、和んでいる暇はなかった。


「お前らは……あの時の……!」


 ぐぐ、と立ち上がるマントのプレイヤー。


 カイトとナギは、すぐに口喧嘩を止めた。そして表情を真剣なものに作り変える。


「何だ一人かよ。緑色の髪したヤツはどこだ?」

「はっ、お前ら如きが敵う相手じゃない……」

「別に誰でもいいです。あの時の屈辱は忘れませんから」


 そう言い、ナギは杖を。カイトは戦斧を構えた。


 二人は攻撃を開始する前に、こちらを振り返って、


「ここはわたしたちが引き受けました」

「後は任せとけ」


 同じタイミングで、グッと親指を天に突き立てた。


 その息の合った行動に、ムッとまた表情を険しくさせる二人だったが、もう罵倒が飛び交うことはなかった。

 視線を敵に戻し、じりじり、とマントのプレイヤーとの距離を詰めていく。


 そして、馬車もまたゆっくりと動き始めた。


「二人ともありがとー!」

「あ、ありがとうございますー!」


 感謝を告げた直後、馬車は本来の速度に戻った。


 ……二人とも、本当にありがとう。





 六時になり、景色は闇夜に飲み込まれた。


 そして、馬車は無事に山を下り終えた。


「ハナビさん、アレです!」


 入り口とは反対側のカーテンを開いてみせると、その先には巨大な建物たちの姿があった。


「わぁ、大きい……!」

「中央辺りに中でも飛び抜けて大きい建物があるでしょ? あそこから花火を見るんです!」

「わぁ……! わはぁぁ……!」


 子供のように瞳を輝かせるハナビさん。


 ここまで苦労したんだ。めいいっぱい楽しんでもらわないと! そして俺も楽しむぞー!


「…………あら?」


 そこで、ハナビさんは首を傾げた。

 ある一点に注目したままで。


 俺も続くように、その方向……ビルディックの正面に目を向ける。都市から放たれるライトによって遠くまで見渡せるため、すぐにその正体を理解することができた。

 そして……


「……なん、で……」


 俺は目を見開き、掠れた声をこぼすしかなかった。


 視界の先に映っているものは、一人の男性プレイヤー。地面に腰を下ろしており、整った顔を不気味な笑顔に変えていた。

 短い緑色の髪に、紺色の忍装束のような衣服。獲物であろう二本の長剣を掲げ、月の光を反射させていた。


「何で、あそこにいるんだ……?」


 それは……ゲイルで間違いなかった。


 でもヤツは、さっきまで山頂に……!


 だが、考える時間はなかった。混乱している間に馬車は進んでいき――やがて動きを止める。


「おや、こんにちはプレイヤーさん」


 NPCの問いに、何も返答はない。

 軽やかな足音だけが荷台の脇を通り抜け、


「ばぁ!」


 入り口から、そのプレイヤーは顔を出した。


「……どうして、ですか?」


 思わず、そう口から言葉がこぼれ出す。


 それだけで意味を理解したのか、良い笑顔を作りながらゲイルは答えた。


「俺さぁ、そこの街の宿屋に泊まっていたのよん。だからね〜? 自害がしたわっけー」

「自害……?」

「そう。こう自分の剣でお腹をブサリぃとね〜」


 言いながら、剣を腹部に突き刺すようなジェスチャーを取り始める。


 ……そうか、宿屋はセーブポイントになるんだ……! HPがゼロになれば、そこで復活することに……。


「――残念だったねぇ」


 ゲイルの瞳が、鋭く変化する。


 表情は相変わらず笑顔だったが、何だか不安にさせるものを感じ取れた。


「そう簡単に逃がすわけないっしょ〜。……でも正直ビビったぜぇ。二人だけでここまで来ちゃうなんてさ〜。ウサギちゃんは良いお友達をたくさんお持ちなんだぁ〜ね」

「それはどうも……」

「んーでさ? お二人はイベントに行こうと思っていたりするのぉん?」

「だったら……?」


 瞳を鋭くさせ、僅かな対抗心を見せながら俺は尋ねる。


「そっかそっかぁ。イベントを見にいくのかぁ」


 ゲイルは特にそれは気に留めず、嬉しそうにケタケタ笑った。


 やがて、ふぅ……、と一息吐くと、


「ねえ美人さん? 花火たのしみ?」


 俺の背後にいるハナビさんにそう尋ねてきた。


 ハナビさんは、少し怯えながらも、


「凄く……楽しみなんです。お願いです! どうか……花火が終わるまで待っていただけませんか? その後でしたら好きにしていただいても構いません!」

「ふぅ〜ん」


 ゲイルはそう呟くと、質問を続けた。


「そんなに見たいの?」

「はい……!」

「ど――――――ぅ、しても?」

「どうしてもっ! だから……お願いしま」



「――じゃあ、ダメぇッッ!!」



 大声で言葉を遮られたハナビさんは、びくりと身体を震わせた。


 表情から柔からさが消えていく。


「……おっ、ほぉ……!」


 対して、ゲイルは表情を綻ばせた。


「そうだよぉ! その顔ぉっ! 強気な顔がそうなるのも良いけど、やっぱり笑顔が変わるのが一番良いぃ!」


 下劣な笑顔を作り、ゲイルは裏返った声で言葉を続ける。


「そんなに大事なことならさぁ〜……台無しにしちゃったらぁ……どんな顔を見せてくれちゃうのかなぁ……どう変わっちゃうのかなぁ……ん?」


 そこで、ゲイルは額に眉を寄せた。


 理由は俺が立ち上がったからだろう。そして、そのままスタスタとゲイルの前まで歩き、その横を通り抜けて荷台の外に飛び出したからだろう。


「う、ウサギさん……?」


 荷台の奥から、ハナビさんが心配そうな顔を見せる。

 だから俺は、大丈夫、と笑顔で返した。


「ん〜? どしたぃウサギちゃん。……ひょっとしてビビっちゃったかにゃぁ?」

「そうですね……怖いです」


 俺は笑顔のままそう言葉を返すと、しまっていたブーメランを引き抜いた。


 その姿に、ぴゅぅ、とゲイルが口笛を吹いてくる。


「怖いですよ……ハナビさんがあの街にたどり着けないなんてことになったら!」

「わぉ、勇敢だぁね。やっぱり女の子じゃないことが勿体無ぁ〜い」


 ケタケタ、とまたゲイルは笑った。


 俺はそれを無視して、ハナビさんに顔を向ける。


 やっぱり、心配そうな顔のままだ。


 だから俺は笑みを絶やさずに、


「ハナビさん……」


 こう、告げた。



「――花火、楽しんできてね」



 言い終えた直後、足に体重を乗せる。


 ギュルッ、とそのまま力強く身体を回転させ、その勢いを利用して思い切りブーメランが握られている右腕を――


「……ッ!」


 何か嫌な予感を覚えたのか、ゲイルは早急に俺を切り裂こうと手元の剣を振り上げる。


 だが、俺がその右腕を『足元』に振り下ろす行動を止めることはできなかった。



 ――ドグォッ!!



 巻き起こった暴風が、全てを吹き飛ばした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ