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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第一章】白ウサギと打上花火
26/94

25.出会い厨、来る

「……ごめんなさい。わたしがあの人をもっと警戒しておけば、こんなことには……」


 ガタン、ガタン。という振動音の中、ハナビさんは俺に頭を下げてきた。


 理由は、ゲイルについての情報を話したからだ。


「い、いいえ。ハナビさんは何も悪くないです」


 俺は首を強く横に振って、そう答えた。


 ……さて。俺たちは今、ビルディック行きの馬車の荷台の中にいる。中にいるのは俺とハナビさんの二人だけだ。


 緑消の洞穴の周囲にはたくさんのプレイヤーの姿があったが、みんなダンジョンクリアの喜びをそれぞれ分かち合っていた様子で、しばらくその場を離れようとはしていなかったからだ。


 そしてゲイルに見つからないよう、彼らの陰に隠れるようにして、俺とハナビさんはこの馬車に乗り込んで……今に至る。


 ちなみにパーティリーダーは俺に設定されていたので、ゲイルは強制的に仲間から外した。


「……そ、それに、これに乗っちゃえばもう大丈夫ですよ。この馬車はビルディックまで送っていってくれますから……もう安心です!」

「そ、そうなの? そうなのね……!」


 うずうず、と忙しない動作を見せるハナビさん。

 相当、花火が楽しみなのだろう。


 ……くうっ、俺も興奮してきたっ!


「街に着いたらまず宿屋の予約を取らないと。部屋はいっぱいありますから、まだ良い部屋が取れると思います」

「ええ。……でも、そんなに良い部屋じゃなくても大丈夫よ。花火の迫力を体感できれば……」

「でも、せっかくなら良い場所で見ましょう! 街についたら俺、ダッシュで宿屋に行きますからっ!」

「ふふ……ありがとう。ウサギさん」


 ハナビさんは、清楚に微笑んで、


 やがて、その身体を木の床に激突させた。


「うわっ!」


 俺もまた、ハナビさんと同じ方向に転がった。

 理由は、馬車が急に止まったからだ。


「飛び出したら危ないぞ。プレイヤーさん」


 柔らかい説教が、カーテン越しに聞こえてくる。

 俺たちを運んでくれているNPCの声だ。


 ……もしかして、外にプレイヤーがいるのか?


「もし下山が目的なら、乗っていくといい」


 やがて、お決まりのセリフが放たれる。

 だが、返答はなかった。


 代わりに足音が周囲から聞こえ出す。一人、二人……いや、それどころじゃない。複数の音が雨音のように不規則に奏でられる。


 そして、


「見つけたァ!」


 勢いよく、後ろのカーテンが開かれた。


 現れたのはマントで身体を、顔をフードで覆い隠した……声から男だろうプレイヤー。


 そして、あの色褪せたマントは見覚えがある。


「……ッ!」


 俺はすぐに立ち上がり、ブーメランを引き抜と、ハナビさんの前に駆け寄った。


 ……だが、それが何になる?


 相手は複数。頼りになるのは微弱な武器。加えて情けない皮の防具。


 対して敵は、一人一人が俺よりも強力なスキルと武具。それにプレイヤースキルも持ち合わせているはずだ。


 そんなことを考えていると、カーテンが大きく開かれ、これまたフードとマントで身体を隠す男の仲間たちの姿が露わになった。


『マジか、完璧に女だろアレ……』

『男とかあり得ねえって……』

『人生苦労してそうだな、オイ……』


 な、なんだか哀れみの視線を感じる。

 ……意外と良い人たちだったりするのか?


「だが、それはそれだ!」

「おう! 早く狩っちまおうぜこのウサギ!」

「今夜は焼肉だァ!」


 わわっ、そんなことなかった!


「お前ら! 女だけは傷つけるな! ゲイルさんの獲物だ!」

『『おうっ!』』


 最初にカーテンを開けてきた男の言葉に、周りから雄叫びが上がる。


 く、くそぉ……あと少し……あと少しなのに!

 こんな……ところで!


「――こんなところで、何だってんだ?」


 その声は、俺でもゲイルの仲間のものでもなかった。


 ……でも、不思議と聞き覚えがあった。それは……そう、始まりの街にて。今みたいにプレイヤーたちに囲まれていた、あの時……。


「アニキ、あいつら馬車襲ってますよ」

「物騒ッスねえ」

「ああいう陰湿なヤツらにはなりたくないッス」


 ザッ、ザッと。足音が近づいてくる。


 一人、二人……いや、それどころじゃない。複数の音が雨音のように不規則に奏でられる。


 そして、


「あ、アニキ! 『あねさん』ッスよ!」

「何ィ!?」


 大声が上がり、マントたちが一斉に振り返る。


 ここから少し離れた位置であるそこには、スキンヘッドの男とガラの悪い男たちの姿があった。


「「あっ……!」」


 俺とハナビさんは、彼らを見て同時に声を上げた。

 こちらに気づいた男たちもまた、大きく両手を振ってくる。


 ……だが、スキンヘッドの男は表情を険しくさせていた。


 その人物は、すぅっ、と息を鋭く吸い込んで、


「何してやがんだゴラァッ!!」


 野太い怒号に、マントたちが少し怯みを見せる。


 しかし一人だけ、冷静な人物がいた。


「ビビるなお前ら! あいつらの装備を見ろ!」


 最初に荷台のカーテンを開けた男だ。

 その人物は、スキンヘッドたちを指差して、


「ただの皮装備だ! ただの初心者だぞ! 見た目に騙されるな!」


 そう言い放った。


 仲間たちは怖気つきながらも、力強く答える。


「「お、おうっ!」」


「……ぷっ」


 対して、スキンヘッドは小馬鹿にするような笑みを見せる。


「おいおいビビり過ぎだろ。産まれたての子豚かってんだ」

「アニキ、子鹿ッスよ」

「う、うるせえっ! どっちも変わんねえよ!」


「――ナメんなよ、雑魚が!」


 スキンヘッドの言葉に腹を立てたのか、マントのプレイヤーが一人、地を蹴った。


 その人間とは思えない速度で突き進む姿から、何かスピード系のスキルを持っているのだろう。


 あっという間に、マントはスキンヘッドの眼前までたどり着いて、



 ――地面に、沈んだ。



「ぐぶァッ!?」

「こっちのセリフだ。……ナメんなよ、雑魚が」


 呆れたような顔をするスキンヘッドの拳には、銀色のメリケンサックが装着されていた。


 恐らくアレでマントのプレイヤーを沈めたのだろうけど……全然見えなかった。


「ぐぐっ……!」


 マントのプレイヤーが、ゆっくり立ち上がる。

 見れば、HPはそれほど削れていなかった。


「……なるほどな。確かにこのゲームはスキルや武具で強さが決まるみてえだ」


 納得したように頷くスキンヘッド。


 対して、マントのプレイヤーは叫びながら彼に襲いかかった。


「だから言ったろうが! 雑魚だってよォ!」


 ギュオッ! とマントの中から槍が飛び出す。

 それはスキンヘッドの顔面に向かい、


「良いハンデだーーふんっ!」


 左のフックで、軌道を変えられた。


 ガラの悪そうな顔面の横を通過する鋭利な刃先。

 同時に――


『ぶ、ぐァ……!』


 右のカウンターが、フードの中にある顔面にめり込んでいた。


「確かに、俺たちゃスキルは弱い」


 ぐらつくマントのプレイヤーに、左のフックが襲いかかる。続いて右のフック。


「武具も弱え」


 右のボディ、左のフック、ストレート。外見とは似つかない華麗なコンビネーションで、マントのプレイヤーの顔を鈍い音と共に跳ね上げる。


「だが、リアルで磨いた腕がある。こういうのをプレイヤースキルって言うんだっけか? 決して誇れるモンじゃねえけどな。……まぁ、結局何が言いたいのかってえ……ッと!」


 ゴッ!! と。渾身の右アッパーが顎を捉える。


 崩れ落ちたマントのプレイヤーは、頭上のHPを空にさせ、その姿を消滅させた。


 同時に、スキンヘッドはこう告げる。


「テメェらは……この俺を怒らせたわけだ」

「アニキ! かっけえッス!」

「一生ついて行くッス!」


 スキンヘッドは仲間たちの声に、ふっと笑った。


 高々と天に掲げていた右拳を、腕を真っ直ぐにしてゆっくりと下ろしていく。やがて敵にメリケンサックを突き立てる形になると、こう言い放った。


「――行くぜ野郎どもォ!」


「怯むな! 完膚なきまでにぶちのめせェ!」


「「うおおッ!!」」「「おおーーッ!!」」


 リーダーの言葉に咆哮で応え、突撃を開始する両陣営。


 すぐに怒号や罵倒、武器の交差する音などがメチャクチャな爆音を作り出し、耳を塞ぎたくなる。


(……嬢ちゃんっ)

(……姉さんっ)


 その中で、今にも溶けてしまいそうな小声をよく捉えられたものだ、と思う。


 見ると荷台の入り口ではなく、横。そこに二つのプレイヤーの影があった。


(……ここは俺たちが引き受けた)

(……ご武運を祈るぜ)


 ごにょごにょと、影がそう告げてくる。


 今すぐにでもこの場を離れたいけど、一つ聞きたいことがあった。


「あ、ありがとう。……でもどうしてここに?」


 こう言っちゃ悪いけど、彼らは明らかに出会い目的でゲームを購入したものだと考えていた。


 でも、ダンジョンをクリアしてくるということは……純粋にゲームを楽しんでいるのかな?


(……アニキが姉さんの顔をもう一度見たいと)

(……だから、追いかけてきたんだ)


 姉さん……それはハナビさんのことかな。


(……もう口を開けば姉さん姉さん)

(……さすがに面倒くせえから会いにきたワケ)

(……ああ、マジで面倒くせえんだマジで)

(……ホント、ぶん殴りたくなるくらいにな)


 本当に舎弟かこの人たち。

 で、でも。とにかく助かった……。


「おい! お前ら何コソコソしてやが――」


((……とうっ!))


 えっ、そこも小声なの?


「ぐあッ!」


 地面を削るような音が耳に届く。


 恐らく、襲いかかってきたプレイヤーが返り討ちにあったのだろう。


 同時に、周囲にプレイヤーの姿が確認できなくなったNPCが、馬にムチを入れた。

 高らかな叫び声と共に、馬車が動き始める。


 響き渡る悔しそうな叫びと歓声。前者がゲイルの仲間、後者がスキンヘッドたちだろう。


「おーい! 嬢ちゃーん!」


 よく通る野太い声。


 俺とハナビさんが荷台の入り口に駆け寄ると、日差しを反射させる何かが見えた。その肌色の何かから声が聞こえる。


「なんかよく分かんねえけど! 姉さんを頼んだぜえー!!」


 それに俺は、大声で答えた。


「任せてくださ――い!!」

「あ、あの――!」


 隣で、ハナビさんもまた大きく息を吸い込んで、


「ありがとう――!!」


 精一杯に、そう声を張り上げた。


 返答はなかったが、代わりにその何かがさらに強く瞬いて応えた……ような気がした。



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