24.真実
【セカンド・ワールド】は、一つのPTに四人まで加わることができる。
基本ソロの場合、視界に映るのは左上にHP、上部に現実時間、右下にログという形だが、PTを組むと左側……HPの下辺りにそのプレイヤーの名前とHPが出現する。
ハナビ、ゲイル。
今、俺の視界にも、そう名前とHPがあった。
どうやら緑髪の男性はゲイルというらしい。
もう一人は当てがなかったので、三人で緑消のダンジョンに足を踏み入れることになった。
……だから心配だった。俺とハナビさんはサポートをできるかどうかも怪しい状態にあるのだ。ゲイルさん一人で戦う羽目になってしまう。
このダンジョンは強敵に加え数も多い。幾ら腕に自信があったところで――
「――ヒャハハハァッ!!」
『ぐ、グギャァ!?』
……いや、何も心配いらなかった。
目の前の光景は、地獄絵図、だった。……今は遥か前方、暗闇の中から恐怖を感じる笑い声と何かを切り裂くような音しか聞こえてこないが、数分前まではプチデビルの群れが無残にも弾け飛ぶ姿が繰り広げられていた。
持ち前のチームワークを、二本の剣を振り回して強引にねじ伏せていたが……振るうスピードもパワーも凄まじかった。まさに『次元が違う』という言葉が良く似合う。
ハナビさんと一緒に一本道をゆっくり進んでいくと、通路に倒れ消滅を始めるMOBたちの姿が露わになっていった。
「す、凄いなぁ……」
「ええ……なんだか申し訳ないわ……」
ハナビさんの言葉は、ゲイルさんに対して。そして散らばるMOBたちに対しても少なからず向けられていることだろう。
「……おーい、終わったよーん…」
暗闇の先、遥か遠くからそう声が聞こえてきた。
他に音がないことから全て片付けたのだろう。
「分かりましたー!」
俺はゲイルさんに聞こえるように声を張り上げると、ゆっくり歩き出す。
――ピピピッ。
直後、電子音が耳……というより脳に伝わる。
これはチャットだ。
フレンド同士のプレイヤーが使用できる機能で、ボイスチャットと違い、音声ではなく文字で連絡を取り合うことができる。
ログの上辺りにメールのマークが表示されたので、それを指でタップすると、正方形のウィンドウが眼前に表れた。いつもの半透明でなく、背景は便箋だった。
送り主は……カイトだ。
実は、カイトとナギは俺が飛ぶ前からフレンド申請をしていたらしく、ハナビさんと街を出る時に気づいた俺は、その時に登録を済ませていた。
【やっほー】
確認すると、そんな文面が。
……う、うーん? 何のために送ってきたんだ?
とりあえず、俺も挨拶を返しておこうか……。
【やっほーい】
送信、と。
――ピピピッ。
直後、電子音が奏でられる。……でもこれは、メールが送られてきた時の音だ。
送り主は、またもカイトだった。
【おう。ちょっとチャット機能がどんなもんか調べたくてさ。送ってみたんだ】
そう、書かれていた。
まぁ確かに気持ちは分かるーーって、あれ? よく見たらまだ文が続いている。
チャット機能はウィンドウが二つ表示され、一つは便箋。もう一つはキーボードが映し出される。そのキーボードを利用することで便箋に文字を入力できるんだけど……早いなぁ。
【そういや言い忘れてたんだけどさ、お前大丈夫だった?】
続く文は、曖昧な内容だった。
ん? 大丈夫……?
あの後、無事に着陸したこと。そしてハナビさんが無事だったことは、フレンド登録を済ませた後にボイスチャットで伝えたはずだけど……。
【大丈夫って?】
カチカチと音を立て、そう送信する。
返信はすぐだった。
【ああ、前に話したPKのことだよ。お前リアルよりもさらに女の子になってんじゃん? 狙われたりしてねえかなって思ってさ】
……あっ。そういえば、そんな話があった!
けど、それらしい人物は見かけなかったよな? カイトの話だと結構ゲームを進めているプレイヤーのようだし、今は攻略に勤しんでいるのかも。
でも……そうだ。ハナビさんも女の子だった。俺はともかくとして狙われる理由は多いにある。
一応、色々と聞いておこうか。
【ね。そのPKの人たちの特徴とか覚えてる?】
――ピピピッ、と返信。
【悪ぃ、そういや言い忘れてたな。……っても、複数のプレイヤーに襲われたんだが、分かったのは一人だけだ。他はみんなマントで身体を隠しちまってさ】
文は、続く。
【とりあえず、そいつの情報だけ話すわ。まず髪は緑、長さは短めだな】
その情報に、反射的に暗闇の先に顔が動く。
……い、いや確かに同色だけど……失礼だ! 手伝っていただいているのに!
俺は、無理やり視線を画面に戻す。
【次に顔立ちは……ムカつくけどイケメンだな。そんで防具は紺色の忍装束みたいな衣服。武器は長剣を二つ。それと――】
…………。
もう顔は画面から動かなかった。
早く。
早く次の情報を確認しなくては、と。
だが、心情とは裏腹に重たい眼球。何とか無理やりに、ゆっくり、ゆっくりと下に移動させていく。
やがて、やっと文字を見ることができた。
【――独特な口調をしてんだよ。『だぁーね』とか『――だよね〜』とか。語尾を変に伸ばしやがるんだ。あれが相当ムカついたぜ!】
……もう。
もう、否定が思いつかなかった。
俺は絶望に満ちた表情をしていることだろう。
「ウサギさん? ……きゃっ」
ハナビさんが小さな叫び声を発したのは、俺がびくりと肩を震わせたからだろう。
「だ、大丈夫れすっ!」
「そ……そう? それなら良かった」
にこりと微笑むハナビさん。
その顔に、些細な疑念もなかった。何も疑ってなどいない。この先にあるものを心から楽しみにしている……そんな気持ちが読み取れた。
……そうだ、俺がしっかりしなきゃ。
深く深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせる。……そう、相手に不信感を抱かせちゃダメだ。
冷静に、冷静に……。
「や、お疲れさぁん」
やがて歩いていくと、ゲイルさんの姿がハッキリと分かるようになった。
俺は叫びたくなる衝動を抑え、彼に頭を下げる。
「ありがとうございます。助かりました」
「ご迷惑をおかけし……いえ、ありがとうございます」
続いて感謝を告げるハナビさん。
対してゲイルさんは、いやいや、と首を横に振った。
「力になれて何よりん。それじゃ行こっかぁ」
「はい」
俺はそう答え、にこりと笑みを作った。
そしてハナビさんを連れて、ゆっくりと目の前に見える台座に向かっていった。
ゆっくり、ゆっくりと。後数メートル。
「――ねぇ」
そこで、背後から声が聞こえてきた。
だが、ハナビさんのものじゃない。
「ど〜して笑顔がそんなに辛そうなのかにゃ?」
コツコツ、と。石畳を踏む音が近づいてくる。
俺は何とか力を振り絞って、足を動かし続けた。
「辛い……とは?」
歩きながら、振り返らずに尋ね続ける。
さすがに止まって質問に答えない俺を不思議に思ったのか、ハナビさんが肩を優しく叩いてくる。
俺はその手を優しく握り、歩みを続ける。
「平静を装うとしてるんだろ〜けどさぁ。バーレバレ。ちょーっと引き攣ってたぜぃ?」
「……う、ウサギさん。どうしたの?」
自然と早足になってしまったからか、ハナビさんが焦った声をこぼす。
けど、あと少しなんだ。あと少しで……!
「……お前、知って、いるな」
その言葉に、いつものおちゃらけはなかった。
同時に、ダッ、と。何かを蹴るような音が響いて、消える。
そして、ゴォオッ! と何か風を抉るような音がこちらに近づいてきて――
「ごめんなさい、ハナビさん!」
「わ、わっ!?」
俺はハナビさんの手を力強く引き、浮いた身体を抱き止める。
――《筋力》Lv.UP!
同時に更新されるログ。
……これは女の人には言えないな、と思う余裕もなかった俺は、目の前にある台座に向かって、跳んだ。
一人で緑消の洞穴に挑んだ時のように、頭から突っ込むようにして。
そして――俺とハナビさんは見事にたどり着いた。青い光に触れ、すぐにこの場から姿を消す。
最後に、後頭部……髪の先を何か鋭利なものが掠めたような感覚がしたが、安堵によってそれはかき消された。
突然ですが後日、タイトルの変更を致します。
詳細は活動報告にて、ございます。もしよろしければそちらも覗いていただければ幸いです。




