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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第一章】白ウサギと打上花火
22/94

21.ゆっくり語らい①

 その後は特にMOBに襲われるような事態にはならず、緑消の洞穴付近までたどり着くことができた。


 この前は気づかなかったけど、このダンジョンの周囲は安全エリアに設定されているようで、MOBが出現することはなかった。……それ以前に、たくさんのプレイヤーたちの姿があるから問題ないか。


 そんなことを考えながら視界上部に視線を集中させる。【17:31】とそこには表示されていた。


「この時間でダンジョン、クリアできるかしら」

「う、うーん……ちょっと厳しいかもですね」


 この前、俺が挑んだ時は、ひたすら走っていたのでそれほど時間はかからなかったけど、ハナビさんは素早く移動ができない。


「多分、短くても三十分以上は経っちゃうと思います。明日ってログインできますか?」

「ええ。夕方くらいからなら大丈夫」

「夕方……」


 となると、午後の四時〜六時の間くらいかな?

 イベントは八時からだから……うーん。


「え、ええと……厳しい?」

「あ。いや全然大丈夫ですよ。ただーー」

「ただ?」


 目をぱちぱちとしばたかせるハナビさんに、俺は告げた。


「正直、このダンジョンは二人じゃ厳しいです。イベント開始時刻までにビルディックに到着するには、他のプレイヤーの力が必要になるかなって」

「それって……PTを組むってこと?」

「はい。……あ。だ、大丈夫です! 俺が声をかけてみますから!」


 不安そうな顔をするハナビさんにそう言うと、


「……ごめんなさい。迷惑かけて」


 俯きがちに、彼女は低い声で答えた。


「ぜーんぜんです! ……でも、そんなに自分から声をかけるのが苦手なんですか?」

「う、うん。変に緊張しちゃって……」

「……あれ? でも初めて会った時……」


 あの時は確か、ハナビさんから声をかけてくれたんだよな。

 明るい人だと、そう印象が伺えたんだけど……。


 そう茶屋での出来事を思い返していると、ハナビさんは「うーん」と少し悩む素振りを見せて、


「ウサギさんは、ほら……ウサギさんだから?」

「え、ええと?」

「ふふ、何だか安心感があったの。この人は怖くない、大丈夫だって。実は初対面の相手にああやって自然に声をかけられたのは、今までで初めてなのよ? ……あなたは本当に優しい人なのね。心の優しい人は一目見て感じ取れるものだから」


 そう言い、ハナビさんは微笑んだ。


 ……な、何だか凄く照れくさい。


「じ、じゃあ。時間もじ、かんですし……そ、そろそろ……」

「ふふ、可愛い。ウサギさん」

「くぅ……」


 熱を持ち始めた顔を冷まそうと、手をうちわ代わりにして扇ぎながら、辺りを見渡す。


 比較的プレイヤーが少なくて、エリアの中で、ある程度に広い場所……あそこだ!


 俺はハナビさんを、初めてこの場所を訪れた位置……崖の側まで案内する。ヘマをして落ちないように保護されているし、ここをセーブポイントとしても問題ないはずだ。人も少ないし。


「あれ、ウサギさんは?」


 足元に皮の寝袋を出現させたハナビさんは、ウィンドウを開かない俺に対して、そう尋ねてきた。


「あ、俺はもう少しここにいるつもりで……」

「そっか。それじゃお先に……あ、そうだ!」


 ハナビさんはそこで言葉を止めると、下半身を寝袋に入れた状態で、ウィンドウを開いた。


 やがて、彼女の手元に革袋が一つ出現する。


「それは?」

「コーヒー粉よ。いつもログアウトする前に作っているの。広大な景色を眺めながらの一杯。ずっと夢見ていた瞬間なの……」

「おおっ、分かります! 綺麗な景色を見ながらの一杯! 俺もずっとやってみたかったことなんです!」


 あの旅番組のように!


「あら、そうだったのね。それじゃウサギさんもどう? 今から準備するから」


 そう言うと、ハナビさんは初期調理キットを出現させる。そしてもう一つ……


「……鍋?」


 そう、それは鍋だった。

 確か初期調理キットには含まれていない道具だ。


 ……でも、何で鍋を?


「始まりの街で見かけたから、つい買っちゃったの。少し手間はかかるけど……これを使えばコーヒーを作ることができるわ」

「へえ〜……あ!」


 そこで俺は、ある事を思い出した。


 不思議そうに首を傾げるハナビさんに答えるため、俺は素早くウィンドウを開きアイテムポーチを開く。


「あっ……!」


 ここで、俺はある事態に気づく。


 ポーチをびっしりと埋め尽くすアイテムたちを確認して。


 ……そうだ、すっかり忘れていた。『バックパック』の存在を。


 バックパックをアイテムポーチに収納すると、その際に入れていたアイテムがポーチの中に溢れてしまう、というシステムになっているんだった。バックパックを一番として入れた順に二番目三番目とアイテムポーチの中に表示される、といった感じで……。


 不思議そうな表情を続けるハナビさんに早く答えるために、俺は必死に目を動かす。


 そして、ようやく目当ての物を見つけた。


「こ、コレの出番!」


 言いながら同時に、ぽん、と。

 手元に出現させたのは、緑消の洞穴で入手した宝箱――の中身。


 つまり、コーヒーメーカーだ。


「わ。もしかしてそれ、コーヒーメーカー? 凄い、そんな物まであるのね……」

「はい。これならすぐにできると思いますよ」


 俺は革袋をハナビさんから受け取ると、袋の状態のままコーヒーメーカーに押し当てた。



【『マンデリン』を使用しますか?】



 説明欄に書いてあったのだが、これは料理や調合のように細かい操作は必要ないらしい。ウィンドウによって飲み物を作り上げることができるとか。


 ……それにしても、まんでりん? って何だろう。

 コーヒーはコーヒーじゃないのかな……。


 疑問を覚えながらも、俺はウィンドウからの質問に答えていく。……ええと数は二人分で……。


 やがて切り変わった画面に【スイッチをONにしますか?】と書かれていたので、YESを選ぶ。


 すると、備えられていたマグカップに飲料が注がれ始めた。一定時間が経つと、活動は止まった。


 コーヒーの入ったマグカップを手に取ると、新たなカップが出現し、再び注がれていく。


「はい。どうぞ」


 マグカップの一つを、ハナビさんに渡す。


「ありがとう」


 ハナビさんはまず香りを楽しんだ後、表情を綻ばせながら、コーヒーを口にした。


「……うん、美味しい」


 その感想を聞いて、俺もまた飲もうと――おっと、そうだ。


 俺は憧れの旅番組、その締めの光景を脳裏に浮かべると、崖の側に足を進めていく。


 眼前には聳え立つ都市に、星々が瞬く夜空。現実にあれば、間違いなくこの場所で一杯を頂くだろう。


 俺はその姿をしっかりと視界に収めながら、コーヒーを口に運んで、



「――んぐぐ、ぇふォッ!」



 思い切り咳き込んだ。

 そのまま地面に膝をつき、ぷるぷると震え出す。


「あがががッ……がががが……!」


 俺が悶えている理由は、コーヒーの味だ。



 ――にがいッ!!



 ほ、本当に苦ッ! こんな苦、にがいにがい!


 ……もう思考に『苦い』という言葉しか浮かんでこない。こ、コーヒーってこんな味なの!?


 実は、口にするのはこれが初めてだったりする。多少苦いということは理解していたつもりだけど、こんなにも……!


「だ、大丈夫!?」


 あたふたとこちらを心配するハナビさん。


「……そ、そうだわ!」


 彼女はもうウィンドウを開き、すぐにまた別の革袋を手元に出現させた。


 側に置かれたコーヒーメーカーを操作し、飲料をマグカップに注いでいく。その色は黒ではなく、茶といった方が正しかった。


「ウサギさん、おいで?」


 手招きに従って、俺は地面を這い蹲りながらハナビさんの元に寄った。


「ほら、これ飲んでみて?」


 そう言い、カップを手渡しされる。


 でも俺は湯気立つそれに顔を寄せることができなかった。……だって苦いし! 凄く苦いし!


「大丈夫よ。ほらどうぞ?」


 笑顔で促され、俺は覚悟を決めた。


 コーヒーにしてはまろやかな色をしていることに、さらに嫌な予感を覚えながらも口に運ぶ。


 そして俺は、またも暴れ出す――


「――甘い!」


 ことはなく、瞳を輝かせていた。



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