20.弓矢は近接武器
ゲーム内時刻が夜に変わった頃、PTを組んだ俺とハナビさんは、始まりの大地に踏み入れた。
相変わらずそこでは、プレイヤーたちが荒々しくMOBを狩っていた。
そんな彼らを見つめながら、ハナビさんが口を開く。
「ここはあの人たちのお陰で難なく突破できるんだけど、緑の休息場を抜けてからが……」
「続きの大地ですか? ……あれ? でも、あそこもここと同じ感じだったような」
「そうなんだけど……あそこには追尾型のモンスターがいるの。一定の範囲まで近づくと、次のエリアまで追いかけ続けてきて……見つからないように移動しようとしても、いつも進む先にPOPしてしまって。それに動きも素早いから、こっちの攻撃も当たらなくてやられちゃうのよね」
そう言い、ハナビさんは腰辺りに携えた木製の弓に手を触れた。
どうやら、彼女の獲物は弓矢らしい。
ちなみに矢筒は、左の肩の後ろ側……肩甲骨辺りにぶら下がっている。
「そんなモンスターが……」
……それにしても、全然知らなかった。
普通に素材集めをしてたし、普通にフィールドを一周していたっけ。たまたま運が良かったのかな。
「……よし、それじゃ行きましょうか」
俺はそう言うと、ハナビさんの前に立った。
そして、自分の両肩をぽんぽん叩いてみせる。
「? えーと……?」
「良かったら俺を使ってください。支えがあった方が歩きやすいと思いますよ」
「わぁ、ありがとう。迷惑かけてごめんね」
「ううん、迷惑なんてないですよ。どぞどぞ」
肩に手を置かれたことを確認すると、俺はゆっくりと歩き出す。
「早かったら言ってくださいね」
「ええ。あ、もう少し早くしても大丈夫かも」
そんな会話を繰り広げながら、歩いていく。そして始まりの大地は、他のプレイヤーたちのお陰で、何のハプニングもなく突破できた。
「こんなに早く休息場についちゃうなんて……」
「次もきっとすぐにクリアできますよ。……あ、何か購入するものとかあります?」
「大丈夫。……ええと、今は夕方の五時ちょっと過ぎね。病院は六時から晩御飯の予定になっているんだけど……それまでにクリアできるかしら」
「一時間もあれば、ダンジョン前までは余裕だと思いますよ。追尾型のMOBが出ても俺が対処しますから!」
「わぁ、頼もしい」
嬉しそうに微笑むハナビさん。
……思わず見栄を張っちゃったけど、多分大丈夫だよね? 緑消の洞穴のMOBに比べたら、容易い相手なはず……。
まぁそれに、続きの大地にもたくさんのプレイヤーがいるし、もしかしたら出会わない可能性だって高い。
そうだ、何も心配することはない。
▽
『『キュキュキュ――ッ!!』』
「で、出ちゃった。ウサギさん」
心配だらけだった。
MOBの出現場所はフィールド内であればランダム(柵の前まで)になっているとはいえ、まさかすぐ側に複数POPするとは思わなかった。
レベル上げに勤しむプレイヤーたちは、どんな奇跡かこちらに背を向けてMOBを狩っているし……。
『『キュゥー!』』
ちなみに先ほどから奇妙な……だが可愛らしくもある叫びを上げているのは、ふわふわと浮遊する球体のモンスター。頭に猫の耳が生え、後ろに黒い翼と身体に似つかないくらいに細く長い尻尾がある。顔面に鼻はなく、細い縦線の目に丸い口。まるで幼い子供が描いたキャラクターのようだ。
【フワリン】【Lv3】
名前も、そんな感じに可愛らしい。
数は二体。俺の前方と後方で揺れ動いている。
『キュー!』
愛くるしい声と共に突進してきたのは、前方のフワリンからだった。
頭から突っ込んでくる――頭突きか!
そう考えた、直後だった。
『ギュアアッ!!』
不気味な声を発し、身体を思い切り回転させて尻尾を振るってきたのは。
ムチのように撓って突き進んできたそれは、
「ごぶッ!?」
ズパァン! と良い音を響かせて、俺の頬に命中した。
痺れるような感覚がジワジワと伝わっていく。
「ぐ――このっ!」
俺はブーメランを腰から引き抜くと、ムキになってそのまま振り回した。
ブゥン! ブゥン!
……だが、哀れにも空を切る俺の攻撃。
腹立たしいことに、フワリンが上手く避けるのだ。横に振れば縦に、縦に振れば横に。フェイントをかけてみたが、全て回避されてしまう。
――ビュッ!
そして、こちらの打ち終わりを狙ってくる。
「うわっ!?」
何とか首を捻って回避する。
くそっ、誰だ可愛いなんて言ったのは! 顔も声も戦闘スタイルも全然可愛いくないぞ!
「……なるほど。そういう使い方もあるのね」
背後から、感心したような声。
加えて肩に重みがないことから、俺は慌てて振り返る。
そこには、ハナビさんの背中があった。
「それじゃこれも、こんな感じに……」
彼女はぶつぶつと呟きながら、矢筒に手を伸ばした。そこから一本の矢を取り出す。
けど、弓は腰に身につけたままだ。
一体何を――と疑問を覚えていると、ハナビさんの眼前から白い頭が突撃を開始していた。だが、彼女は臆することなく矢を握ったまま振り上げ、
「えい」
フワリンの頭に突き刺した。
『ギュシ、シギャアアアアアアアアアッ!!』
思わず耳を塞ぎたくなる絶叫。
細い線だった目は、くわっ、と丸く見開かれ、真っ赤に充血したそれが露わになる。口もまた大きく開かれ、鋭利な牙がむき出しになっていた。
……こ、怖すぎる! 人によってはトラウマものだ!
「えいえい」
そんな俺の恐怖を余所に、矢を突き刺し続けるハナビさん。
す、凄いな……気にならないのかな。
『ギィオオッ!!』
けど、フワリンも負けていなかった。
もう本来の姿とはかけ離れた鬼の形相を作ると、勢いよく身を翻し、尻尾をハナビさんの顔面に叩きつけようと試みる。
「危ない!」
「大丈夫」
ハナビさんはそう言うと、空の手を持ち上げて、
バシッ! と。
猛スピードで向かってきた尻尾をキャッチした。
「ッ!?」『ッ!?』
驚愕する俺とフワリンを気に留めず、ハナビさんは再び矢を構えると、
『ぎ、ギュアアアッ――!!』
助けてくれ――、と叫んでいるかのようなフワリンに容赦なく矢を突き刺し始めた。
たまに折れて使い物にならなくなるけど、ストックがまだたくさんあるのか、気にせず新品の矢を取り出し攻撃を続けていく。
一発一発は微量なダメージ量だったが、身動き取れない相手を倒すのは簡単な作業だった。
「す、凄いですね。キャッチなんて大胆な……」
そう尋ねると、ハナビさんは優しく笑って、
「うーん……よくやられていた相手だったから。目が慣れていたのかもしれないわね」
「そ、それでも凄いですよ」
正直な話、俺がマネをしようとすると、
ズパァッ!
「ぶぶ、ぉッ!?」
触れることなく、顎を跳ね上げられる。
軌道は分かっているのに! 速すぎる……!
攻撃力の低さに助けられたが、このままじゃ何もできずにカウンターをもらい続けるだけだ。
つ、強い……本当に序盤のフィールドなのか!?
そう嘆いていると、追撃が迫り来る。
「よいしょ」
バシッ! と、頭上で炸裂音が響き、
「うおっ!?」
俺が叫んだのは、続けて頭に柔らかい弾力が伝わったからだ。不思議と心地良い二つの感触。
「ご、ごめんなさい。ウサギさん」
頭上から申し訳なさそうな声。
つ、つまり角度的にこの感触は……!
「い、いえっ! ありがとうございます!」
「えっ……ど、どういたしまして?」
そう疑問の声をこぼしながらも、ハナビさんは先ほどの炸裂音と共に掴んでいた尻尾を引き寄せる。
「よーし、捕まえた」
ハナビさんは自分の顔の側まで今まで苦戦した敵を持ってくると、そう言った。
これから起こる事態を察したのか、ぷるぷると震えるフワリン。対してハナビさんは柔らかく微笑んで、優しくこう告げた。
「――お仕置き♥」




